18.副隊長補佐官(ライバル登場?)
本日の勤務が終わり、アンジュは足取り軽く、病院の外へと足を踏み出した。
近々、実家へ帰ろうと思っていたアンジュは、お土産を買うため、街に繰り出すつもりでいた。
「ねえ、あなたがアンジュ・ベント?」
唐突に後ろから声を掛けられ、アンジュは弾かれたように振り向いた。
そこにいたのは、髪を頭の上で結った、背の高い女性だった。
「へえ~、確かに美人ね。でもそれだけ。特に何かを感じることもないわね」
腕を組み、不躾に上から下まで眺め倒してくる人物に、アンジュは怪訝な表情を隠さなかった。
「それに、あなたって性格が悪そうだし!」
ビキリとアンジュの額に青筋がたつ。それでも何とか平静を心がけ、声を上げた。
「どちら様ですか?」
その言葉を待っていたかのように、その人物はニヤリと口角を上げた。
「あたし? あたしはねえ、魔導部隊の副隊長補佐官をやっているの」
「はあ、そう。それで? 名前は?」
自慢気に自分の役職を告げた相手に、アンジュは呆れたように名前を聞く。それに目を吊り上げた人物は怒鳴るように言い返した
「はあ! 何様よ! 人に名を聞くときは先ずは自分が名乗りなさいよ!」
「既に私の名前は知ってるんでしょう? そっちがこっちの事情も気にせず呼び止めておいて、何が『何様』よ」
アンジュは負けじと言い返した。自分のことを『あたし』と言ったことから、恐らく平民であろうと当たりをつけ、強気に出る。
当然、向こうは激昂した。
「あたしは魔導士様よ! あんたたちと違って、国を守り、人々を守っているのよ! あんたなんかとは格が違うのよ!」
「ふ~ん、格ね。あなたたちは私たちの収めた税金で生きているのよ。給金は、物凄い高額だっていうじゃない。それに見合った働きをするのは当然のことだわ。だってそうでしょう? 私たちが一生懸命に働いたお金が、あなたの給金になるんだから。それに私たち一般市民が少なくなれば、その分、あなたの給金も必然的に減るのよ。守るのは当然じゃない」
恩着せがましく言ってきた相手に、同じく恩着せがましくアンジュは言い返す。
それが気に入らなかったのだろう、相手がアンジュに向かって掌を向けた。それが何らかの魔法攻撃を放つ仕草だと、アンジュは知っていた。
街中で一般市民に魔法を放つ行為は、禁止されている。それが魔導部隊の隊員ならば尚のこと大問題だ。
本気で撃つのかどうかは分からなかったが、アンジュは特に動じることなく、相手の様子をじっと窺う。
彼女の掌はアンジュの顔へと向けられていた。だがここで不自然な動きをする。反対の手で、腕を下に向けるように押さえつけたのだ。足を狙う形になってすぐ、何の躊躇もなく放たれた魔法は、火炎魔法だった。幸いにして、脅し程度に手加減された魔法は、アンジュが展開した防御魔法で防げるものだった。ただ一つ、アンジュが普通でないことをしたために、相手が酷く狼狽することになった。
「なっ! 無詠唱! しかも防御魔法!」
驚愕している相手を見据え、アンジュは常々思っていたことを心の中でだけ呟く。
『いちいち魔法を発動するのに言葉にするのって、物凄く恥ずかしいのよね』
実際、心の中で唱えれば、魔法は発動するのだ。なのに何故か、皆わざわざ口に出して詠唱する。そのことに意味を見出だせなかったアンジュはそれをとても『恥ずかしい』と感じてしまっていた。
ただ今の彼女の発言だと、このやり方を知らないだけのような気がした。だからと言って教えてやる義理はないと、アンジュは彼女の言葉に無視を決め込む。
「防御魔法くらい、誰だってできるでしょう?」
「なっ! そんなわけないでしょう! 防御魔法を習得するのには何年もかかるのよ! しかも無詠唱で展開出来る者なんて、数える程度よ!」
「そんな筈ないわ。現に私は生まれて始めて使ったけど、使えたじゃない」
「はあああ? 初めて! 嘘でしょう?」
どうにも話が噛み合わないことに、流石のアンジュも不安を覚える。アンジュにとっては簡単なことでも、常識的には違うのかもしれないと思い始めた。だが何故、防御魔法が難しいのかが分からなくて、アンジュは何も言い返せないでいた。
