第7話 多分……きっと、デート。

「先程はごちそうさまでした。……こちらは由都ちゃんに、合格祝いです。どうぞ。胡粉こふんネイルのセットなんですが……。モールで好きだと言っていた色に私の独断も加えてしまったから、好みの色じゃなかったら遠慮無く言ってね? また追加で注文するから」


 食事を終えて、少し歩いてオープンカフェに。


 注文した品々が置かれた後、みさきさんはこう言った。


 由都はベリーのパンケーキセット、みさきさんはチーズトーストセット、私はとりあえずカフェラテだけ。

 アイスコーヒーの後にまた冷たいものを頂くほど暑い訳ではなかったから。


 きれいな細い指先を見ていたら、また熱が出そうだから愛娘に頂いた品の方をつい、見てしまう。


 由都に、と差し出されたのは藍色のショッパーバッグ。


 胡紛……貝殻の粉のネイル。爪に影響が出ない様にと考えてくれたのかしら?


「ありがとう! 覚えていてくれたんだ! モールで見たこのお店の、欲しかったの!」


 モール?……思い出した。


 確か、三人でショッピングモールに行ったとき、由都がこの会社のネイルを見掛けて、「かわいい色!……あ、品切れ……」って言っていたお店のネイルだ。


 ごめんね、由都。私が覚えていてあげたら良かった。


「ありがとうございます。こちらからお礼をする立場なのに。あと、由都ちゃん、ごめんね。お母さん、すっかり忘れていたわ」 

 愛娘の目を見て、きちんと謝罪。


「え、お母さんあの日、別のお店のリップグロス二種類も買ってくれたよ? 私もネイルはお願いしてなかったでしょ? 気にしないで!」

 よかった。そして、全く気にしていない愛娘もかわいい。


「いえ、むしろ由都ちゃんに贈ることが出来て嬉しいです。……もしご迷惑でなければ、これをしずるさんに。……朱鷺色ときいろ、です。先日の指輪については、図々しくてすみませんでした。これはもらって頂けるだけで嬉しいです」


 押し付けがましくなく、すっと渡されたそれは。


 透明な緩衝材と小袋に入っていた、ちょっとだけ紫色に似たピンク色のネイル。


 ときいろ。土岐…みさきさん?


「朱鷺の風切羽かざきりばねの色だそうです。色の名前が個人的に嬉しかったのもそうですが、色が……しずるさんにお似合いだから」


「……すごいよ、みさきさん! お母さんに絶対似合う!」

 うん、好みの色だ。かわいい。


 そして、この色が似合うと二人が思ってくれたのも嬉しい。


 実は、指輪のことを図々しいだなんて思ってはいない。


 むしろ、娘との真剣交際の申し込みだったとしたら将来を考えてくれているのね、って母親としては嬉しかったと思う。


 勿論、異性同性関係なく、ね。


 ただ、お相手がみさきさんだから、というのは大きいけど。


「お母さん、先生へのお礼の、あれ」


 いけない。由都への口止めを忘れていたわ。

 私も由都へのお祝いとしずるさんへのお礼、用意はしていたの。


 由都にはアクセサリーを頼まれていて、お店に注文済み。お店に届くのは年明けになるらしいけれど、それも了承済み。こちらは良いの。でも。


 みさきさんに用意したのは、私と由都とお揃いの作家物の湯呑みで。


 手びねりで味があって、でも、熱いものも飲みやすい、素敵な湯呑み。


 絵付けされた柄にも味がある。


 私が椿で、由都には桜。先生……みさきさんには紫陽花あじさいを選んだ。


 だけどそれ、お礼とそれから……二人のこれからを祝福する意味を込めて馴染みのうつわ屋さんで購入したものだから、どうしようかしら、と思ってお渡しするのを保留にしていたのよ。


 因みに(由都の)お父さんの湯呑みは南天。


 新しい住まいに「連れて行くね」と笑っていたっけ。そんな台詞や仕草がさまになる人だ。


 さすがはかわいい由都のお父さん、である。


 様になる、と言えばみさきさんもよね、本当に。


 こんなに雰囲気のある人にお似合いな、他の品物……。どうしようかしら。


「ふふ、お母さん忘れてたから私が持ってきたよ!……私が渡して良い?」


「え。……ええ」


 そうだった、由都には「あのお店で購入したから、あとでお礼です、って先生にお渡ししましょうね」って伝えて、戸棚に入れていたのよ。


「ありがとうございます。……開けて良いですか?」


 うう、顔と声が素敵。


 これ、ダメです! って言える人、いるのかしら。


「気に入って頂けたら嬉しいわ。……あと、私にもネイル、ありがとうございます」

 やっぱり、お断りはできない。


「……良かった」

 あ、これ、本当に嬉しいと思ってくれてる顔だわ。


 なんて言うのかしら……。


 すごく格好いい美人な黒い狼さんが大きな尻尾をふりふりさせているみたいな感じ? 格好よくて美人でかわいいのよ、もう! 


 かわいいが追加されてるし!


「……開けても良いですか!」


「……はい」

 見たいです! というみさきさんの気持ちが伝わってくる。


 せめてご自宅で、とは言えなかったわ。


「みさきさん、絶対、気に入るから! じゃあ、私も開けるね? 良いでしょう?」


「うん、じゃあ一緒に開けようか」


「うん! せーの! かわいい、きれい! 爪のケアセットと保護用ネイルもだ! ありがとうございます!」


 ああ、愛娘がかわいい。


 あら、みさきさん? は……あれ?


 声掛けをしても大丈夫かしら、と思った私の耳に。


 うれしい……。


 ぼそりと聞こえた呟きのあと。


「……ありがとう……ございます。お二人の茶器と同じ作家さんの……。あ、伊勢原先生も、かな。でも、嬉しいです、本当に。大切にします。……必ず!」


 そう言って、優しい目をしながら湯呑みの紫陽花にきれいな指先で触れたみさきさん。


 我が家でお茶をお出しした時、私と由都が揃いの湯呑みを使っているのをご存知だったんだ……。


 そして、伊勢原先生由都のお父さんも、は正解です。


「ね、みさきさんも一緒! 嬉しいよね、お母さん?」


「え、ええ。気に入って頂けて嬉しいです。由都にも素敵なものを揃えて頂いてありがとうございます」


 こんなに喜んでもらえるのなら。


 次の機会があれば、じゃなくて。


 そう、いつか、であの器屋さんに行こう。そう思った。


 お皿、お椀、箸置き?


 何を、かは分からないけれど。


 とにかく、三人でお揃いで。


 由都のお父さんには、その時だけは、ごめんなさい、ね。でも、きっと笑って許してくれるはず。


 いつ、とはまだ、全然約束出来ないけれど。


 それでも、いつか必ず……ね。




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