第4話 安曇野・松本旅④
結局ホテルには予定より二時間遅れて到着した。(なお、事前に遅れる旨連絡済みである)
***
旅二日目はほんの少しの寒さで目が覚めた。
春先とはいえ、早朝はだいぶ冷える。私が住む横浜の気候とはまた違った、山間部の澄んだ冷たい空気が頬を冷やしていった。
今日はオレンジさんに乗って松本観光をする予定だ。天気は晴れ。雲一つない、すがすがしいほどの晴れ。これ以上ない、最高の自転車日和である。
私は松本駅前でオレンジさんを組み立て――例によって、組み立てている様を通りがかりのタクシーの運転手にまじまじと見られることとなった――、輪行袋をサドルに引っ掛けた。
心なしか、オレンジさんも嬉しそうだ。
さあ行くぞとペダルを強く踏むと、軽快に足が回—―ると思ったら想像と違った。
というのも、これについては若干の解説が必要である。
キャリーミーをはじめとする極小径車は、そのタイヤの小ささから体に受ける衝撃が大きい。ちょっとした溝なんかにもつまずいて落車することがあるので、じゅうぶんに気を付ける必要がある。
長野県松本市、城下町というだけあって、松本城までの道のりは美しい石畳が敷かれている。
さて、そんな自転車が石畳を走るとどうなるだろうか?
正解は、
「うおおおおおおおおおおおおおお」
脳天が揺さぶられるほど小刻みな衝撃が全身を襲う、だ。
工事現場のドリルよろしくガタガタ奥歯を揺らし、ようやくたどり着いたその場所は、これぞ松本市。松本城である。
入口に駐輪場があるのでオレンジさんを駐輪し、ここからは徒歩での攻略となる。
松本城はかつて一人旅をした際にも訪れた場所だ。調子に乗って城の中に入ったら、城を出るころには足がガッタガタになるくらい乳酸がたまりまくったという非常に恐ろしい場所でもある。今回はオレンジさんに乗れなくなると困るので、城の中までは入らないことにする。
すでに横浜の桜は散っていたが、松本の桜はまだまだ見ごろである。
ついつい嬉しくなってしまい、松本城と桜の組み合わせを撮ろうとカメラのシャッターを切りまくると、ほかの来訪者もまた思い思いに桜とのツーショットを楽しんでいるようだった。
オレンジさんを待たせているので、そそくさと駐輪場に戻り、お堀の周りをぐるりと一周する。次の目的地は旧開智学校だ。
が。
「……!?」
オレンジさんが絶句していた。
旧開智学校、2023年現在、建物の老朽化に伴い絶賛工事中であった。
「もってるねぇ」
私は門の隙間から建屋を眺めながらシャッターを切る。これはむしろレアな体験かもしれないと思うのだった。
きっと、たぶん、オレンジさんは見たことのない景色に期待していたのだ。ちょっとごめん、と思いながら私はUターン。元来た道を戻り始める。
もしこれが歩きでの旅だったら。
私は思う。
きっとひどくがっかりして、疲れて、動きたくなくなるだろう。そういう意味では、オレンジさんが一緒にいてくれて助かった。オレンジさんがいるから、こういう失敗も「まあいいか」で許せてしまう。気持ちをほんの少し和らげてくれる、それがキャリーミーのいいところなんかもしれない。
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