「ふん! なるほどね。隊長が惚れるだけのことはあるかもね」
その発言に、アンジュはやはりそうかと頷いた。
当然のことながら、魔導士の中には女性もいる。なんなら、剣士や武闘家にだって女性がいるのだ。同じ『兵士』として、『守護者』であるジェイクに憧れないわけはない。しかも平民から花嫁を募集しているのだ。夢を見るのは仕方のないことだろう。そうアンジュは考えて、補佐官と名乗った女性を見据えた。
「もしかして、オールディス様のことで、私に接触してきたの?」
「ええ、そうよ。随分と良い噂ばかりが聞こえてくるから、本当かどうか実物を見にきたのよ」
「ふーん、それで? どうだった?」
「美人は認めるけど、性格は最悪。でも魔法は正直、弟子入りしたいくらいよ!」
最後の言葉に、アンジュはどう返したらいいのか分からず、押し黙る。それは相手の目が爛々と輝き、本気で師事したいと物語っていたからだ。ここで返事を間違えたら、あらぬ方向に事態が転びそうだと、アンジュは取り敢えず憎まれ口を叩いておくことにした。
「性格が悪くて結構! 美人なんだから、何でも許されるのよ! それで? オールディス様に近づくなって言いに来たの?」
「まあ、そんなところよ。あたしが補佐をしている副隊長はオールディス隊長の妹なの。その妹であるクレア様が、オールディス隊長の伴侶にはキャサリン様が良いって言ってるのよ」
「ふーん。だったらオールディス様に直接そう言ったら良いじゃない」
「ふん! キャサリン様はねえ、あんたみたいに図々しくないのよ!」
その言葉に、思わずアンジュは首を傾げた。
「ん? 待って、あなたがキャサリンじゃないの?」
「はあ? 私じゃないわよ! キャサリン様は衛生部隊の隊長よ! あたしの名前はレイチェルよ」
よくよく考えれば、ジェイクの妹は公爵令嬢で、平民を様付けで呼ぶことはない。ジェイクと年齢の釣り合う年頃の貴族令嬢はいないと聞いていたので、ただ単に彼女が様付けして呼んでいるのだと理解した。同じ平民なのに様付けで。衛生部隊の隊長という肩書のせいでもあるのだろうが、そればかりではない何かを、アンジュは感じ取っていた。
「それで、何であなたが私を見に来るのよ? ひょっとしてあなたもオールディス様のことが好きで、気になって見に来たんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう? キャサリン様がとても気にしていたから、代わりに見に来たのよ」
腕を組んで呆れたように言う補佐官、レイチェルに、アンジュは嘘をついてはいないようだとジッと相手の目を見つめて納得した。だがそれと同時に、違う感情が迫り上がる。
「だから、何で気にしている本人じゃなく、あなたが見に来るのよ? もしかして頼まれたの?」
「頼まれてなんかいないわよ! さっきから言ってるでしょ! 気にされていたから、代わりに来たって!」
よくある話だと、アンジュは思わず肩を竦めた。様付けで呼ぶくらいだから、その衛生部隊の隊長ことを尊敬しているのだろう。そこにつけ込まれて、レイチェルは随分と良いように使われているようだと、アンジュは思った。まあ、指摘したところで、信じないし認めないだろうが。崇拝というのは、なかなかに厄介だとアンジュはつい、ぽろりと呟きを零してしまった。
「ふーん。そのキャサリンって女、ろくでもないわね」
「なんですって!」
言った後に、口元を押さえてみたが意味はない。余計なことを言ってしまったと、面倒ながらも開き直ることにしたアンジュは続けた。
「だってそうじゃない。自分では行動しないくせに、周りに同情を買って、あなたみたいに世話好きな人に行かせようとするんだから」
「だから! 私が勝手に来たって言ってるでしょう!」
「そう仕向けたのは彼女でしょう?」
「本当、あんたって、性格は最低ね」
このまま平行線を辿りそうな会話に、アンジュは一つ息を吐き、終わらせる。
「だったら、私に会ったことを黙っていたらいいわ。それで、あなたにしつこく言ってきたら、確定ね」
「は? どういうこと?」
