家庭教師と、その母と。

第73話 [愛娘 由都]突然のメールとシチューとパンと。

「あ、メールだ。……みさきさんのお母さんから?」

 びっくりしたけど、みさきさんのお母さんとは連絡先も交換しあってるんだ、私。


 去年の年の瀬に、お互いのメールと電話番号は直接交換した。送迎してくれたお父さんもみさきさんのご両親と交換済。

 お母さんとみさきさんのお母さんは電話番号だけ。お母さん同士はオンラインではご挨拶済。


 豪快だけど繊細なお母さんと、繊細だけど豪快なお父さん。みさきさんのご両親だなあ、良いなあって感じで、かなり良くして頂いた。お母さんとみさきさんのお母さんのやり取りもお互い好印象。

 ……みさきさんのご実家と私の関係。

 普通、家庭教師の先生のご実家には行かないよね。年末ぎりぎりで帰ってきたけど。


 これも多分、お母さんにみさきさんと私の仲を誤解させていた理由の一つ……だと思う。しゃぶしゃぶ屋さんでお父さんもそれとなく教えてくれてたし。


 ごめんなさい、お母さん。色々事情が……。そうだ、メールの内容は?


『由都ちゃん、お久しぶりです。みさきの母です。お元気ですか? 急で申し訳ありませんが、今日、電話しても大丈夫ですか。良い時間帯があれば教えて下さい。無理なら他の日を教えてもらえたら嬉しいです』


 ……何だろう。この感じだと、緊急! ではないみたいだ。


 うちの高校は登校してから放課後までは電源オフが決まり。だから、校門を出て、安全な場所で電源を入れる。

 今私がいる所は、高校の最寄り駅のすぐそばに幾つかあるベンチの一つ。


 お家からの連絡とかは全て学校へ。保護者と学校は電話とメールで繋がってるから、今まで何かが起きたことはないらしい。


「平成だって、まだまだそんな感じだったんだよ。スマホどころか携帯も無かったんだよ?」

 って、先生がたまに言われたりするけど、本当に緊急の時、例えば家族の誰かが病院で検査、とかは保護者から学校に連絡すれば許可も出るし、私はこの仕組み、割と好き。


 ……勝手に写真とか撮影されるの、嫌だし。

 あ、勝手に、じゃなくても嫌だな。その辺のことは、みさきさんが真剣な顔で色々アドバイスをくれたんだ。


 みさきさんも、中学校はスマホ持ち込み禁止だから公立だったけど、高校はそうじゃないところが多いから、スマホが学校預かりの高校で、評判が良いところを親御さんと選んだって言ってた。

 それが、私のひいお婆ちゃんが理事長、お父さんが物理教師のあの名門女子高校。

 まあ、学外の人のせいで色々たいへんだったりした話は聞いているけど、それでも冷静に対応できていたらしいし、『友達もいたし、高校は割と、いや、かなり好きだったよ』と言えるみさきさんはとても偉いと思う。

 高校受験が心配だった時に勉強を教えてもらいつつそんなお話をしたら、

「高校、良く考えて選んでね。私は色々あったけど、あの高校に入学したから先生と、それから由都ちゃんにも会えた。これ、すごいことだよ」と言ってくれたけど。

 この後に「え、ええと……。由都ちゃんのお母さんは、また違う意味で、なんだけど……」が続いたんだっけ。


 呼び方はしずるさん、になったのはみさきさんが大学生になってから。

「高校を卒業しましたので、由都ちゃんのお母さん、ではなく、しじゅるさん……しずるさん、とお呼びしても良いでしょうか」って、噛んでたな、みさきさん。


 で、「どうぞどうぞ!」って笑顔のお母さんにまたみさきさん、どかーん! ってなって。

「しじるさん、しじゅりさん、し……」

 また、噛んでたんだ。……懐かしい。


 それにしても、みさきさんが恩師と呼ぶ、高校の学年主任の先生と、物理部顧問で物理教師なお父さん。二人が高校生のみさきさんの近くに居てくれて良かったな、と思う。

 実は学年主任の先生はお父さんのお友達。結婚式にも、お家にも、離婚してからはお父さんのお家にもたまにいらして下さるから、私も面識がある。

 何て言うか、お父さんのお友達だなあ、って感じの方。お母さんとも多分、お友達になるんじゃないかな、そのうちに。

 私的にも、かなり好感度高めな方だ。

 ……ぽい、なあ、ってところ、みさきさんのご両親と同じだね。


「とりあえず、っと」


 ……その方、みさきさんのお母さんに、返信。

『校則で、今電源を入れたのでメール、今拝見しました。自宅に着いたらまたご連絡します』


 あ、みさきさんにも連絡した方が良いかな……。

 みさきさん、今日は内定先で書類整理のお手伝いだったよね。お邪魔になると困るな。


 一応、家に帰ってからみさきさんのお母さんに連絡する前にみさきさんに連絡しておこうかな。

 ……あ、お母さんからメール! これは見逃せない!


『由都ちゃん、今日はシチューです。だけど、ごめんなさい、パンを切らしてたの! おやつの分と今日のお夕飯の分と、明日の朝の分と、おつかいお願いしても良い? 良ければ、レシートは必ず頂いてね? 無理なら大丈夫よ?』

 大丈夫!

 こんな時の為に交通系カードにはおつかいができる分くらいのお金をチャージしてもらってるし。


『もちろん了解! お母さんのシチュー! 駅前の国産小麦のあのパン屋さんに行きます!』 

『ありがとう! 食パンと、あればブルーベリーベーグルをお願いします! あとはお任せ!感謝!』


 ……お母さん、メッセージアプリみたいにメールを使いこなしてるのに、メッセージアプリは苦手なんだよね。そういうとこも、めちゃくちゃかわいいけど。


 私とお母さんとお父さん、それからみさきさんの四人のメッセージアプリのグループ、メッセージのやり取り、ほとんどないし。

 私とみさきさん、私とお父さん、あとは先達庵さんとのグループはメッセージのやり取り、多いけどね。


 あ、ついでにみさきさんに。こっちはメッセージアプリで。みさきさんと私だけのグループの方に。


『みさきさん、みさきさんのお母さんから、私宛に電話をしたいそうです。帰宅したらご連絡するつもりですが、何かお伝えすることありますか』


 ……よし。

 一応、どうかな? のダイオウグソクムシのスタンプも。


 ……あ、早い。もう?

『ありがとう、ありがとう! あとで必ず連絡します。とにかく、電話しないで、お願いしま』

 ……みさきさんにしては、珍しい。途中で切れてる。これ、します! か、します、だよね。


『分かりました。じゃあ、メールでのご連絡も控えますか?』

『たすかります』

『とりあえずこれで。お仕事中でしょ? みさきさんからの連絡待ってますね』

 すると、大感謝! の天むすのスタンプ。


 感謝感激、って天むすの後ろで文字が踊ってる。かわいいかも。


 ……まあ、これなら心配しないでも大丈夫かな?


 そろそろ電車の時間だし、私には家の最寄り駅のパン屋さんのパンと、お母さんのシチューが待っているのだ!





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