第5話 自分勝手なやつしかいない!
「ローズ様、今度はこちらですわ」
「はい」
ソフィアさんが王室御用達の職人さんと一緒に作業をしている。今日は新しいドレスの仕上げらしい。
前に作ってもらったからもう必要ない、と言ったら「すでに縫製は終わっていて、あとは細かいところを調整するだけ」だそうで、今やめたら却って費用が無駄になるとのことだった。
そう言われると私には何も言うことができないので、ソフィアさんの指示に従って何着ものドレスを着たり脱いだりすることになってしまった。
「ああ……イメージではこれなのですが。しかし何かが……うーん……」
ソフィアさんが珍しく独り言を言っている……と思ったら、彼女は何かを思いついたように顔を上げた。
「ローズ様、ちょっとこう、虫けらを見るような目をしていただきたいのです」
「ええっ?」
この人はまた突然何を言い出すのよ。
む、虫けらって、そんな、どうすれば……。
不愉快な時の感覚を思い出して、私は少し眉を寄せてみた。
「どうでしょうか」
「そうですね……そのまま少し顎を上げていただけますか?」
ソフィアさんの目はいつになく真剣だった。
……私は何をさせられているのかしら。
「こ、こうですか」
「…………」
あれ、ソフィアさんの反応がない。
視線を横へ動かすと、壁に片手をついて胸元をもう片方の手で押さえているソフィアさんがいた。
「ソフィアさん!?」
「……何でもありませんわ」
彼女はそう言って苦しそうに笑った。もしかしてどこか悪いのだろうか。
私は胸騒ぎがした。
あまりソフィアさんに迷惑をかけないようにしなくては……。
無心で着せ替え人形を続けていると、脳裏に昨夜のサラの声が蘇ってくる。
『お姉様は、ずるいわ! アンドリュー様を返して!』
あれはどういう意味だったのかしら。
どうしてアンドリューはレナード殿下に殴られたのだろう。彼は要領が良くて、何でもスマートなことを好んでいた。長いものには巻かれるタイプだ。
レナード殿下にわざわざ不敬なことを言うとは思えない。
ということは、レナード殿下のほうから因縁をつけた可能性がある。
私がレナード殿下に疎まれているから?
元婚約者であるアンドリューも殴られた?
……バカバカしい、子供のケンカじゃあるまいし。ただ単に虫の居所が悪かったとか、そのあたりに決まっているわ。
私は無意識に何度もため息をついていた。
「まあ、ずいぶんお疲れのようですわ。休憩いたしましょう」
ソフィアさんが心配そうに言ってくれて――その時、私はひらめいたのだ。
彼女なら何か知っているのではないかと。
レナード殿下と貴族との間にトラブルがあったのなら、お付きの侍女が知っていてもおかしくはない。
「ソフィアさん、レナード殿下が、アンドリュー・ヘイグ様を殴っ――」
――た、という話を聞いていますか、と続けることはできなかった。
ソフィアさんがサッと顔をこわばらせて、私の口をそっと手で塞いだから。
「言ってはいけません」
ソフィアさんの声が無機質に硬く響く。
首筋がヒヤリとして冷や汗が流れていくのが、自分でもわかった。
「特に、ヘイグ伯爵の次男の名を口にしてはいけませんわ」
なぜですか、などと聞けるはずもなく。
ソフィアさんの背後から立ち昇る暗いオーラが恐ろしくて、私は黙ってうなずくことしかできなかった。
#########
「アシェル様……」
「グレイス……」
木陰で抱き合う一組の男女に気付いた私は、慌てて近くの茂みに身を隠す。
気分転換で中庭に出たら、こんなところに遭遇してしまうとは!
グレイスって、あの公爵令嬢のグレイス様のことかしら。木陰からチラチラ出ているドレスがすごく豪華だし。
じゃあ『アシェル様』って……。
そういえばレナード殿下には母親違いの兄弟がいる。第二王子のアシェル殿下だ。
アシェル殿下のお母様は商家の出身で、第二妃になるまでは愛妾のひとりだった。だからアシェル殿下はいずれ臣下となることがすでに決まっているという。
初めて見たけれど、遠くからでもわかる。かなりのイケメンだわ。黒髪にアイスブルーの瞳、女性と
レナード殿下との共通点は瞳の色だけだ。
「ああ……婚約者候補なんて、早く降りてしまいたいわ。わたくしはあなたと結ばれたいのに」
「ダメだよ、レナードは残り物が大嫌いだからね。君が辞退したらへそを曲げてしまうかもしれない」
――何ですってぇー!?
もしかしてグレイス様は、レナード殿下を私に押し付けるつもりなの!?
そりゃ、あんな乱暴者よりそっちのイケメンのほうがいいでしょうよ。男臭いとか汗臭いとか胸毛とかの対極にあるような見た目だものね。
……私、どうしたらいいんだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます