第77話 [家庭教師 土岐みさき]母親と、お母さんと。

 土鍋ご飯と、牛皿にさせてもらった牛丼。最高。

 しじみのお味噌汁も、きゅうりもみもおいしかった。

 食洗機に入れるのまでしてもらっちゃったよ。……お茶も、ありがとう。薄めの緑茶は口の中を爽やかにしてくれる気がする。


 ……少し熱い緑茶を冷ましながら、母の目を見る。


 せめて、ちゃんと話さなくちゃ。

「……お母さん、聞いて。私の好きな方……相手の方、伊勢原しずるさんは、私が娘さん、由都ちゃんと恋仲と思っていらして、応援をする心づもりでいらっしゃいました」


 スポーツクラブのジャージを着て、背筋を伸ばして私をじっと見る、母。

 すると。

「……異性同性に拘わらず、愛する娘さんを大切にしてくれる人としてみさきは信頼されていたんだね。……良かったね」

 にこりとする、母。……え?


「……お母さんは、し……伊勢原さんが、私と娘さんが思い合っていると考えていること、知ってたの?」

 ……伊勢原先生はともかく、母まで?


「ええ。だって、由都ちゃんを家にお泊めする時に、お母様……伊勢原しずるさん、由都ちゃんをよろしくお願いします、って仰って。電話だから直接じゃなくてモニタだったけど、あの表情なら分かるわよ。娘をよろしくお願いします、この子はとっっっても、良い子です! っていう表情。だから、ああ、そうか、って」

 ……ああ、そうか、って。分かるの? それで?


 母は、何言ってるの? みたいな表情。

「母親だからね。自分の娘を愛している者同士、って感じかな。あ、もちろんお兄ちゃんのこともお父さんのことも愛してるけどね、みさき《娘》はまた、別。男女、とかじゃなくて、母が娘を思う気持ち、ってものなのよ」

 え。娘を思う気持ち、って。

 ……しずるさんが由都ちゃんのことを大切にされているみたいな? もちろん、母のことは尊敬しているし大好きだけれど。


「嬉しい、けど……。なら、どうして……」


「教えてくれなかったか? 教える必要がないと思ったから。みさきなら、自分の内定が出るとか、由都ちゃんが模試で第一志望の大学のAA判定を取るとか、きちんとしてから告白すると信じてたから。あ、伊勢原先生とは連絡取り合ってたよ。万が一にも、皆さんにご迷惑をお掛けしたりすることがあったらいけないからね」

「……そうなんだ……」


 確かに。由都ちゃんの指定校推薦合格は、予測していなかった嬉しいことだった。

 これがなかったら告白は来年、由都ちゃんの大学合格後……だったのかなあ。


 指定校推薦の話を頂いた時も、条件を満たす生徒がほとんどいないから毎年合格者が出る訳ではないからくれぐれも内密に、と学校から通達があったらしいし。


 由都ちゃんは指定校推薦の話を私にしてくれた時、しずるさんには聞こえない様にこっそりと、「みさき先生にも指定校推薦の話、すぐには出来なかったから、ちょっと寂しかったんだ。だから、先生……みさきさん、お母さんにね、こ・く・は・く! したいなら、もう遠慮なく! ね! 第一志望に内定も取れててすごい! のに、お母さんへの告白、私の大学合格まで待っててくれたんでしょ? 知ってるよ?」と背中を押してくれたんだ。


 ……この健気さとありがたさとで、元々勉強に真面目でかわいらしくて好感度がすごく高かった由都ちゃんのこと、(未来の)義娘になって! みたいに大切に思う様になったんだよね、私。


 すごく高かった好感度も更に突出、爆上がり。


 ……そう、内々の指定校推薦なのだから、家庭教師に言うことができないのは当たり前。そんな状況下で、家族枠から少しずれた位のスタンスで教えてもらえたのも、嬉しかった。

 だから、私の母にもまだ伝えてはいない。スポーツ推薦のお友達が大学の合宿に誘われたのを契機に周知徹底できたそうだから、由都ちゃんも年明けには、みたいな雰囲気はあるらしいけど。


「……指輪と、プロポーズ。結婚、は現行の法律ではまだ難しいから由都ちゃんとしずるさんと私と三人で暮らしたいです、って意味で」


 ……良い機会だから、話せる部分は、母にも話したい。そして、伝えられることは伝えたい。


「指輪かあ。……大学生になった時に渡したみさき名義のお年玉とか諸々の通帳と印鑑、使ったの?」

「はい。あとは家庭教師のバイト代。しずるさんではなくて、伊勢原先生が払って下さっていたから。あ、全額は使わないで、通帳もバイト代も半分です」


「内訳までは良いから。……で、後悔してるの? 告白したことじゃなくて、時期と方法」


「してません!」

 力を込めて言い切った。


 そう、あの椿の英語の花言葉もだけど、私はしずるさんに対してはちょっと……普通じゃなくなる。でも、反省はしても、後悔する様なことはしていない。一切。


 ……すると、母は。

「なら、よし。これからも、たまには周囲を見る様にしながら励みなさい。ただし、伊勢原先生や、もしかしてしずるさんご本人から何かこちらにご連絡頂いたりしたら、場合によっては介入します。貴方のことが大好きだけれど、人として、親としての責任は果たします。それだけ、覚えていてくれたら、あとは元気なら良いわよ」


 ……母親って、すごい。


 そうだ、私の大好きな人も、めちゃくちゃ母親だった……。


 そして、そんな母親しずるさんに、私は思い切り、恋をしているんだ。

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