幕間1.ジェイクの初恋(ジェイク視点)
まさかこんなに簡単に恋に落ちるとは。
彼女の全てが愛おしい。
切欠は部下の見舞いだった。あの『有名』な病院に入院していることもあって『安心』して見舞いに行った。
あの病院に勤める看護師たちは皆優秀で、『弁えて』いる者たちだと思っていた。
実際、そうだった。挨拶に行った看護師の婦長や、すれ違う看護師たちも皆『弁えて』いた。そして病院の入口まで案内してくれた彼女も、軽口を叩きながらも、僕が少し態度を硬化させると、すぐに引き下がってくれた。あれは本当にただの冗談で、部下が入院していることに気落ちしている僕を元気づけようとしてくれたものだとすぐに気づいた。
美人で、思いやりのある、そして気遣いまで出来る上、優秀だなんて。
「セバスチャン、知っていたら教えて欲しい。ダンジョン近くにある病院に勤めている、美人で若い看護師のことを……」
帰宅して、まだ自室にも着いていない廊下で、突然、何の脈絡もなくそんなことを言ったものだから、セバスチャンは固まってしまった。
部屋の扉を開ける手を止めて、こちらを振り返ったセバスチャンは、それでもすぐに教えてくれた。
「確か、ロブ・リドリーの娘もそこで働いていましたね」
「そう。多分彼女と同年代くらいだと思う」
「でしたら、ロブ・リドリーの娘、エレナ・リドリーの同期かと」
「知ってるのか!」
ぐいっと顔を近づけると、扉に背を付けてセバスチャンは大きく首を振った。
「詳しくは分かりませんが、確か金の髪に青い瞳で、随分と見目が良いと聞いています」
「そう、その彼女だ!」
期待に心が弾む。その勢いのまま、セバスチャンに畳み掛けた。
「どんな娘なのか、知っていることでいいから、教えて欲しい!」
「はあ……余り良い噂ではありませんが……」
「何でも良い、教えてくれ!」
「……分かりました。彼女は随分とガサツなのだとか。あと、あの病院で働いている理由は、伴侶探しのためだそうです。今までにも何人かお付き合いされた方がいたそうですが、結婚にまでは至らなかったとか。彼女のガサツさが原因のようです」
詳しくないという割には、しっかりと彼女のことを知っているあたり、ロブの娘の件で、あの病院に勤める者たちのことを調べたのだろう。
実際、亡命してきた者を働かせるとなれば、それなりに調べてからでなければならなかったし、問題の多い職場では面倒事も起こるだろうから。そして受け入れる側にも負担がかかる。それでも快く引き受けてくれたのは、実はあの病院だけだった。
色々な職種に声を掛けたらしいが、どこも難色を示したようだった。
だから、あの病院は『安心』だった。
「伴侶探し……。だとすると、あれは本気だった?」
「もしかして、言い寄られましたか?」
「うん、まあ……。でもすぐに引き下がったから、そういうのではないのかと思って」
「それは恐らく、落せないと思ったからではないですか? 今までにもそういったことがあったのかもしれませんね」
「そうか……」
確かに、あの時はあからさまに嫌悪を態度に出したし。それでもすぐに引き下がったのは、やはり脈なしと思ったからなのか。
「彼女は、一年前のあの魔物暴走の後、病院を辞めなかった強者です」
「ああ、あの時に病院を辞めた看護師は多かったらしいね」
「はい、彼女はまだあの病院に就職して半年だったそうです。彼女の同期は、エレナ・リドリーを除き、全員退職したと聞いています」
「エレナ・リドリーは、辞めることが許されないから仕方ないとしても、彼女はよく残ったね」
「それほど伴侶探しがしたかったのでしょう」
「いやいや、違うだろう! きっと何か思うところがあったに違いないよ!」
セバスチャンは随分と彼女のことを貶すな。何かあるのだろうか。
「僕が彼女と付き合うのは、セバスチャンとしては反対、とか?」
