第10話 思い出の渚

 俺は今!アオハル真っ最中である。青い空、白い砂浜そこへと繋がる道を呼詠さんと二人っきりで歩いている。


 ん?呼詠さんと二人っきり?これって、もしかしてデっデートなのでは……俺は生まれて初めての海岸デートを行っている……夢か幻なのか?

 

 まずい心臓がドキドキしてきた。この鼓動、呼詠さんにも聴こえているのではないだろうか?

 収まれ心臓よ。鼓動よ止まれ……って、おぃ!それじゃ、俺が死んでしまうだろうが……

 

「なに、どうしたの?気分でも悪いの……」

「大丈夫だよ」

「そう……それならよかった」

 呼詠さんから話かけてくれた。なんて罪深き俺、なんて幸せ者な俺なのだろうか。こんな幸せがあってもいいのだろうか?いや、いいんです。


 そんな呼詠さんから母さん達が過ごした中学時代の話を聞かせてくれた。

 

「うちのお母さん中学時代、バスケ部のエースだったの三年生の時にはキャプテンもやっていたみたいよ。そのチームが県大会で三年連続優勝したの……だから練習メニューもかなりハードだったみたい。誰一人として母さんが作った練習メニューについて来れなかったらしいわ」

 

「へぇーそうなんだ。すごい人だったんだね」

ーーだから母さんもあんなに怯えて腰が低かったわけなんだね……あんな母さん関東じゃ、絶対に見られなかったぜ、こりゃぁおもしれぇやぁ!


 南国の気候からか?温暖化の影響かは、よく分からないが今日の気温は二十三度、北陸生まれの俺にとってはかなり暑く感じられる。アイスクリームも溶け始めた。

 

「今日は暑いわね、向こうに日陰があるから、そこへ行きましょう」

「わかった」

 西廣海岸までやってきた。ゴールデンウィークと言うこともあり、家族連れの観光客が、ちらほらと遊びに来ている。子供達は浜辺で、波とたわむれてキャッキャ、キャッキャと喜んでいる。俺たちは木陰の近くにある堤防に座り、海を眺めながらソフトクリームを食べた。

 

「俺達が初めて出会ったのも、ここだったね」

 俺と呼詠さんは、この砂浜で初めて出会った。コスプレに近い格好で、引かれいたことに気づいたのは妹の風花に指摘されたからだ。

 

「………………そうね。ごめなさい。あまり覚えていないの……」

 なぜか、そういう呼詠さんの表情は暗かった。気まずい、俺はまたミスったのかぁ?

 

 それは覚えていないのではなくて、あのコスプレ事件は消し去りたい過去の記憶なのか…………

 俺はなんてことをしてしまったのだ!悔やんでも悔やみきれない…………


 そんな俺に仕返しをしようと思ったのかどうかは分からないが、呼詠さんが俺の顔をジロジロと眺めている。

 

「あっ……」

 呼詠さんの指が俺の頬へと向かってくる。緊張する俺には無関心なのか、そっと頬に優しく触れる。

 

「クリームついてたよ」

 指には俺が食べ損ねたソフトクリームがついていた。そのクリームをどうするのか、気になって仕方がなかった。


 自分の口へと白いクリームを運び、指と舌を使って美味しそうに舐めている。目線は逸らさず、俺に向けられたままジッと見つめている。どうゆう表情をするのかを試されている気分だ。

 

「うちのは特別製だから、残さず食べてね」 

 そのうっとりとした目線と舌の使い方は中学生とは思えないほど、女性らしく色っぽかった。そんな呼詠さんから目を離せなかった。

 

 俺はゴクりと生唾を飲んで呼詠さんの仕草を眺めている。それはもうすごく鮮明でリアルな映画をスローモーションで再生されているかのようだった。

 

「かわいい……おいしかったよ、ご馳走さま」

――おい、おぃ!かわいいってなんだ?おいしかったって、どうゆう意味だ!


 ソフトクリームのことか?それとも真っ赤な顔で呼詠さんを見ていた俺の顔のことか?

 頭の中が、ごちゃごちゃと溶け出して、よく分からない。すごく恥ずかしいんですけど……まるでこの前見た、夢の続きのようだ。


「………………」

 俺はなにもいえず、黙ってソフトクリームを食べていた。やはり呼詠さんの仕草を意識し過ぎたせいなのか、ソフトクリームの味はあまり覚えていない。ただ感覚的には甘酸っぱかったように感じていた。


 その沈黙を子供達のたわむれる騒ぎ声と、さざなみの音がかき消してゆく。浜風に、ほんのり甘い香りを乗せて届けてくれた。

「なんかいい匂いがするね」


 その言葉にハッとした顔で、浜風になびく横髪を耳の後ろにかき上げ、そして俺を見つめ……あっ、あれね!というような表情でやさしく微笑んだ。

 

「あぁ……みかんの香りね」

「みかん?」

 そういわれてみれば、柑橘系の甘い香りのような気がする。うるわしく芳醇な香り、まさに呼詠さんのためにあると言ってもいいんじゃないだろうか?

 

「ここはみかんの産地だから、この時期になると小さくて白い花が咲くの、その花の香りを風が運んで来るのよ。ステキでしょう」 

――ステキなのは小さくて白い肌の呼詠さんだよ!


