52th mission ペチュニアに祈りを……。天に救いを……。
――階段は、すぐ目の前だ! 後少し……もう少しであの階段に辿り着ける! 太陽までもう少しだ!
俺は、必死に階段の1段目に向かって手を伸ばしていた。しかし、当然のようにそれを邪魔する吸血鬼の巨大な深紅の触手が出現し、俺の行く手を阻んでくる。
「……どけぇぇぇぇぇ!」
上から踏みつけてくるその攻撃を横転して軽くかわしながら前に進む。後、もうちょっと……3歩走ればたどり着ける。
すぐそこまでやって来ていた所で……またもや悲劇が起ころうとしていた。時間は、もうそろそろ15分経つのではないか……。この空間にいるせいで……地上と若干時間間隔が違っているからよく分からないが……。
――でも……まだちゃんと2人とも生きている。
俺は、一瞬だけガリレオとサマンサの方に視線を向けてみる。彼らは、しっかりと目を開けていた。それを確認した俺は、すぐに前を向いて走る。
「やらせぬぞ!」
しかし、その時だった。俺の後ろから吸血鬼の触手が6本同時に襲い掛かろうとしていた。本能的に危機を感じた俺は、咄嗟に後ろを見てみる。すると、しっかりと6本の触手が俺の手足と胴体……顔の位置に伸びてこようとしており、またしても俺は、この女の触手に捕らえられてしまいそうになっていた。
――ここでまたこの女の触手に捕まって……さっきみたいに毒を流し込まれたら次こそ完全に終わりだ。何か……あの触手を撃退できるものが必要だ。……けど、今の俺には、もう強力なけん玉を作るための素材が何処にもない。この石のけん玉じゃ……ダメだ。もっと強力な聖なる証から作ったけん玉でないと……6本の触手を同時に防ぎきる事はできない!
ピンチを悟り、もう自分の力ではどうしようもないと理解した俺は、もう触手の事なんて一度頭から忘れてみる事にした。
――ここは、もう……自分の足を信じて走るしかない。奴の触手と俺の足……どちらが早く辿り着く事ができるか……その勝負だ。
決意を固めた俺は、今まで以上のスピードで階段を昇り出す。全部で15段の階段を俺は超スピードで走って行き、ドアを目指した。
「……行って! お願い! 大我!」
後ろからサマンサの最後の気力の籠った声も聞こえてくる。……あぁ、分かってる。すぐに向かうつもりだ!
俺は、階段を1段飛ばしで駆けあがっていきながら、あの地下のドアに向かって今度は手を伸ばした。
「……後少しだ! あと少しで!」
俺は、もっとピンと手を伸ばしてドアを求めた。
――もう後、5段! 後5段で……太陽が……!
……しかしだ。それでもまだ簡単に俺がドアに辿り着く事はできなかった。その時突然、後ろにいたはずの触手が超スピードで俺の前に回り込むようにして出現した。
「……なっ!?」
驚く俺だったが、吸血鬼の方は冷静なまま……君の悪い笑い方をして言ってきた。
「……ケケケケ。残念だけど、ここで終わり。楽しかったわよあなたとの鬼ごっこは!」
そして、6本の触手が俺に一斉に襲い掛かって来ようとしたその時――。
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――グギュルゥ! と鈍い音が聞こえて……それと共に俺の前から襲い掛かって来ようとしていたはずの6本の巨大な深紅の触手がほぼ同時に切断されていた。
「……!?」
――これは一体……!?
