〜ある男の話〜

???

「ここは……、どこなのだろうか。私は一体……」


 戦争で焦土と化した大地の中で、男が一人膝をつき、つぶやいていた。


 家族、友人、恋人。


 男は人間であること以外、何も覚えて居なかった。


「たしか私は……、うっっ!」

 思い出そうとするが、強烈な頭の痛みが邪魔をする。


 (心が知りたくないと叫んでいるのだろう)

 そう悟った男は、思い出すことをやめた。


「……。行こう」



 少し逡巡した後、男は歩き出す。


 他の人間がいないか。

 辺りを見回しながら、ただまっすぐに続く地平線を歩いていった。








 少し歩くと、男の前にうっそうとした木々が生えている森が現れた。


 突然現れた光景に驚き一瞬足を止めたが、何もない風景に少し飽きていた男は、森の中へと歩みを進めていった。


「こんな場所が……!今まで何もなかったのに」


 森の奥深くへと歩みを進めていくと、男はある異変に気付いて茂みに隠れた。

 (なんだ……?何か騒がしい音が聞こえる……)

 耳を澄ますと、人が喋っているようなものだった。


「えへへっ!それでね__」「へぇ!そうなんだぁ!」「知らなかったー!」


 さらに耳を澄ますと、会話しているのは三つの異なる声色であることに男は気づく。

(3人でしゃべっている……、ここに来るまで人には出会っていないのだが……。なぜこんなところに?)


 男はそう思いながら、その3人の話をさらに聞こうとしたその時、


「ねえねえ!人がいるよ!こっち来てー!」


 3人のうちの1人が男を見つけ、他の2人に知らせるように大声を出されてしまう。

(まずい!)


 焦って逃げようとしたが、なぜかその場から動くことができなかった。


「な、なぜ動かないんだ!」


 男が動揺している間に、3人の少女は男に近づいてくる。


「ねぇねぇ、なんで人がいるの?」「どーしてだろー?」「知らなーい」


 少女たちは、男の姿を見てなにやら話をしている。


「いったい何の話を……!!!」


 先ほどまで気が動転して気づかなかったが、3人には

 そのことに気づき、男は目を丸くする。


「人間、じゃない……?」


 そんな男の驚きを知ってか知らずか、翼が生えた3人は男に話しかけてきた。


「あなた、人間?どーしてここにいるの?」


 最初に男を見つけた、金色の長髪の少女らしき人物が問いかける。


 男はどう答えるか迷ったが、なんとなくここで言わないといけないと感じ、今までの状況をすべて伝えた。


「どーして、か。分からないんだ。何もかも。自分がどんな名前でどんな人だったのか。

 しかしどうしても思い出せないから、せめて他の人間を、と探して歩いていたらここに……」

「ふーん。でも人間はだよ?」

「いない……?なぜなんだ?」



 人間がいない。

 そんな状況が存在するのかと疑問に感じた男は、思わず反問するように質問を返した。




 しかし、少女の回答は、男を驚愕させることになる。


「うーんとね。。お母さんに刃向かったからね!

 あれ?それならどうして人間のあなたがいるんだろう?」



 滅ぼされた。

 それはすなわち、自分以外の人間がいなくなったということ。

 その事実に、男は開いた口がふさがらなかった。


「そ、そんな……。これから私はどうすれば」


 男は路頭に迷った。

 これから生きていこうにも、必ず人の助けが必要になる場面が出てくるはず。


 しかし自分以外に人間がいないとなれば話が変わる。


(これからどうすれば良い……。

 なにか、なにか無いのか……!)


 必死になって考える。

 そんなとき、3人の少女の内の1人、肩口ほどに髪を切り揃えた灰色の少女らしき人物が提案してきた。


「ほかの人間が欲しいの?蘇らせることができるよ?」

「本当か?!ど、どうすれば良いんだ?!」


 その少女の提案を、男は二つ返事で首を縦に振る。


「うーん。そうだなー。まずは私たちがあなたの記憶を見ても良い?」

「私の記憶を……?ど、どうやって?」


 記憶を見る。数少ない自分の記憶を辿っても、記憶は自分にしか分かりえないもののはずだが、少女らしき人物は当たり前にように答える。


「簡単だよ。あなたの心の中を目で見るの。

 この目は心を見通すの」


 そう言った彼女の右目は赤く光っていた。


「目で心を見通す……。すごい」



(羽が生えている時点で分かっていたが、やはり人間では無いな……。

 私のような何も持ってない、一人では何もできない者とは大違いだ)


 彼女らの人間離れした力を見るたびに、自身の弱さを痛感する。


 男がそう考えている間、短髪の少女は男をジーッと眺めていた。


「じゃ、見ていくよーっと。ふむふむ……。

 へぇー。あなたが」


「ねぇねぇ」

「ど、どうしたんだ」


 男の心の中を覗き終わったのか、短髪の少女は男に話しかけた。


「あなたの記憶、覗き終わった。

 この記憶から蘇らせても良いけど、それ相応の代償を伴うよ」



 真剣な顔で忠告をする、先ほどまでの雰囲気とは全く違う様子に、男は息をのみ考えた。


(相応の代償、か。

 私は今、空っぽな人間だ。記憶もない。今を一人で生きたとしても、待っているのは孤独な死のみ。そんな惨めな思いをするくらいなら、代償などいくらでも払おうではないか!)


