第74話 [家庭教師 土岐みさき]母と私と。

 由都ちゃん宛に、実家の私の母から連絡があったらしい。二人だけのメッセージアプリグループ(元々は家庭教師の連絡用だった)、私のメッセージ、怪しいのを送信してしまった。ごめんなさい。


 ……あ、普通にメッセージを返してくれてる。ありがとう。由都ちゃん。

 もう一度メッセージ。大感謝、の天むすスタンプも。


 実家の母……きっと、しずるさんとのことだ。


 うっかりしてた。


 先月くらいまでは、しずるさんの頭の中では由都ちゃんと私が両思いで、応援態勢が万全で。

 私(と由都ちゃん)はそれを、気持ちを受け入れて頂ける状態だと思い込んでいて。


 だから、まあ。

 プロポーズはあんな感じになってしまって。


 でも、その後が、ね?

 色々と嬉しい展開過ぎて、実家の母への報告、忘れてたよ……。


 と、言うのも。

 由都ちゃんの家庭教師を引き受けてすぐ、母親にはあっという間にバレたから。

 父親は……どうなのかなあ。兄は、まあ、いいや。


 ……しかも、私が『家庭教師のアルバイト、引き受けたいんだ。教え子さん、やる気のある子で、とても良い子。伊勢原由都ちゃんって言って、知ってるよね、部活の顧問の伊勢原先生。娘さんなんだ。お母様にもお会いしたよ、素敵な方だった……』

 って言っただけなのに。


『はい、みさきちゃん、貴方、そのお母様に恋しましたね?』って。


 現場にいた由都ちゃんとか、すぐ後にいらした先生はともかく……私の口調だけで分かった! って。何者ですか、本当。


 勘が良すぎるんだよな、母……師範は。


 とりあえず。

『由都ちゃんから聞きました。私が話したいから電話して。今は内定先だから夜に』

 と、母に連絡。


 すると、

『由都ちゃんがみさきに連絡したの? 突然過ぎて驚かれちゃったかな。申し訳なかったねえ。じゃあ、それで。連絡待ってます。あ、由都ちゃんに謝っておいてね?』

 そして、更に、頼みます! のフクロウ?ミミズクかな? のスタンプが来たのでとりあえず安心。

 よし、由都ちゃんにメッセージを。


『母に連絡しました。要件は私が話せば済みます。本当にありがとうね。このお礼は必ずします!』

 あとは、梅おにぎりの、多謝スタンプを。

 大感謝、の躍る天むすスタンプは送り済だからね。


「由都ちゃん、ありがとう……!」

 これだけでは足りない気がして、謝意を口にしていたら。


「……水分、取れた?」

 多分ノックをしてくれていた暦さんが給湯室のドアのそばにいた。

 ……聞かれ……た?


 そうだった、「作業がほぼ終了したから、給湯室の冷蔵庫から何でも飲んできて、あとスマホも確認して大丈夫よ」とありがたいお言葉を頂いて、給湯室に来ていた私。


 片手にスマホ。ミニテーブルの上には、冷蔵庫から出したばかりのスポーツドリンク。数口飲んでから、スマホを確認したんだった。


 ……内定先の雰囲気に慣れるために、って呼んで頂いたのに。


「ありがとう? こちらこそ、よ。土岐さん、本当に助かったわ。体力あるし、ファイリング業務もすぐに理解してくれたし」


 ……ありがとうございます、ありがとうございます、暦さん! 入社したら、必ず恩返しします!


「汗かいたでしょ? うちの会社、このビルの最上階のフィットネスクラブと契約済で、平日はシャワールームの入室は自由なの。これ、社用のビジター会員証、使ってね。タオルとアメニティはシャワールームにあるから。あと、インナーは販売機があるから購入して。スポーツタイプになるけど、サイズは豊富だよ。精算は会員証でできるから安心して。それから、自販機のドリンクとかも。ゼリー飲料とか糖質オフのフード、何でも遠慮しないでね。申し訳ないけれど、使い終わったら受付に会員証を預けておいてくれる? そうしてくれたら、今日は、というか、今年は、もう会社は大丈夫。年が明けたら、年度末までにはまた何かお願いするかも知れないけどね」 


 ……ありがたい、です、が。

「え、暦さん、それはさすがに……。今もこれ、冷蔵庫からスポーツドリンク、頂きましたよ? あと、昼は社食でおごって頂いたし」 

「お願いして来てもらったのはこっちよ? 当然でしょ。あと、今日の日当と交通費は別途出ますからね。あとでメールで明細を送るから、お家から社までのルート、適切かを確認してね。それから、土岐さんのことだから入社後の展望とか、事前の検討とかもしてくれてるんでしょう? だから、返信の際、私への質問は三つまでは無料で受け付けます!という訳で、ゆっくりシャワー、浴びてきてね。はい、会員証」


 ……もう、こうなったら。

「ありがとうございます!」

 会員証を両手で受け取り、深々とお辞儀。


 ありがとうございます、暦さん。

 本当に、ご恩は忘れませんし、いつかはお返しできる様に励みます!


 ……でも、これなら、実家に帰れる?


『予定変更。しずるさんとのことですよね。直接話させて。食事とかはいりません。布団ではなく寝袋でも良いので、お話をさせて下さい』

『来るの? 今から? 大学は? いや、食事も布団も用意するけどね!』

 あ、ビックリ!のミミズクだ。これは分かりやすい。


『大学は週末で大丈夫。三時間以内に着きます。電車に乗ったらまた連絡します』

 り、了解。のフクロウのスタンプ。こんなのもあるんだな。


 ……会社の最寄り駅、というかここ、駅ビル内で路線はたくさん乗り入れてる。何なら、新幹線も。


 実家はさすがに新幹線は使わない。終点だけどね。

 特急? 快速? 通勤快速でも良いな。各停は厳しい。各停以外なら、実家までは一時間。

 そして、駅から徒歩なら25分、走れば15分。タクシーなら8……10分かな。

 よし、三時間以内、いける。


 うん、……とりあえず、シャワールームを拝借しよう。


 それから、社会人(予定)として、給湯室を退室する前にまた、スマホの電源、切らないとね。







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