いただきアーティファクト

倶利伽羅よしみ

『魔術と奇跡と』

第1話『遺跡荒らしの誕生』

──熱い。


 燃え盛る業火に熱せられた空気が、痛いほどに肌を撫ぜる。屋敷のあちこちからパキパキと音を立てているのが聞こえた。


 ──ああ、なんて熱いんだろう。


 手すりの焼け落ちた階段を駆け上がり、飾り付けられた絵画が燃える廊下を走る。片っ端から扉を斬り開き、即座に部屋の中を確認しては頭を引っ込める。肺が焼けないように気を配りながら走ったせいか、尋常じゃなく息が苦しい。


 そして、最後のドアを蹴破った。


『───!』


 そこには男が2人いた。

 その片方が目の前の男が何やら大声を出して捲し立てているようだが、まるで頭に入らない。


 そんなことよりも、そこで倒れているのは誰だろう。

 豊かな白髪と髭を蓄え、一輪の薔薇が特徴的な威厳ある服装を身に纏う男。


 轟々と燃える焔に照らされてよく見えるその人は。


 間違いなく、血溜まりに沈む父の姿だった。


 手に握りしめた剣が床に落ちて音を立てる。


『───!!』


 顔を上げて見れば、慌てた様子の男が剣を片手に飛びかかってきて──。


 

 その日、俺はまたしても家族を失った。


 

──────────────


 

 《先史遺品プレリック》。それは太古の昔、地上にて栄華を極めたとされる超古代文明が残した遺産である。その遺産の多くは魔力ではない謎の力によって動作しているが、現代に残った数少ない《先史遺品》はほとんどその効力を失っている。


 これらが多く残されているとされる《古代遺跡》には強固な結界のようなものが張られており、生半な魔術ではその扉に傷一つ付けることはできない。


 過去に大規模な魔術行使による攻撃が検討されたが、遺跡内部の損傷を考慮すべきとの声から、現在では遺跡に対する攻撃・破壊行為は禁じられている。

 

 なお、《古代遺跡》内部への侵入が可能となった事例は、報告されていない。もし《古代遺跡》に関する情報や《先史遺品》を発見した場合、すみやかに王国公認ギルドまたは騎士団本部に報告すること。


 これが王国が定めた「古代遺跡に関する約束」だ。国内に住む人間なら誰しもが守らなければならない決まり事で、他国の人間であってもギルドに所属した傭兵、冒険者、商人ならば必ず遵守すべきとされている。


 まぁ遺跡に関しては少なくない数の人間が幼い頃興味を惹かれるもんだが、随分と長いこと国主導の調査が進まないので、ほとんどの人間が遺跡内部への侵入を諦めているのが実情である。


 たまーに漁師がサルベージしたり、畑の開拓の際に掘り出す事があったりするが、いずれもエネルギー切れしたガラクタだったっていうのがオチだ。



『☆→$×○8=3=7÷5867*÷9〒〆8』



 しかし、俺はある日見つけたのだ。



『<==>=3+××÷:÷8☆$€3808…095』



 この腕のバングルこそが全ての鍵であり、《古代遺跡》に挑む資格であるのだと。


 そして俺は遺跡に挑みにきた。十全な準備、度重なる訓練の末、今日俺は、意気揚々とこの遺跡に眠るお宝を頂戴しに来たのだ。


「そう、これが俺の遺跡探究の偉大なる第一歩____」



 だった、はずなのに。


『○×¥:4×÷23¥¥・525・6¥7665+』



 ぼくはいま、とってもおおきな、おにんぎょうさんに殺されそうになっています。



 ♦︎



 何故こうなったかと問われれば、「よく分かりません」と答えるしかないだろう。


 俺は遺跡の扉を開くという、世界(多分)初の快挙を成し遂げた。その内部は想像とは違い、ほとんどが暗闇に覆われていた。

 

 まるで洞窟のようなものだったが、準備していた携帯光球筒を頭に巻きつけて進んだ。床と壁は冷たくも暖かくもなく、ただひたすらに硬いことだけは足の裏から伝わってきた。


 壁に沿って歩いていくと、どうやら小さな扉(おそらくは小部屋の扉)が左右にいくつかあることが分かった。どうにか開けようとするにも開かなかったのでスルーして先に進むことにした。


 しばらく歩くと、ひらけた空間に出た。その中央には下へと続く坂道があり、また四方それぞれに道が繋がっていた。


 どこから進むか考えたが、「まぁ全部見て回るしどこ行っても一緒だろ」の精神で、とりあえず坂道を無視して元の道の反対側の道へと足を向けた。


 そこでもやはり左右にいくつか扉があり、代わり映えのない景色が続いた。しかし数分歩くと、道の先に僅かな光が見えた。俺は急いで光を追った。


 光の発生源は遺跡上層の一番奥の部屋にある台のようなものだった。周囲を見渡すと、多くの椅子があり、その多くが倒れ、またガラスのようなものが散乱していてひどい有様だった。