「分かった。その代償を払おう」


 男は覚悟を決めた。

 その様子を見た三人は、もとの柔らかな顔に戻ると、黒髪で短髪の少女らしき人物は告げた。


「分かった。じゃあ今からあなたの記憶から、あなたの記憶にあった場所や人を蘇らせる。これを使うと私たちは元居た場所に戻っちゃうから。その後は自分で頑張って」

「分かった」


 そういい終わった後、3人はそれぞれの手をつないで輪を作り、なにかを唱え始める。


『輪廻の輪に囚われし地獄の魂たちよ。現世の楔を用いて今此処に帰らん』


 そう唱え終わると、辺り一帯が純白の光に包まれる。


「!!っ」

 男はそのまぶしさに思わず目をつぶった。





「な、何が起こったんだ……。!!!」


 目を開けると、そこには小さな家が建っていた。

 辺りを見回せば畑が広がるのどかな場所で、少し離れた場所には家の明かりも見えている。


 先ほどまでとの違いに、上手くこの状況を飲み込めないでいると、


「あら、あなた帰って来てたんですか?」


 目の前の小さな家の扉が開き、1人の女性が男に駆け寄ってきた。


「き、君は……。誰だっけ?」


 必死に記憶を辿ろうとするが、やはり思い出せない。

 その様子をからかっていると思った女性は、むーと頬を膨らませながらこう言った。


「もう!なに言ってるんですか!あなたの妻のーーーですよ!」


「え??いま、なんて……?」

「だーかーら、ーーーですって!」



 女性の名前が聞こえなかった。

 聞き逃したかと思いもう一度聞き返したが、名前だけが確かに聞こえない。


 とりあえずこの状況を何とかしないと、と感じた男は、気を取り直して女性に話しかけた。


「ご、ごめん。悪かった。さ、早く家に行こう」

「もう!そうですね。私たちの子供も待ってますしね!」


 2人は家に入っていく。



 家に入ると、そこには3人の子供がベッドですやすやと寝ていた。


「可愛いですよねぇ。私たちの子ども♪」

「こ、これが私の子供……。やはり思い出せない」


 妻と名乗る女性に悟られぬよう、小声でつぶやく。

 すると、子供たちが一斉に男の方をじーーっと見ていた。


(な、なんだその目は……)


 そこはかとない恐怖感を覚えた男は、つい目をそらすが、今度は何者かの声が頭に響いてきた。


「ねぇ。名前を知りたいかい?知りたかったら、次に起こる戦に勝つんだ」


(?!?!お前は誰なんだ?戦が起こるなんて何故わかる!?)


 突然響いてきた声に、男は戸惑いながらも会話を続ける。

 それとは対照的に、声は飄々としていた。


「分かるとも。なぜなら僕は___」


 しかし、その声は途中で止まってしまう。


「おっと、早いけど時間みたいだ。ともかく、あと5日後には戦争が起こる。そこで武勲を立てて領地を作るといい」


 そう告げると、その声は一切聞こえなくなった。

(おい!おい!……。なんなんだ今の)


 男は先の声の情報を信じるべきか迷っていた。

 どこの誰だかわからない、目的も分からない。


 強烈な胡散臭さを感じたが、妙な胸騒ぎを感じ、とりあえず家の中の武器を集めることだけはしておいた。


(こんなにのどかなのに……。本当に戦争が起こるのか?)



 5日後。





 男がいた場所は、戦火に包まれた。



 この一帯を治めていた王国と、隣国の戦い。

 その最前線となってしまっていた。



 血生臭いにおいが辺り一帯に充満し、死体が絨毯のように敷かれている。


「はぁっ……。はぁっ、はぁっ」


 そんな中で男はまた一人、生き残っていた。



 無我夢中で目の前の敵を殺していた。

 だが、また守れなかった。


 傍らには妻と名乗っていた女性と、3人の小さな子供の死体。


「また……、一人なのか」



 ぼーっと立ち尽くしていた男に、援軍として到着した兵士が興奮した様子で話しかけてきた。


「おい、おい!お前、まさか生き残ったのか!」

「あ、あぁ……」

「す、すごい!英雄だ!」


(なぜ、私が、英雄なんだ……?)

 男は何も心当たりは無い。

 ただ、目の前の物を必死に守ろうと剣を振るい、敵を殺していただけ。

 だが、聞く耳を持たない援軍の兵士たちに半ば強引に連れられ、男は王都へと行くことになった。



 激戦地でたった一人生き残り、領土を守り抜いた英雄として。



(私は、なんのために……)



 その後、男は無事に出世の道を登って領地をもらい、王国から独立して一つの国を作り、初代皇帝を名乗ることになる__






 その国の名は、『ファリストン皇国』







「フフ……。僕の可愛い娘たちを使ってまで蘇らせた世界。

 君には守れるのかな??」














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