第11話 プレゼント大作戦(前編)

 ゴールデンウィークも終わりまた学校が始まった。あれからと言うもの呼詠さんとはまだ口を聞いていない。どう接すればいいのかが分からなくなっていたのだ。

 

「どうしたんだい、北川さんとなんかあったの?」

 不安そうな顔で呼詠さんを見つめていた俺に、祐希は声をかけてくれた。


 ゴールデンウィークでの出来事を包み隠さず、すべて話して聞かせた。

「なるほど……」

「うん!それなら、もうすぐ呼詠ちゃんのお誕生日だから、なにかプレゼントとしてあげたらいいと思うよ」


 ふと見上げると、そこには祐希の彼女である桜井さんも一緒に、悩みを聞いてくれていた。

――いつからそこにいた?

 動揺する俺をよそに話がエスカレートしてゆく。


「放課後、私が呼詠ちゃんを呼び出してあげるよ」

「そうなると………あとはなにを贈るかだね!」

――おい、おぃ、俺はまだやるとは言ってないぞ!


「プレゼント選びなら私に任せて、一緒に買いに行こう」

 もうやること前提で話が進んでいる。こうなったら意地でもやるしかないなぁ。

 

「よろしく……お願いします」

――って俺!なにを緊張している。もっとリラックスしろ……


 次の日曜日、俺は桜井さんに連れられて、近くのコンビニに行った。もちろん祐希も同行していた。


 ここ廣河町は目立ったスーパーもない田舎町であった。店があると言えばあるのだが、物産店と個人商店くらいのものだ!


 まぁ、中学生が使えるお小遣いで買えるものならコンビニで十分間に合うだろう。

「なににするの……」

「そうだなぁ……」

 

 コンビニには、食料品が数多く品揃えされていたが、まさか桜井さんはお菓子をプレゼントしろと言うのか?

 

「おおぉッ!あのカップ麺の新製品が出てるよ。これ僕、買っちゃおうからなァ〜」

――どれどれ……おっ轟絶麺かぁ!これは、美味そうだ。俺もあとで買おう……

 

 それよりも先に呼詠さんへのプレゼントだ!おっ、これは〖ゴーストドライブ焔〗のウエハースではないか。こっちはフィギア!これは絶対に買いだろう……あっ!あっちには〖ゴーストドライブ焔〗の景品クジもあるぞ!

 

 これも捨てがたいが、なにが当たるのか分からない。予算の都合もあるから、博打打ちだけは避けたいところだ…………

 

「なに二人して見てるのよ?今日は呼詠ちゃんへのプレゼントを買いに来てるんでしょう?」

――なぜだ!なぜ、そんなグロテスクなものを見るような目で俺を見ている。そんな目で見ないでくれ、これでも真剣に選んでいるんだぞ!


 そんな俺を放って祐希は自分が欲しいものを、みつくろい買い物を楽しんでいた。

――この裏切り者めぇ…………

 

「こっちよ、早く来て……」

 そう言って連れて来られた場所は医薬品が並べてあるコーナーであった。


――なるほど……医薬品かぁ!ここでなにを買えと言うのだ!もしかして栄養ドリンクでも買えと言うのだろうか?


「これなんか、どうかなぁ……」

 桜井さんがチョイスしてくれた商品はリップクリームであった。

 

「唇の皮膚は乾きやすいのよ。うるおいを与えて乾燥も防いでくれるから一年中使える優れものよ!それに……」

 

 それはまるで化粧品販売店の店員のように、鮮やかな説明を永遠と聞かされてしまった。なるほど、お肌のお手入れ用品か?ヨシ、これにしよう。


 品物だけ買って、あとは桜井さんが用意してくれた、かわいい箱に詰めキレイな包装紙で仕上げてくれた。さすがは桜井さん、女子力が高い!

 

 誕生日当日の放課後になって、桜井さんが指定した講堂裏にある駐車場で待った。

 

 緊張のあまり心臓をバクバクと高鳴る中、必死に落ち着きを取り戻しながら、その時を待っていた。


 祐希と桜井さんは建物の影に隠れて様子を伺おうとしていた。

「北川さん来ないね。」

「もうすぐ沙苗ちゃんが連れてくるから、大丈夫だよ。それよりもちゃんと渡し方のレクチャーしてあげたの?」

 

 祐希はキョトンとした顔で、桜井さんを見ている。

「えっ、なんで?ただプレゼントを渡すだけだよ。レクチャーなんて必要ないよ」

 

 桜井さんは眉をひそめ、不安そうな顔で俺の方を見ると、ため息をひとつついた。

「あの子すこし不思議なところあるから……なにかやらかしそうで怖いのよ……この前もリップクリームが入ったパッケージを開けようとしていたじゃない。おかしなことしなければいいんだけどね……」

 

「確かにそれは言えてる……開封動画でも撮るつもりかと思ったよ。アハハハハ……」

 笑う祐希の背中をパンと叩いて、ジト目で見ていた。

「笑いごとじゃないわよ……」

 