 水平線を眺める、その横顔に俺の目は釘付けとなっていた。

 

「母さんの実家もみかん作ってるけど、俺は転校してきたばかりだから、あまりよく知らないんだ」

「千葉からだったかなぁ?」

「そう……でも、生まれたのは三陸地方の宮城県なんだ。九歳の時に東日本大震災にあって、避難所生活をしていたんだけど、父さんの実家が千葉にあって、こっちに来ないかって誘いが来たんだ」


 震災の話をしてからだろうか、呼詠さんの顔が曇り始めたのに気づいた。まぁ、辛い過去の話をしているのだから当然といえば、当然のことなのだが……その時はまだそう思っていた。


「それで千葉に……」

「そう」

 

 急に呼詠さんは立ち上がり、大きく背伸びをした。暖かな浜風が彼女を優しく包み込んでゆく!それは彼女を慰めているかのように見えた。

 

「でも、無事でよかったやん……」 

 振り返り笑顔を見せる呼詠さんを、俺は見ることが出来なかった…………

 

「そうでもないよ。俺の父さん、津波に飲まれて死んでしまったんだ」

 いや……違う、俺は自分の悲しげな顔を呼詠さんに見せたくなかったのかもしれない。

 

「えっ……」

 呼詠さんは気まずい空気を感じ取り、うつむき黙り込んでしまった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 呼詠さんは震える身体を抑えるために、自らを抱きしめるようにして、その場にたたずんでいる。


 この五月晴れの澄み切った青空には似つかわしくない情景であった。

「大丈夫?」と声をかけて見たが返事がない。


 俺は呼詠さんに近寄り、震える彼女を前にしてどうすればいいか、分からなくなっていた。

 すると彼女は俺の胸の中へと吸い込まれるかのように寄り添ってくる。俺はそんな彼女を、ぷるぷると震える腕で抱きしめようとした。


 彼女は俺の父さんのために大粒の涙をひとつこぼしてくれた。そして不意に俺の胸の中にいた呼詠さんが泣き顔のまま見上げ驚いた顔へと変わる。

 

「えっ……なんで?」

「えっ……なんでってなに?」

 呼詠さんは、なにが起きているのか分からない様子で戸惑っていた。俺も目を点にして戸惑いながら、その反応の理由を聞き返していたくらいであった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」

と叫ばれたのち、呼詠さんのビンタがバシッと俺の頬に命中、赤く腫れ上がった頬にはくっきりと手形が浮かび上がっていた。

 

「あなたは、ここでなにをやっているの?わたし達そういう関係じゃないですよね。こんなこと辞めてください……最低です。不潔です……」

 そういうと呼詠さんは走り去ってしまった。

 

――いったいなにがどうなってるんだよ。これじゃあ、この前、見たあの夢と同じじゃないか………

 

 俺は叩かれた頬に手をやり、その場に座り込んで今までの出来事を振り返り、なにが悪かったのか考え始めた。

 

 するとまた大きな影が俺の上に覆いかぶさってくる。なんだ?と見上げてみた。

 

「五條!貴様ァ……」

 するとそこには福田先輩が逆鱗モード激震中という感じで、仁王立ちしている。


 どうやら店の客もある程度落ち着いたみたいで、暇になった隙に逃げ出して来たのであった。

 

「先輩その顔どうしたんですか?」

 福田先輩の顔にも無数の引っ掻き傷ができている。誰にやられたんだろうか?


「そんなことはどうでもいい……なぜ呼詠を泣かせたんだ貴様はァ……」

「いや!それは俺の身の上話をした際に、父さんが震災で亡くなったと言ったからで…………」 

――いや違う、違わないけど、そこじゃない。

 

「なにをつべこべと抜かしてやがるんだ貴様はァ……おまえの性根を叩き直してやる」


 福田先輩は浜辺に落ちていた棒切れを、手に取り殴りかかってきた。

――いやちょっと待て……俺はなにも持っていないんだぞ!

 

 それでも問答無用と襲いかかってくる。その後、俺は日が暮れるまで福田先輩の厳しい訓練をいやというほど味わっていた。


 その頃『喫 茶 花 梨』では、テーブルの上には珈琲とクリームソーダが置かれ、サンセットビーチを見ながら母親達の女子会が行われていた。

 

「先輩、どうして陸に会いたかったんですか?」

 幸恵はその珈琲に入れられた砂糖を、スプーンでぐるぐるとかき混ぜながら尋ねた。

 

「近ごろ呼詠がね、陸君の話を楽しそうにしてくるのよ……あの智君が決闘を挑んで負けちゃったらしいじゃない、だからどんな子が勝ったのか気になっちゃったのよ」

 呼詠母さんはとてもご機嫌そうにクリームソーダをかき混ぜて飲でいた。

 

 「陸君は、とってもいい子ね。私気に入っちゃったわ。うちの婿に欲しいくらいだわぁ……」

「呼詠ちゃんと一緒にすると言うことですか?」

 うちの母さんも満更でもない様子で美和母さんを見ている。おいおぃ、これって許嫁って話なのか?


「ダメ……?大切にするわよ……」

「うーん、福田くんみたいに引っ掻いちゃダメですよ……」

 美和母さんは苦い笑をこぼして、クリームソーダを飲み干した。

 

「反省してます……」

 反省したように、うつむいてソーダのグラスに残された氷をストローでかき混ぜていた。

 

 氷は、カランカランと音を立ててグラスの中で回っていた。この時から俺と呼詠さんの運命の歯車も知らないうちに回されていた。

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