第48話 [家庭教師 土岐みさき]お祝いできます、また今日に。

「はい、ありがとうございました」

 タクシーの支払いを済ませて、マンションのエントランスホールを目指す。


 コンシェルジュさんこそいないけれど、防犯カメラと警備会社への通知システムは24時間稼働している先生……京さんのマンションは、けっこう緊張する。


 エントランスホールに行くまでには扉が二つ。一つめは自動。

 二つめの扉との間にある風除室ふうじょしつのオートロックを解除してもらうとやっとエントランスホールに入れるのだ。


「遅くなりました。すみません、土岐です」

 部屋番号を入力して、カメラとマイクに向かって話す。

「お疲れ様。今開けます。由都が下りるから、エントランスホールに居てね」


 ……しずるさんだ!

「はい、お待ちしてます!」

 上ずってないかな、私、と変な心配をしてしまう。


 ……オートロックを解除してもらい、やっとエントランスホールに。


 相変わらず、このマンションのエントランスホールは広い。


 談話スペース、24時間対応の宅配ボックス、防犯カメラ。


 そして、由都ちゃんに初めて会った、あのティールーム。落ち着くからあそこの入口にいようかな。

 今日は日曜日なのでティールームは17時までらしい。閉店時間とラストオーダー16:30まで、と書かれた看板が出ているから……そうだ、時計、時計。


 よかった、まだ16時過ぎだ。


「お疲れ様、だって」

 気を抜くと、さっきのしずるさんの声を思い出してしまう。

 しずるさん……ふにゃりとなりそうな自分を叱咤する。


 しずるさんは喜んでくれるかな、と考えたせいで両手の荷物を落としたりしたら、自分で自分が許せなくなるからね。


 すると、跳ねるような軽快さで由都ちゃんがエレベーターから下りてくるのが見えた。

 私も歩いて居住者入口まで一緒に歩く。

 勿論、ここにもオートロック。


「ようこそ、みさきさん。お母さんにおめでとう、できたんだよね?……あ、その包み、買えたの?」

 由都ちゃんの視線の先にあるのは私の片手の包みだろう。


「うん、ありがとう由都ちゃん。ちゃんと言えたよ。本当にありがとうね。……そう、これを買いに行っていたから遅れてしまって。この間、プレゼント購入に付き合ってもらって、更にしずるさんの好みまで教えてもらえたから」


 そう。


 私の片手には由都ちゃんと選んだ誕生日プレゼント。

 そして、もう一方の手にあるのは。

 その買い物……ショッピングモールで由都ちゃんに教えてもらったしずるさんがお好きだというケーキなのだ。


 かなりの人気らしく、予約はほぼ無理と言われるそのケーキ。


 多分無理だろうといながらも今日、当日確認してみたら、まさかのキャンセル有り。

 何故電話してみようと思ったのかは正直分からない。

 しずるさんにお誕生日おめでとう、と最初に言えたから? 自覚はなかったけれど、私はやっぱり高揚していたのかも知れない。


 結局、店舗に行けば購入可能と言われ、少し遠かったけどこうしてこちらに持参することができた。


「私達が用意したのも、まだ食べてないから!一緒に開けようね!」

「ありがとう、待っててくれたんだね。じゃあ、これは持ってもらえるかな」

「責任重大! 分かりました!でもまずは」


 そう言いながら、オートロックを解錠してくれた由都ちゃん。


 静かに開くその扉に入り、由都ちゃんと並んでエレベーターに向かう。


 「また今日に」と言ってくれたしずるさんに。


 ……喜んでもらえるかな。






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