 はぁ……とため息をつき、どんよりとした重い空気が二人を包んでいた。この後、起こる出来事が前途多難であることを知る由もなかった。



 そんな二人の不安な気持ちも知らずに、俺は呼詠さんが来るのを首を長くして待っていた。

 待つ時間というものは、とても長く感じるものだ!昨日あった最悪な出来事さえも蘇ってくる。というのも夕食を食べていた時のことなのだが……

 

 風花がまだ自分の部屋で宿題をやっていたので、母さんと二人で夕食を食べることになった。そのあと、明日のことを考えながら、のんびりとお茶を飲んでいた。

 

「陸!どうしたの……なんかいいことでもあったの?」

 前に座っていた母さんが頬杖をつきながら、ニヤけた顔をして俺を見ていた。

 

「どうして、そう思うんだよ……」

――明日のことで頭がいっぱいなんだよ。邪魔しないでくれよ……

 俺は目を反らすため、テレビをつけて眺めることで誤魔化そうとしていた。

 

「顔がニヤけてるわよ。学校でなんかあったの?」

「なにもねぇよ……」

 俺は話を濁そうとお茶をすすった。すると母さんは場がしらけたのか、話を変えてきた。

 

「あっ、そう……それじゃぁ、先輩のとこのお嬢さんどう思ってるの?」

「なんだよ急に……」

 その時、気づいてはいなかったが、顔が真っ赤になっていたようで、母さんはそれを見逃さなかった。

 

「この前さぁ、先輩の喫茶店に行ったじゃん。でねぇ、先輩がいうのよ『うちの娘と一緒にならないか』って言うのよ。これが……」

 

 ぶぶぅふぉー!それを聞いて飲んでいたお茶を全て噴き出してしまった。

 

「きったないわねぇ……あんたなにするのよ!」

 母さんは驚きながら、汚物でも見るかのような目で俺を見ていた。

――確かに吐き出したものは、汚物かもしれんが、俺まで汚物扱いの目で見ないでくれ……


 俺はお茶で水浸しとなったテーブルを、慌てて拭いた。

「一緒って、けっ結婚するってことかぁ?」

 この時点で俺はヤバいくらいに動揺している。

 

「まぁ……そうね。そうなるわねぇ……でも婿養子だけどね!」

 そういえば、呼詠さんは一人娘だったよなぁ……

嫁には出せないってことか!まぁ、そうなるわな。

 

 そこへ宿題を終えた風花が夕食を食べにやってきた。なにやら変な雑誌を抱えてやがる……

「お兄ちゃん!その話、しっかり乗って起きなさいよね。逃がしたら婚期終わっちゃうわよ!いや、これを逃したら一生結婚、出来ないからね!」

 

――おいおぃ、言ってくれるじゃねぇか!でもまぁ、よくよく考えてみればそうなるかもしれないなぁ!呼詠さんとなら一緒になら、なっても構わないし養子にだってなってやるぜ!

 

「この雑誌、貸してあげるから参考にするといいわ……」

 そう言って手渡されたのは〖エグシィー〗という結婚情報雑誌であった。

――おまえこんなの読んでるのか?末恐ろしい娘だ!

 

「これを読んで、結婚の衣装や日取りの勉強をしなさい。」

 

 チッチッチ……風花もまだまだねぇ!という顔をしているのは母さんであった。

 

「バカねあんた、まずはプロポーズからでしょうが!」

「なるほど……向こうにも選ぶ権利はあるものね」

 現実主義者の妹の言うことは、ずば抜けてリアルである。


 どの言葉も、全て俺の心に鋭い刃物のように突き刺さってゆく。おまえ達、俺をどこまでバカにすれば気が済むんだ……

 

 そうこうしている間に時は流れ、バスケの部活も終了して藤咲さんが呼詠さんを連れてやってきた。

「アハハハハ……それ最高!やるねぇ沙苗ちゃんも……」

 

 やけに楽しそうにやってくるなぁ!これは脈アリなのでは……


 呼詠さんは楽しそうに笑い涙までも見せていた。いったいどんな話をしていたのだろうか?


「それじゃぁ、あとは二人で楽しんで来なよ……」

 一瞬呼詠さんの動きが止まった。

 

「えっ……なに?」

「なにって、五條君が話あるって、さっき言ったじゃん!もう忘れちゃった?」

 怪訝そうな顔で呼詠さんを見る藤咲さんだったが、大丈夫だから、早く行っておいで……っと軽く背中を押してあげていた。


「あっ……そう……だったね。うん行ってくるね」

 緊張しているのかどことなく硬い表情でこちらにやってくる。そして、俺の前までくるとうつむいてしまった。


 とりあえず、浜辺でのこと謝らなくっちゃ……

「この前の海でこと……あれ、ごめんね」

「ううん、こっちこそ、いきなり変なこと言ってごめんなさい。」


――あっ、なんかいい感じになってきた。このまま流れに乗れば、上手く渡せるんじゃねぇ?

 

…………アレ?次が出て来ない。えっとこれどうやって渡せるばいいんだ?

 

 ヤバい頭が真っ白になってきた。なにも思い浮かばない。どうしよう、どうしよう……

 

 沈黙の空間の中、時間だけが刻一刻と過ぎてゆく。うつむく二人を沈む夕日が赤く照らしていた…………




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