「いえ、そういう訳ではありません。お相手はもっと慎重に選ぶべきかと思い、先ずは嫌な部分をお話した次第です」
「なるほど……確かに、慎重にというのは分かるけど、その……」
ここで僕は彼女の笑顔を思い出す。そして顔が熱くなるのが自分でも分かった。多分、自分が思っている以上に、彼女に惹かれ始めているのだと思う。
「ひょっとして、一目惚れですか?」
「はは、多分、そう……」
僕の顔を見て、そう察したセバスチャンは、驚きながらも嬉しそうに言った。
「それは良うございました。いつまでも女性不信では、この先大変でしょうから」
「うん。良かったのだと……思う。正直、自分でも驚いているよ」
僕の年代の貴族家では、女児が全く産まれず、この歳になって初めて危機感を覚えた。他国の令嬢をいう話もあったが、高位貴族の僕との婚姻は、それなりに面倒事も多く、二の足を踏んでしまっていた。それに加えて『守護者』の僕は、他国にとっては喉から手が出る程に欲しいらしい。実際、配偶者の国に応援要請をされたら、断り難い面もある。
諸々のことを考えれば、国内で相手を探す方が無難だという結論に落ち着いた。その相手が、例え平民であっても。
だがその平民に、ことごとく酷い目に合わされて、気がつけば女性不信に陥っていた。
それなのに、こんなに簡単に恋に落ちるなんて。
「ああ! 名前を聞くのを忘れた!」
「でしたら、また今度部隊の者たちのお見舞いに行った際にでも、お聞きしたら良いのではありませんか?」
「いや! 今日、物凄く素っ気ない態度をとってしまったから、すぐにでも挽回しないと!」
そうだった。僕の態度は脈がないと思わせる程に酷かったのだ。このままでは悪印象のままだ。
「では、都合の良い日に、花束を持って行かれると良いのではないでしょうか? ついでにデートにでも誘ってみては如何でしょう?」
「そ、そうだね……。誘えるか分からないけど、明日、花束を持って会いに行くよ」
さらっと、難度の高いことを言うセバスチャンに、大人の余裕を感じて益々焦ってしまう。経験値が全くない僕に、デートに誘うとか、出来るのだろうか。
こんなに不安になっている僕に、セバスチャンの言葉にまた焦ることになる。
「…明日、ですか?」
「だ、だめかな?」
「いえ、善は急げと言いますから」
「そうだよね! うん、頑張るよ!」
「ご武運をお祈りしております」
良かった。
セバスチャンに応援されていると分かって、俄然やる気が出てきた。
「両親にも話をしないと……」
「旦那様も奥様も、きっと賛成されると思いますよ。実は彼女が婚姻にまで辿り着けない理由がもう一つありまして」
「もう一つ、理由が?」
「はい。彼女は随分と潔癖症なのか、男性に手さえも握らせないのだとか」
「え!」
「ですから、平民の男性からしてみれば、面白くないのでしょうね。ですが、貴族家からしてみれば、これほど好条件の女性はいないでしょう」
「確かに」
貴族は出自を酷く気にする。平民を娶る際、純潔が最も重要視されているから本当に有難い。
「きっと旦那様たちも納得されると思います」
「うん。僕もそう思う。早速今日の晩餐で話をしようと思う」
「そうですね。善は急げですから」
「あはは、二度目だね」
「大事なことですから」
そう笑ったセバスチャンは、とても嬉しそうだった。主人想いの良い執事だと、心から感謝する。そしてこれから、恋を成就させるため、大人なセバスチャンに助言をたくさんもらわなければ。
そうして僕の恋は、たくさんの人に応援されることなった。
上手くいかない恋だけど、僕は今、人生で一番楽しい時間を過ごしていると思う。
そしてこれから、もっとずっと、楽しくて幸せな時間を過ごすんだ。
彼女と一緒に。
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