第92話 お鍋の準備を。
「……そろそろかしらね」
ベーグルを食べながらの由都とのお話は、楽しかった。
由都の言葉でみさきさんのことを考えたら少しどきどきしたけれど、実はそれも嬉しくて。
由都には伝わっている気もするけれど、言わないでくれているのかも。ここは、愛娘に甘えてしまおう。
「そうだね。ごちそうさま! 次はお鍋だね!」
元気な由都。本当に、この子の笑顔はとてもかわいい。毎日、いつも、そう思う。
「そうね。でも、お腹に余裕はあるのかしら」
「できあがるまでには余裕になるから!」
「頼もしいわね」
えへん、な由都もかわいい。
「じゃあ、お願いね」
「うん!」
トレーなどを片付けたら二つのエコバッグを、一人一つずつ手に持つ。
「とーうちゃーく!」
帰り道。
吹きつける風はさすがに冷たかったけれど、スーパーを出て、空いた手を二人でつないで歩いたら、あっという間に我が家に着いていた。
購入品は、玉子など普段つかうものと、箸休めのきんぴら用のれんこん。
そして、お鍋の材料だ。
まずは、食べて食べて、とアピールしてくれていたほうれん草。それから、きのこ類と、木綿豆腐に、細葱。
最後に、主役にとっての大事な存在二つのうちの一つ。
それが、大根。これがないと、ね。
それでは、始めましょう。
「エプロン、エプロン……はいどうぞ」
「ありがとう、お母さんとお揃いだね!」
手洗いうがいなど済ませて、二人お揃いのギャルソンタイプのエプロンを付けた。
嬉しい。
「じゃあ、私はれんこんのきんぴらからね。お鍋の材料も切っておくから、由都にはテーブルの上にあるお鍋の下準備をお願いします」
「かしこまりました!」
由都が元気よくダイニングテーブルの方に向かう。
大きめの白いテーブルの上には昆布やミネラルウォーターのペットボトルなど。
待ち合わせ前に大体の準備はしておいたのだ。
私は洗ったれんこんを軽く皮むきして。
それから薄めの輪切りにして、酢水につける。
ほうれん草は洗って根元に切り込みを。
きのこ類は軽く拭いて、木綿豆腐は食べやすい大きさに切って。細葱は、細かく輪切に。
そして、大事な存在の大根。
すりおろしてからざるに入れて、軽く水気をしぼる。
お鍋ができる予定の時間に合わせたご飯が炊けたら、蒸らしてからお夕飯の予定。
今のところ、順調ね。
「利尻ー昆布ー。おいしいだしー」
由都は、歌いながら昆布の準備をしてくれている。
そうそう、30分はお水に浸さないとね。
厚くて、そしてとても美味しい出汁が出る、利尻昆布。
出汁を取ったら佃煮に。それも楽しみ。
豚肉は、京さん達三人が行った豚しゃぶ屋さんのお土産、鹿児島の黒豚しゃぶしゃぶ肉。
アルミのバットにのせて、冷蔵庫で解凍中。
今日のW主役はほうれん草と、豚肉。
W主役を助けてくれる二つの大事な存在は、おろした大根とポン酢。
我が家のポン酢は由都のお気に入り、お取り寄せのポン酢。
既にテーブルの上に置いてある。
常夜鍋。
確か、いつでも食べたいから、が名前の由来だったかしら。
「こんぶー、おだしー」
ふふ、かわいい。
「ええ、由都の昆布の歌? 聞きたかったなあ」
残念ながら欠席の京さんの嘆きを想像して、私は思わず笑ってしまった。
「次のお鍋の時は、一緒に食べたいわね」
ここにはいない京さんに、呟いてみる。
……できれば、そう。
みさきさんも一緒に、ね。
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