「あなたのことだから、私がどんな人間か見てくるって、その彼女に言ってからここに来たんでしょう?」
「ええ、まあ……」
「そのキャサリンって女は、あなたが私に会いに行くよう仕向けた。これを大前提として考えましょうか。それで、あなたにこう聞いてくる。『この前の話だけど、彼女、どうだった?』って。そしてあなたはすっとぼける。会えなかったと。それで一旦は引き下がる。でもその後、何度か聞いてくる筈よ。『会えた?』って。で、あなたが会えなかったと何度も言えば、次は他の人に同じことをする筈。自分では絶対に会いに行かないのよ」
「当然じゃない。会う勇気もないだろうし、暇もないわ!」
それはどうだろう、とアンジュは勘ぐった。
衛生部隊の駐屯地は、この街から馬車で一時間ほどの二つ隣の街にある。だが、レイチェルのいる魔導部隊は王都に駐屯所があるのだ。この街に来るよりもずっと遠い王都には行けるのに、こちらに来る時間がないというのもおかしな話だ。だが、会議などで魔導部隊のある王都に行くこともあるかと、思い直す。
それでも、レイチェルの反応が見たくて、アンジュは思っていることを口にした。
「あなたに聞きに行く時間はあるのに? それに会いに行くのだって、直接会わずに、物陰から窺うことだって出来るでしょう? ああ、それとも、会いに行こうと思ったけど、途中で勇気がなくなって、引き返して来たとかって言われたりした?」
図星だったのか、レイチェルが驚いたように目を見開いた。
その様子に、益々疑惑が増していく。
「知ったような口を、聞かないでよ!」
本気で怒っているのだろう。髪が逆立つ程にレイチェルの魔力が身体から溢れ出した。
流石に衛生部隊の隊長の為人(ひととなり)を知らず、勘繰ったことに、また想像が暴走する悪い癖が出たと、アンジュは項垂れた。
「確かにそうね。悪かったわ。それでも、これだけは言わせてよ。私にオールディス様に近づくなって言う前に、オールディス様に、あの女は釣り合わないから付き合うなって説得してよね。平民の私が、貴族の申し出を断れるわけないでしょう?」
「言えないからこっちに来たんじゃない!」
「同じ部隊の隊員が言えないことを、ただの一般市民に押し付けないでよね」
「元はと言えば、あんたが言い寄った結果でしょう?」
「だったら、そっちも言い寄ったらいいじゃない。何もしてないくせに文句ばかり言ったって、何も前に進まないわよ。勇気がないから告白しないとか、ずっと受け身でどうするのよ」
「告白はしたけど、振られたらしいわ。でも諦めきれないみたいで……」
「それこそ、こっちに言いに来るのはお門違いじゃない。人それぞれ、好みってもんがあるんだから。その振られたっていうのは、どのくらい前の話なの?」
「二年くらい前だったかしら。一時期、その噂で持ちきりだったから…その後も何度か言い寄ってはいたみたいだけど……」
「だったら尚更、私が近づこうが離れようが、その女は対象外ってことでしょ?」
「それはそうだけど……」
「本当、いい迷惑だわ。折角の休日が台無しよ」
「……それは……悪かったと思ってるわ」
急にしおらしくなったレイチェルに、アンジュはこのまま押し切ってこの場を立ち去ることにした。
「じゃあ、私は用事があるから行くわね。そうそう、別に私の言う通りに会えなかったって言わなくてもいいのよ。オールディス様も、そのキャサリンって女とくっついた方が、今後何かと都合が良いでしょうからね」
言うだけ言ってさっさと逃げ出したアンジュは、ヒラヒラと手を振りながら足早に店と店の間の路地に入り込む。
くねくねと色々な細い路地を歩き回り、チラリと後ろを振り返ったアンジュは、大きく息を吐き出した。
特に追ってくる様子がないことに安堵する。
そしてさっきのやり取りを思い出し、そっと呟いた。
「ふーん、そっかあ。振られたのか」
自分には甘い言葉ばかりを並べ立てるジェイクが、他の女性には見向きもしない。その事実に、知らず笑みが溢れていたことに、アンジュは気が付かなかった。
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