フクロウカフェのミミズクは今日も契約満了できない

海 洋

前編 流れ者

 左目からこぼれた黄色い涙。時折に流れ出るその涙をぬぐう度に、彼は彼女との"契約"を思い出す。この黄色く濁った左目が、彼女に残りの人生を捧げる"契約"の証であることを。



 彼は生物学上、フクロウ目フクロウ科ミミズクである。ミミズクではあるが存外、人間の言葉をよくしゃべるのである。そして、そのよくしゃべる性質が功を奏して、今はYoutubeで人気チャンネルの司会を務めており、「R.B.ブッコロー」と名乗っている。彼の特徴の一つでもある黄色く濁った左目は、公式設定では"忙しさゆえにこうなった"とだけ説明がされている。しかし、黄色く濁ったその目には、彼が"契約"したある一人の女性が大きく関わっていることを知る人は少ない。



 彼が物心がついた時には、彼は一人の猟師と集落からすこし離れた山小屋に、ふたりで暮らしていた。まだ猟師が一人で暮らしていた頃、雪山を歩いていた際に、新雪の上に横たわる幼い彼を見つけたのだという。近くに彼の親鳥や巣がないかを探してみたが、それらしいものは見つけられず、山小屋に連れて帰ることにしたのだと猟師からは聞かされた。幼い彼は体に傷を負っており、猟師が山小屋で手当を尽くしたおかげで命を取り留め、傷も次第に回復していったが、左目だけは開かない状態のままだった。


 猟師は独り身で、猟の合間に畑を耕して日々を営み、晴耕雨読もかくやといった生活をしていた。毎晩、本を読むのが猟師の日々の楽しみであり、また自ら絵本も描いたりもしていた。決して上手くはないが素朴な絵と言葉をつづり、新しい絵本が完成すると左目が開かない小さな彼を肩に乗せて暖炉の前に座り、その絵本を読んで聞かせた。読み終えて本を閉じると、一呼吸おいてから肩に乗せた彼の羽角を優しく撫でるのであった。またある日には、猟師は彼を連れて近隣の集落の集会所へ生活の物資調達に行き、ついでに集まってきた子供たちに絵本を読み聞かせたりもしていた。

 そのこともあってか、彼はミミズクではあるが人間の子供と同じように言葉を理解し、次第に自ら話せるようになっていった。猟師は案外あっさりとその事実を受け入れたが、一方で世間の反応を気にかけて、自分以外の前では決して話さないように、と彼に教えたのであった。


 しかし、そんな生活も長くは続かない。

 独り身の猟師が病であっさりと亡くなり、彼は唯一の親族であった事業家である猟師の兄に、「フクロウは金運があがる」という安直な理由で引き取られた。猟師の言いつけ通りに、言葉が話せることを事業家には明かさぬままにひと月がたったころ、皮肉なことに、新規事業の失敗により事業家はあっと言う間に破産してしまう。

 破産した事業家は「このフクロウは疫病神だ」と憤慨し、普段から心よく思っていなかった知り合いに、彼を二束三文で売り渡した。その知り合いはペットビジネスを手がける人物であったため、いくつかの人の手を渡った結果、彼は神奈川のとあるフクロウカフェへと流れ着く事になる。

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