Act.01 約定、執着、ユウガオ

 杜ノ守もりのかみ大学に着くとあちこちで学生の声が聞こえてくる。自転車を置き場に置いてなるべく急ぎ足でピアノの練習室へ向かう。


 この学校も、まどかの借りているマンションの地域より交通の便はよく、都会にあたる立地にありはするが校舎の北側は山に守られている。山があると都会とは思えない、というのは勝手な偏見であるがまどかにとっては見慣れているものでいて都会に来たという感じを薄める要素だった。

 この辺りの言い伝えだか伝説によるとこの山には昔神様か妖怪がいたという話がある。

 大学近辺の下調べを怠ったせいで、離れるべき事項の一番傍に身を置くことになってしまったまどかは初めこそ落胆しまくりの後悔しまくりで、合格辞退さえ考えてしまったが周りの諸々の事情もあって飲み込んだ。

 それに、妖怪や神様なんてものはこの世にちょっと振りかけるスパイスで、バラエティ番組のネタでしかない。居るという人がいて、居ないという人がいる。見たという人も見たことが無いという人だっている。まどかがどちらに属しているかなんて、話題にさえしなければたいていの人は気にしない。

 身の回りでおかしなことが起こるのは不注意の延長なのだと何度も言い聞かせた。

 その感覚を、あの、おかしなものと出会う感覚を、久々に思い出したのは先ほどの青い傘の人のせいだろう。

 まどかは重いため息をつきながら、自転車のカゴにいれていたリュックを背負い直して肩紐をギュッと握り、部室への道のりを早歩きで進む。

 練習を怠っている訳ではないけれど、日々自分だけが置いていかれているような焦りを感じて思いっきり練習しようと、今日はいつもより早く家を出たのだ。だというのに、来る途中で変なものを見てしまったせいで、普段とさほど変わらない時間になってしまった。

 一限の講義は取っていない関係で二限目の講義に間に合うようにとぼとぼ向かう途中。ふと窓の外に違和感があって立ち止まって目を凝らす。視力は良くてもピントが合いにくい時はある。

 何の変鉄もない風景の一部分だけがくにゃりとして歪んで見えて、その部分に目がいってしまった。目を擦ってもう一度開くとそのくにゃりとした部分は初めからなかったとでも言う様にいつもの姿を取り戻していた。

 なんだったんだろう? 思いながら首を捻っていると、何みてんの、と後ろから歩いてきた友晴が聞いて後ろから覗き込んできた。

 友晴こと一場友晴いちばともはるは、この大学に入ってからの友人だ。まどかと講義がかぶっていることが多く、挨拶を交わすだけだったがあれこれ話をして仲良くなった。背は高く、まどかはいつも見上げ気味ではあるが口調が砕けていて圧を感じない。勉強の分からないところも教えてくれるし分らなければ一緒に考えてくれる。頼もしい友人である。

 二限目からだとはいえ直前にくるとはなかなか余裕な態度である。おはよう、と挨拶して話に戻る。


「何かあった気がしたけど何もなかった」

「何があったんだよ、教えろよ~」


 しつこく聞かれる始末。友晴にはきっとみえないもん、とムッとして口にすれば話題を変えて噂話を教えてくれた。


「そういえば学生の間で、なんでも嫌がらせが流行ってるみたいだな」

「嫌がらせ?」

「そ。ロッカーとか、サークルの備品置き場に枯れ葉が山盛りになってる事があるんだって」

「枯れ葉……風で飛んできたとかじゃないの?」

「風でそうそう窓を開放しない室内のロッカーが開くか? まあ腐葉土っぽいのもあるみたいだけど、なんにせよ性質が悪いよな。別に、誰って固定で狙われてるわけでもないらしくて、犯人捜しが難航してるんだと」


 何のためにそんな事するんだろうな、と友晴は講義室へいってしまった。後姿が消えてからもう一度だけ窓の外に目をやる。

 どこから現れたのか微かに残っていたらしい、風景の歪んだ部分がゆらゆらとこちら側に近づいてきている気がしてまどかは慌てて顔を背けると、自分も講義室へと向かった。

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