と一瞬思ったりしたが、俺はすぐに自分の目の前の空中で触手を切りつけながら回転する銀色のベイゴマの姿を見て誰のおかげか察した。
「……ガリレオ!」
そして、ついそのベイゴマの使い手の名前を口にしてしまい、一瞬だけ男のいる方へ視線を後ろの自分よりも下へ移した。
そこには、うつ伏せになった状態で苦しそうにお腹を抑えながら銀色の糸を左手に持ち、投げ終えたばっかりといった様子で息を切らしながら吸血鬼を睨みつけるガリレオの姿があった。彼は言った。
「……全く、教会に持って行く物だなんて遠回しな言い方をしやがって。
ガリレオのそのセリフに彼らの少し前で2本の触手の力で立っていた吸血鬼は、悲鳴のような悔しさに満ちた声を荒げながらガリレオの事を睨みつける。
「……ふざけやがって! 失敗作の分際で……。この劣等遺伝子の塊があああああああああああああああああ!」
断末魔、最後の雄叫びをあげる吸血鬼。それに対して彼女の孫だったガリレオは至って冷静な表情で、しかし言葉の中にはっきりと怒気と覚悟を含ませた声で俺に告げてきた。
「……いけぇ! 大我! ペチュニアおばさんを救ってやってくれ! 吸血鬼の闇の力から解放してやってくれええええええええええ!」
それを聞いた俺は、途端に足を動かしていた。残り3段となっていた階段を一気に登りきる。そして、地上へ繋がるドアノブに触れると俺は、そのままそれを回してドアを開いていった。
「……なっ、あっあぁ…………」
吸血鬼が恐怖に満ちた声で開かれるドアを見ていた。この時の彼女は、少しだけ震えていたんじゃないかと思う。……もちろん俺は、ドアを開けていたから吸血鬼の女の事なんて見ちゃいない。実際がどうだったのかは分からない。しかし、声を聞いた感じ、絶対にそうであると何処か確信できた。
俺が地上へ繋がるドアを完全に開け切るとその瞬間にそれまでランプの明かりがないと暗かったはずの地下空間に強烈な光が入り込む。ビカッと太陽光が差し込まれるとその眩しい輝きに怯えていた吸血鬼は途端に両手で顔を隠した。だが、そんな事をしても無駄だ。
彼女の触手や体は、太陽の光に当たった箇所から徐々に溶け始める。まるで焦がした肉のようにじゅわじゅわと溶けていく。
「……いいいいぎぎぎいぎぎぎぎぎいぎぎぎぎいぎいいいいいいいくぎゅうううううああああああああああああああ!」
尋常じゃない悲鳴と共に吸血鬼は、太陽の光の力で溶けて行き、やがて大きかったはずの彼女の背中から生えていた8本の触手が完全に消滅。灰となって消え去った。触手が消えて自分の体が地面に叩きつけられた彼女は、その後も太陽の光であぶられていきながら……足や手の指などからどんどん灰になっていった。
最終的にそれまで若い女の姿になっていたはずの彼女の体は、元のよぼよぼな頃の状態に戻っており、瑞々しい体は一気に干からびて……背中や足、手の指から胴体、顔に向かって灰になっていく。その中でも女は、悲痛の叫びをやめなかった。
どんどん低くなる女の叫び声は、やがてガラガラになり……そして気づいた時にはもう声すらなくなっていた。それでも、女は声にならない叫びをあげて、自分の体が完全に灰となって消えるその時まで……口を開け続けた。
彼女の体は、まるで崩壊した古代ギリシャの彫刻のように形を保てなくなり、とうとうかおのついたただの肉片のようになり、そしてもうすぐに完全に体の全てが消滅。灰となった。
ガリレオは、そんな吸血鬼の最後を見届けながらも両手を合わせて祈りを捧げていた。彼は、吸血鬼の消滅と共に体内の毒の効果が切れたのかいつも通り立った状態で祈りを捧げていた。その姿をジーっと見ていた俺とサマンサ。
これは、ガリレオにとって別れでもあった。本当に自分が愛していたおばさんは、もういない。お別れを言う事ができず……倒すしかなかった吸血鬼に向けて彼は最大限の敬意を払って祈りを捧げた。彼は言った。
「……さようなら。ペチュニアおばさん。俺の……大切な家族」
こうして、彼は完全に自分の家族を全て失ってしまうのであった……。
――To be continued.
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