6
咽喉の奥まで競り上がってきた疑問を口にするより先に、笑い終えた彼がその細い目でまどかを見た。
「――そうですね、人の子。私と取引をしましょうか。あなたが被った呪いを解いてあげましょう」
「……は、え?」
「それですよ、それ」
彼がすっと手を伸ばしまどかの首元に触れた。うっすらと弧を描いた口元と、細められた目にまどかは今日何度目かの身震いをした。夕日の入り込む部屋の中で、へたり込んだまどかに覆いかぶさるようにかかる彼の影の下。細められた眼が怪しげに光る。今朝視た、あの金色の光がそこにある。
「その代わりあなたは、私の探し物の手伝いをすること。あと屋根のある場所も用意して下さると助かります」
「え! 急すぎでは!? でも、あの、さっきから何度も聞いてますけど、あなたは人、じゃ、無いんですよね?」
「おや、人でなければならない理由があるのですか? あなたは今しがた、その人でないものに呪いを貰い、人ではないものに助けてもらって手まで差し伸べてもらっているのですよ?」
ご名答、と言いたげに彼はまるで役者のような丁寧さでお辞儀をした。けれど上がった顔は醜いものでも見るように歪んでいてまるで、人か人でないかというだけで線引きする人間に対して、嫌悪しているようにも見えた。
直感的にまどかは背筋が寒くなりぶるりと震えた。どうして今日はこんなことばかり、と恨めしく思ってしまう。
「人間さまはどれだけ偉いのでしょうね。世界は自分たちのものだと思ってらっしゃる。そう云うところは嫌いですね、けど、そうではない方もいますから。それはそれで困りものですよね……」
突き刺すような空気が、ふっと緩む。
まどかは不思議に思いながらも怪しいと疑う眼差しを彼に向ける。そうして、今度は上から下までじっくりと眺めた。
髪型はおかっぱだし、服装は着物だし、話し方は丁寧だけれどどこか上からで少々言葉尻がきつい印象だ。そうして手には、自立して移動もお喋りもできる傘。
怖い、印象と人ではないという得体のしれないものへの恐怖は消えないが、今のところ彼は嘘をついていないように思う。
それに、そうでない方といった時のどこか懐かしむ様な優しげな表情は、絶対に嘘ではない。
「え、っと。じゃあ、あなたは、その探し物の手伝いと住む所、食べ物を用意すればこの痣を消してくれる、ってことでいい、ですか……?」
まどかはぐっと拳を握りしめながら、まっすぐに彼を見上げた。
軽々しく甘い言葉を信用してはいけないと言われ続けていたけれど、気持ちは藁にもすがる思いだし、この人は大丈夫だとまどかの勘がそう言っている。
彼がまどかの言葉とまっすぐ見つめる姿勢にぽかんと目を丸くした。けれどそれはほんの一瞬で、すぐに隠す様にうっすらと笑みを浮かべる。
「用意すれば、って――そうですね。それ“だけ”でその呪いをどうにかしましょう」
「えっと、言ってなんですけど、手伝いは休日にしてもらえると助かります。今年ならまだ大丈夫なんですけど、来年からは実習も入るみたいで、ちょっとばたばたしちゃう予定です。あと、住む所とご飯はうちに来てください。友人が来るって話で大家さんに話をしてみます」
まどかは伝えておかなければと思う事を想うままに並べて、彼に伝えた。手伝いを半端にするわけではない事、住む場所も食に関しても、まどかが出された条件に対して出来るだけ尽くせる事を、伝えた。
その真剣さに彼が表情を崩し、俯いた。まどかは一瞬驚き、不安を抱えながらも様子を窺った。
「人の子――あなたは頭が弱そうですね」
「え!? な、なんですとっ!?」
言うなり彼がトンッと軽い調子で足元を蹴る。まるで靴を履くときにつま先をトントンするようなその仕草。
ぶわっと部屋の中の空気が改めて入れ替えられたような新鮮な心地がした。
温く湿った空気が、重苦しかった空気が、一掃される。
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