第55話 [家庭教師 土岐みさき]チーズタルトの一口を。
「おいしい……。あ、由都ちゃん、フロマージュブランを半分こ? もちろん、良いわよ」
チーズタルトの中の白玉をもぐもぐとしたあと、紅茶を飲むしずるさん。かわいい。
フロマージュブランのチーズケーキを由都ちゃんと半分こしているところもお母さん、って感じで素敵だ。
あ、由都ちゃん。あーん、してもらってる。
……良いなあ、と思ってしまう。
だけど、しずるさんの膝にはコーヒー色のエプロンがある。私が今つけているのはその深煎り色の同タイプだ。
「はい、今度はキームンね。花の香り……らしい香りがしたら良いのだけれど」
「ありがとう、京さん。……そうね、バラ、とまではいかないけれど、確かにお花の香り。強すぎなくてかえって良いかも。ありがとう。でも、あとはウォーターサーバーのお水かお湯を頂くから、座ってね? 本当に、至れり尽くせりで。エプロンまで全員で揃えてくれるし……」
……そう、先生と由都ちゃんは黒の同タイプのエプロン。やっぱり少しだけ色違い。スタイルが最高な先生には非常に似合っている。今日の眼鏡は、多分、敢えての赤のフレーム。差し色かな。
しかも、シャツがグレーで、パンツが黒のシャドーストライプだから、端正さが引き立っていて。
……格好いいなあ。
「こらこら、みさきさんも格好いいから心配しないの。そもそも、お母さんとお父さんは長いお付き合いなんだから。みさきさんはこれから! でしょ? あと、チーズタルト、最高!」
「……声に出てた? はい、頑張ります。タルトはどういたしまして、だよ。……あ。すみません、先生、しずるさん。……ちょっと」
どうやら、チーズケーキを(チーズタルトもだ。)食べ終えた由都ちゃんに呟きが聞こえてしまったらしい。
それに応えていたら着信があった。
スマホの表示は、
先生の教え子でもあり、高校の先輩でもある。因みに物理部の先輩で大学の準教授でもある一輪先生の同級生だ。
私は直接には高校生活は重なってはいないけれど、一輪先生にも大学ではよくして頂いている。
「……はい、はい、はい!……分かりました。ええと、明日朝8時ですね。大丈夫です。必ず伺います! ありがとうございます! はい、失礼いたします、暦さん」
「暦君だね。……内定先で何か? 訊いても良ければだけど」
少し、伊勢原先生の表情の先生。
「あ、はい。明日朝イチに会社に伺えれば、資料室でお手伝いをさせて頂けるそうなんです。過去にファイリングされた紙ベースの資料をデータベース化しているらしくて、それ関連で。ジャージ持参で来てね、何なら着てきてくれても! だそうです」
「棚卸しみたいだねえ。まあ、暦君なら無茶はしないし、土岐さんに無理はさせないから良いと思うよ。暦君なら会社に掛け合って日給も必ず出すだろうから心配しなくて良いと思う。……あ、じゃあお宅まで車で送るよ。それならぎりぎりまでここに居られるでしょう?……何時に出る?」
ありがたい。いくら力仕事でも、内定先に伺うのだからそれなりに準備が必要だ。
でも、私がしずるさんにちゃんと自分で誕生日プレゼントをお渡しできるようにと、先生は気を遣って下さったのだろう。
「ありがとうございます! そうして頂いて良いですか? 今、18時だから、30分後に。……しずるさん、すみません。お祝いの最後まで居たかったのですが」
「ううん、電話でお祝いの言葉をもらって、このチーズタルトまで頂いて。……あ、おにぎりと卵焼き、それから京さんと由都の合作、おいしいサンドイッチも持って行ってね!……そうだわ、チーズタルト!」
しずるさんの手料理! それに二人のお手製まで!
頬が緩みそうになったが、それだけではなかった。
しずるさんは手つかずだった私の分のチーズタルトをフォークで切って、……え。
「はい、あーん。……あ、ごめんなさい……つい……」
多分、由都ちゃんと間違えたんだ。
「はい、頂きます。……おいしい。チーズタルトに白玉と黒蜜のゼリーが重なるとこうなるんですね。……待っていて下さい。プレゼント、お持ちしますから」
私はしずるさんがフォークを置く前に、ぱくりと頂いてしまう。
正直、恥ずかしい。だけど、やっぱり……嬉しい。
だって、由都ちゃんと間違えられる、ってことはつまり、少しでも気を許して頂いているってことだから。
……嬉しくない筈は、ない。
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