第10話 種の保存

「えー、君たちぐらいの年齢になると男女ともに体に徐々に変化が起き、お互い異性への関心が高くなっていきます。男子であれば精通、女子であれば初経、いわゆる生理というものが起こり……」


 その日、曜たちのクラスでは保健体育の授業が行われていた。

 体の大きな担任教師が大真面目な顔をし、尚且つ馬鹿でかい声で普段使いしないような単語を次々と並べ立てるから、少年少女たちはひどく困惑顔になっていた。

 中でも特に『生理』という単語についてはそうであった。


「えー、であるからして、君たちぐらいの年頃なら異性に興味を持つ、関心を抱くということは、ごく自然であるという訳なんですね!」


 クラス中が反応に困って黙り込んでいる中、曜だけが上の空で話を聞いていなかった。来海に拒絶されたことが未だに尾を引いているのだ。男女が互いに興味を持つのは自然、というのは辛うじて理解できたが、自然だから正直何なんだろうとも思う。

 興味を持ったところで、肝心の相手に嫌われたらその時点でおしまいじゃないか……。


「先生」

 教室後方の席にいた、とある男子が挙手して言った。


「初経がどうとか生理とかって、結局何の意味あるんですか。ウチの親とか姉貴がいつもそれでイライラしてるし、何ていうか邪魔にしか思えないんですけど」

「はい、いい質問ですね!」

 先生のその口調は、声量とは裏腹に何となく事務的な感じにも聞こえた。


「えー、すなわち種の保存のためです。つまりは必要なものである、という訳ですね!」

 また種の保存がどうとか言っている。曜が以前質問した時と同じだった。


 そもそも種の保存って何だ。そういえば、と曜は来海の母が公園でも似たようなことを言っていたのを思い出す。たしか、崇高な営みである……とか何とか。

 黙っていると、教室後方の彼がまた質問していた。


「種の保存って、よく分からないんですけど」

「種族を残して繫栄する、動物ならタマゴを生んで育てる、ということですね!」

「じゃ虫とか魚にも生理ってあるんですか」

「詳しくは理科の授業で聞いて貰いたいですが、つまりは種の保存に必要な……」


 その時「えっ、嘘だ!」と教室の反対端から、素っ頓狂な声が上がった。

 叫んだのは科学全般が大好きな、俗にいうガリ勉メガネの男子だった。彼は悪い奴ではないが、とかく空気が読めないことで有名だった。


「タマゴ生むときに必要なのって交尾じゃないんですか!」

 途端に教室中が大爆笑に包まれる。尤も笑っているのは殆んどが男子ばかりで、女子はむしろ全員揃ってドン引きみたいな顔になっていた。だが曜には、それ以前に何が何だかよく分からない。みんな、何がそんなに可笑しくて笑ってるんだ?


 実際、言った当人も周囲のその反応が理解できずに混乱しているみたいで、しまいには半泣きに陥って、それで余計に物笑いにされるというひどい有様だった。


「だって、だって、こないだ理科のテレビでやってたんだよ!」

「静かに! 静かに!」

 騒ぎが大きくなる前に、先生は話題の強制終了を図っていた。


「とにかく結論としては、体に変化が起きるのは種の保存のため、男子が女子に、女子が男子に興味を持つのは自然なことで、決して恥ずかしいことではないという……」

 いつまでたっても種の保存が堂々巡りしていた。先生はひょっとして、種の保存が好きなんだろうか。だが種の保存とは何なのか、結局一ミリも分からなかった。


 曜の脳裏に、先日テレビでやっていた科学番組の内容が思い起こされる。もしかするとガリ勉メガネの彼が見たのも、同じ番組なのだろうか。うろ覚えだが、虫や魚の一部ではメスがオスを交尾、つまりは種の保存の際に食べてしまうという……。


 あっ、と思わず曜は声を漏らした。

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