 

 その光景を興味深く眺めながら、よく見ると光る台の上に指輪が置いてあった。それは妙な形の指輪で、銀と紫の糸を捻り合わせたような意匠だった。とりあえず指輪を懐にしまい、光る台に触れてみた。


 すると腕輪が勝手に光りだし、例の謎の言語が再生される。


 空中を青い板のようなものが忙しなく現れては消え、現れては消えを繰り返した後、緑色の板が現れて止まった。


 その瞬間、部屋の照明が徐々にその明かりを取り戻し始めた。壁や床には線が引かれ、その上を青い光が走っていく。


 部屋の奥の壁には破損した部分以外のガラスが光で図を描いていた。そのどれもが理解不能な文字や絵図で、想像を超える情報量に俺は、


「なるほどね」


 と、ほとんど理解を放棄しながらも、誰もいない空間で見栄を張った。その後の静寂に気恥ずかしさを感じながらも、まずはと閉まっていた扉を調べ始めた。


 案の定扉は簡単に、というか自動で開くようになっていた。しかしその多くはどうやら居住区といえるもので、やたら柔らかい布団や謎の言語の日記があるばかりだった。おそらくどれも貴重なものだろうと思ったので、とりあえずあまり触れずに置いておいた。


 中央の部屋は様子が変わっていた。遺跡が起動したためか、坂道が何故か階段のようになって、しかも動いていた。なるほどこれで移動していたのかと興奮しつつ、動く床に意気揚々と飛び乗り、下層に降りていった。


 下層はとてつもなく広い空間になっていて、そこら中に転がっているものを見て、俺は胸の動悸が収まらなかった。


 そこには20年ほど前、遺跡を暴こうとした盗賊16人を襲い、討伐に向かった王国騎士団第三隊の殆どを殺したとされる化け物、《ヒトガタ》が破損した状態で数多く転がっていた。

 

 命の危機を感じた俺はどちらを選ぶか考えた。


 即ち、ここで退くか。あるいは調査を続けるか。


 答えはすぐに出た。

 

 調べまわそう。無謀ともいえるかもしれないが、己の好奇心には勝てないのが性なのでしょうがない。そうでなければいまこの場所にいないのだ。まぁみんなぶっ壊れてるみたいだし大丈夫だろヘーキヘーキ。




 ♦︎


 おい誰だよ壊れてるから大丈夫とか言ったお馬鹿さんはよぉ!そもそもこの遺跡が復活(?)した時点でこいつらが動き出す危険性は高いってことぐらいわかるだろ!


『<」412×%*2・3855』


 ほらなんか言ってるよ誰か返事してあげなよぉ!俺古代語とかわかんねぇし!俺1人でお宝独占しようとして誰も連れてこなかったけど誰か助けてぇ!


その名の通り、人を模した総勢4体のバケモンは、頭部の4つの目と思わしき部分をギラギラと黄色に発光させ、奇怪な動きを続けてこちらの様子を見ている。

 

 その手には青白い電気を迸らせる細長い剣が握られており、コイツにやられた騎士の肉体は、その断面がまっ黒に焦げていたという話に嫌な説得力を与えてくれた。



 しかしそんな化け物を前にして、心の裡でいくら叫んでも誰も来ない。



 クソ、現実はいつも俺に厳しいようにできてやがる(自業自得)。流石に1人で来るのは不味かったよなぁ、でも犯罪になるかもしれない所にあいつを連れてくるわけにはいかなかったしなぁ。


 この場を切り抜けるにはやるしかないのか。騎士団第三隊の騎士たちを切り刻んだやつの複数を相手に、俺が。


 常識的に考えろ俺。あまりに危険すぎる。無惨にやられる。あのおっかない剣で三枚おろしにされちゃう。


 .......しかし、やるしかないのだ。相手がどんな強敵だろうと、どんな困難が降り掛かろうと、お宝を手に入れる為にはこれから先も乗り越えて行かなければならない『障害』だ。


 『障害』は、取り除かなければならない。迅速に。


 覚悟を決めて『ヒトガタ』を見据える。起きたばかりだからなのか、未だにこちらを襲うそぶりはない。


「先手必勝だオラァ!」




 これは、のちに『遺跡探索の第一人者』を自称する男、ウィットがなんやかんやしてお宝をハントしていく物語である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る