第9話 変態侍女は見た!



 わたくしは第一王子レナード様の侍女のひとり、ソフィアと申します。

 本来は王妃であるエレノア様付きの侍女だったのですが、スケベな国王様がしつこく粉をかけてくるので配置換えになったのですわ。


 ですので、たまに王妃様に呼ばれてお世話をさせていただくこともございます。


「あなたのところの第二王子が、高位貴族の令嬢に次々と声をかけていると聞いています」


 エレノア様は第二王子の母親であるアイヴィー様に対して、控えめな表現で苦言を呈されました。

 王族に嫁ぐにふさわしい家格、年齢の令嬢は限られています。それを第二王子アシェル様は片っ端から口説いている……と言いますか、たらし込んでいるのです。

 これではレナード様に見合う令嬢がいなくなってしまいますので、エレノア様は大変困っておいででした。


 アシェル様は同じ日に三~四人と会っていたこともあるそうですから、全員本命というわけではないでしょう。中には彼の言うことを信じて婚約破棄した令嬢までいる、ということですが……。


「まあ~王妃様ごめんなさいねぇ~。あの子なぜかすごくモテるんですよ~。注意しても、あっちから寄ってくるんだ、僕のほうが困ってるんだ、なんて言って話にならなくって~」


 エレノア様の苦言に対して、アイヴィー様はテヘっと笑って謝罪にならない謝罪をしました。

 煽っているのではなく、これが彼女特有の口調なのです。今は第二妃としての体裁を繕うために実家が男爵家になっていますが、愛妾だった頃は大商人の娘でした。

 つまり大金持ちではあっても所詮は平民、口調が令嬢らしくないのは仕方がありません。


 これでよく国王陛下のお心を得られたものだ、と思う人もいるでしょう。ところがアイヴィー様はお育ちなどどうでもよくなるレベルの美貌を持っているのです。

 ほんのりと異国の香りを漂わせる黒髪と彫りの深い顔立ち。国王様は彼女を一目見ただけで虜になりました。

 その優れた容姿を受け継いであのモンスターが生まれてしまったのです。


「レナード様がうちの子に負けないくらい魅力的な男になればいいんですよぉ~。筋肉とかで?」


 あ、今のアイヴィー様の発言は煽りですわ。

 よろしくございませんわ。

 王妃様はテーブルの上に手を置いて二度ほどトントンと鳴らされました。退出させよという合図です。

 わたくしはアイヴィー様の近くでお辞儀をしました。


「アイヴィー様、王妃様には次のご予定がございますので――」




 レナード様には浮いた噂ひとつございませんでした。

 いつもむすっとした顔をされていますが不細工ではありませんし、背も高いですし、それに何より王子様ですから、女の子がキャーキャー追いかけてきてもおかしくないはずです。なぜなのでしょう?


「どのような女性が好ましいですか」


 小細工なしの直球で聞いたわたくしに、レナード様はにべもない返事をくださいました。


「特にない」


 自分の人生のパートナーを探そうという侍女に対してこの言い草、この方とは分かり合える気がしない、とわたくしは自分の部屋に帰ってしばし悪態をついたものです。


 王子には婚約者が絶対に必要なのです。

 好みの女性のタイプが特にないのは、レナード様が女性と出会う機会があまりなかったからでしょう。仕方のないことです。

 ですから、もしレナード様のお気持ちが動くような出会いがあったならば……とわたくしは考えたのでございます。


 そこで年頃の貴族の娘を集めたパーティで、レナード様の反応を見ることになりました。ある意味下世話な試みではありますけれど、そうせざるを得なかったのです。



 #########



 運命というのはこういうものかと。

 あの日のことを思い出すたびに、わたくしはそう思ってしまいます。


 王妃様も出席されてのガーデンパーティですから、ご機嫌伺いにたくさんの令嬢が列を作りました。王妃様がご機嫌伺いを禁止されますと、潮が引くようにいなくなりましたが、それでもまだ王妃様の周りをうろうろする方もいらっしゃいました。


 その様子を遠くの東屋あずまやから見ている女性がいることに気が付いたのは、私が先かレナード様が先かはわかりません。


 風になびく赤い髪はの光を受けて燃え上がるように輝き、黄色の瞳には為政者の光がありました。不思議な圧力というのでしょうか。あれは王妃様にも……失礼ながら国王様にもないものでした。


 ゆったりと足を組んで少し首を傾げたその姿は――まるで昔の絵画にある女帝のようでした。


 わたくしは雷に打たれたと思いました。

 レナード様も同じだったのでしょう。

 振り返ったレナード様の目は「あの女性だ」と言っていました。わたくしは無言でうなずいて、彼女が何者なのかを調べ始めたのです。

 あの時、ようやくわたくしはレナード様と分かり合えたような気がいたしました。




『虫けらを見るような目をしていただきたいのです』


 わたくしははやる気持ちを抑えつつ、ローズ様にお願いしました。

 訓練場でのレナード様に対する迫力ある眼光も素敵でしたが、やはり最初に拝見した時のあの衝撃をまた味わいたいという欲求に負けたのです。


 ほんの少しだけ眉をひそめたローズ様がこちらを向いた時、わたくしの胸は何かに貫かれたのを感じました。


 あの瞳には人を従わせる魔法がかかっているのではと疑うくらい、わたくしは彼女に何か命令をしてほしいような気持ちになってしまいました。


 そう……ちょっと理不尽なくらいの、憎めないような、あらがいがたい、そんな命令が欲しい。

 自分でもそんなことを思うのは少しおかしいとは思いましたが、胸のうちから湧き上がるこのゾクゾクした感覚に勝てるものはありませんでした。

 ローズ様が決してそんなことをおっしゃらないのは、わかっているのですが……。


 ですので、ローズ様から側にいるよう言われたレナード様に密かに嫉妬したことは、わたくしだけの秘密なのでございます。




 ちなみにアシェル様に刺された護衛の者は軽傷でした。短剣の刃に麻痺毒が仕込まれていたようです。

 アシェル様が暗殺者のような技術を身に付けていたのは、成人と同時に臣下となる自分の運命に納得できなかったからかもしれませんね。


 そうそう、レナード様にぶっ飛ばされたアシェル様はお顔に傷がついてしまったようですわ。

 今後は離宮に幽閉されるそうですので、もう彼と顔をあわせることはないでしょうけど。

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