嵐の城塞

「友だちが増えてよかった……最近は減る一方だったから」

「ンー?」


 鎧を着込んだ店主の屋台をあとにし、獣とハチワレはホールにまで戻った。そして、ヨ―ギルの湧き出す泉を前に、二人して石のベンチに腰掛けている。


 そんなとき、ハチワレがポツリと先程の言葉をこぼしたのだ。

 彼の一言に、獣は疑問の声を上げる。


「ウーン?」

「あ、えっとね……いつもビュービューすっごい風が吹き荒れるお城があるんだ」

「お城には一杯モノがあるから、それを取りに行くんだけど」

「みんなそこに行くんだけど……誰も帰ってこないんだ」

「フゥ……」


 ハチワレの説明は、解るような、解らないような話だった。


 獣たちの生活は、この祭祀場にあるものだけでは立ち行かない。それはこの場を見てみればわかる。あるのは瓦礫と石ばかりだ。

 ゆえに、獣達はその城とやらに物資の調達、平たく言えば略奪に出かけたらしい。そして、決して帰らなかったという事だ。


「お城の王様に捕まっちゃったのかなぁ……?」

「ウーン……」


 獣は唸り、首肯する。

 悪いことをすれば、捕まえられるのは道理だ。しかし、ただの一人も帰らないというのは気にかかる。そう言っているようだった。


 獣はつぶらな瞳でにってm祭祀場のベンチのある広場を見回した。

 確かに閑散とした場所だ。しかし、よくよく見てみると、何者かが残した寝巻きや毛布。食器の類がチラホラとある。

 これは他の獣たちが残していったものに違いない。


 彼らはその「城」に行き、そしてそのまま帰ってこなかったのだろう。


 獣は刺股を握りしめると、すっくと立ち上がった。

 その黒い瞳には力強い意思が宿っていた。

 

「エッ!? 迎えに行くつもり!?」

「ウン!」


 ハチワレの言葉に、獣は力強く答えた。

 これは獣がただの思いつきでとった行動ではない。


 獣は心細かった。墓場で泥に塗れ、そして像と戦い、死ぬような思いをした。

 その先で獣は、漸く安堵する場所を見つけた。


 ハチワレと鎧さんは、獣に優しい言葉をくれた。

 この獣は、そんなハチワレが喜ぶ顔を見たかったのだ。


 きっと、優しくされた恩返しのつもりなのだろう。

 獣は刺股を握りしめると、ヨーギルの泉に足を向ける。

 ハチワレの言葉が確かなら、この泉を通して獣は別の場所に行けるはずだ。


「まって! 僕もいくよ!」

「ワ!」


 その背中にかけられた声に驚く獣。

 振り返った獣は、はにかんだように笑った。


「フフ……!」

「キミ、みんなの顔を知らないでしょ!」

「アー……ウン!」


 ハチワレの指摘に、気まずそうにする獣。

 彼は勢いに任せて、細かいところまで気が回っていなかった。


「みんなが帰ってきたら、きっとパーティ、しようね」

「アッ……ウン、フフ……!」


 ハチワレと獣は泉に手をかける。

 すると、その姿はまるで煙を吹き消すように立ち消えた。


 次の瞬間、彼らは先程まで居た祭祀場とは、まるで別の場所に居た。


 ――嵐の城塞――<ドゥ――ン………>


 ふたりが立っていた場所は、石のブロックで出来た壁の上だった。

 その壁の高さと言ったら、とんでもない。

 獣は勇気を出して、胸壁の間から壁の下を望むが、地面には霞がかかって、まるでその様子をうかがうことが出来ない。

 まるで城そのものが雲の上にあるようだ。


「ワァ……!」

「すごい!まるでお空にある城みたい! みんなここに来たのかなぁ?」


 ハチワレの言葉に、獣は首を傾げる


「アッ、僕はここに来たの……初めてなんだ」

「フーン」


 どうやら、ここに不案内なのは、獣もハチワレもそう変わらないらしい。

 であれば、どちらが先を言っても代わりはないと言うことだ。そう思ったのか、獣は刺股を握ると、城壁の上をずんずんと進みはじめた。


「うん、そうだね……いこう!」


 ハチワレも決心し、白く、矮小な獣の後に続く。

 彼も獣と同じく、刺股を得物としていた。


 二人は壁の上を進みながら、自分たちの位置を確かめる。

 一体ここはどこなのか、獣たちが囚われているのは何処か?


 比較的状態のよい見張り台を見つけた獣は、その上に立ち、あたりを眺める。


「ウーン?」

「すごいね……スゴイ高いよ! ここ!」


 興奮するハチワレをよそに、獣は黒い小さな粒のような目を細め、目を凝らす。

 すると、自分たちがどういった場所にいるのか、おぼろげに理解できた。


 どうも獣達は、嵐の吹き荒れる城の外も外に居るらしいことがわかった。

 嵐の城は高い壁に取り囲まれているのだが、その壁をさらに取り囲む外側の第二の壁がある。獣達はその上にいるらしい。


「ウーン……」

「僕たちは城の外れに居るのかぁ……遠いね」

「……ウン!」

「そうだね、頑張らないと!」


 獣の言葉にならない激を受け、ハチワレは奮起する。

 勢いに任せている様子だが、戦士の会話とはこういったものだ。


 ふたりの小さな獣達は、小さな足を動かし、壁の上を行く。

 すると、風を切る「ひょう」という奇妙な音が、獣の耳に入ってきた。


「……ウン?」


 疑問に思う間もなく、「それ」は向こうからやってきた。


 鈍く光る矢尻をもった、槍と見まごう太矢。

 それが石の床に破片を撒き散らしながら突き立った。


「ワワ!?」

「わ! なになに?! なんなの?!」


 石の床に突き立った人の身長ほどもある太矢。

 当然、人以下の身長である獣には、それは見上げるほどの太さになる。

 彼らはそれを見て震え上がり、次に理解する。

 自分たちは、狙撃されている、と。


「バリスタで撃たれてるって……コトォ?!」

「エッ……!」


 そのハチワレの言葉に答えるかのように、何本もの太矢が、白い糸をひくようにして、獣たちに飛んできた――

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