第32話 フカフカの座布団


 「リリーちゃん、ここはどこなの?どうして私たちは牢屋の中に居るのよ」



 私はリリーちゃんに詰め寄った。さっきまで馬車に乗っていたはず、どのような事があれば、牢屋の中に入るハメになるのか理解不能だった。



 「美味しそうな果物が森の中に落ちていたのです」



 リリーちゃんはストーリーテイラーのように静かに物語を語り始めた。リリーちゃんの優しい声に引き寄せられるように私は耳を傾けた。



 「リンゴ、バナナ、イチゴ・・・様々な種類の果物が大きな木でできた器にのっていたのです。嗅覚を刺激する甘くてトロピカルな香りに、私は馬車を止めてしまったのです。それが・・・最悪の始まりでした」


 「さ・・い・・・あく」



 私は固唾を飲んだ。



 「私は甘い香りに釣られて、馬車を降りようとしたのです。しかし、私の軽率な行動を止めに入ってくれたのがパンケーキ様でした。『リリーちゃん!あの果物は私のものよ』とパンケーキ様は血相を変えて私を止めに入ったのです。あれは、私に果物を食べては危険ですと伝えたかったのだと後で知ることになりました」


 

 おそらく言葉のままの意味だと私は思った。


 「それで、パンケーキちゃんはどうなったの」


 「果物を全部食べてしまいました。すると、パンケーキ様はとある異変に気づいたのです。森の至る所に果物の盛り合わせが置いてあったのです。果物から漂う濃厚な甘い香りに誘われるように私は馬車から飛び降りてしまいました。しかし、またしてもパンケーキ様は、私の身を案じて怒鳴りつけたのです『誰にも果物は渡さないわよ』と、私はパンケーキ様の言葉にハッと我に返る事が出来ました」


 「パンケーキちゃんは果物を一人占めしたかったのじゃないの」


 

 私は盲目なリリーちゃんを目を覚まさせるために真実を告げる事にした。



 「マカロンさん、最後まで話しを聞いてください。話しの途中で全てを解ったかのように忠告するにはあまりにも早計です」



 リリーちゃんのただならぬ殺気に私は背筋が凍りそうになる。



 「ごめんなさい」



 「いえ、気にしてはいません。でもこれからが大事なところなので静かに聞いてください」


 「はい」



 私は正座をして真剣さを表現してみた。



 「パンケーキ様が全ての果物を食べ終えた後、フルーツスライムが姿を見せたのです。森の中にあった果物の盛り合わせはフルーツスライムを飼い慣らすための餌だったのです。しかも、もし不審者が幻影の森に侵入した時の退治方法だった意味合いもありました。フルーツスライムは人間を襲うことはありません。しかし、果物を横取りされた時は烈火の如く怒り狂って、人間を強力な酸で溶かしてしまう危険な魔獣です。おそらく、以前に【蛇龍王】を討伐に来た領主軍はフルーツスライムにやられたのだと思います。もし、私も果物を食べていたら攻撃の対象になっていたでしょう。パンケーキ様は攻撃対象を自分1人になるように、無理して果物を食べたのだと思います」


 「そうだったのね」と私は答えたがパンケーキちゃんが一人占めしたいだけだったのでは?とは言えなかった。


 「もしかして!パンケーキちゃんは死んでしまったの?」



 私は大事な事に気づいていなかった。牢屋の中には私とリリーちゃんしかいない。パンケーキちゃんの姿がないのである。リリーちゃんの話から推測するとパンケーキちゃんはフルーツスライムの酸によって溶かされてしまったと思って問題ない。私の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちてきた。




 「マカロンさん、先ほども言いましたが話を最後まで聞いてください。パンケーキ様は死んでいません。いえ、今は死んでいません」


 「リリーちゃん、今は死んでいないとはどういうことなの」



 リリーちゃんの話のそぶりだとパンケーキちゃんは危機的状況にあると推測できる。



 「はい。以前も話しましたが、フルーツスライムはほぼ無敵です。いかなる攻撃も通用しません。しかし、唯一フルーツスライムを倒せる方法があるのです」


 「今はフルーツスライムのことなんてどうでもいいのよ!パンケーキちゃんの安否が知りたいのよ」



 私は気を取り乱していた。



 「パンケーキ様は今・・・」


 「今どうしているのよ!」



 リリーちゃんの深い間に私は心の重圧が耐えきれない。



 「マカロンさんの下敷きになって眠っています。口を足で塞ぐと窒息死する恐れがあるので気をつけてください」


 「なんですって!」



 私は足元がフカフカだったことに気づいた。暗くてよく見えなかったが、私が座布団のように座っていたのはパンケーキちゃんだった。



 「なんで、早く言ってくれなかったの!」


 「てっきり気づいているものだと思っていました。それに、パンケーキ様はマカロンさんが心配でずっと側を離れなかったのです。だから、私は嫉妬をしてしまい少し意地悪になっていたのかもしれません」



 リリーちゃんは顔を赤らめて恥ずかしそうだった。



 「話を戻しますが、フルーツスライムを倒す方法は一つだけです。それは食することです。パンケーキ様を取り囲む10匹のフルーツスライムはとても甘くていい香りがしていました。パンケーキ様は、フルーツスライムの酸の攻撃を素早くかわして10匹をペロリと平げてしまったのです」


 「さすがパンケーキちゃんね。食い意地だけは世界最強だわ。でも、それならなぜ私たちは牢屋に閉じ込められているのよ」


 「それは・・・」



 パンケーキちゃんの活躍で危機的状況から回避できたはず、なのになぜ私たちは牢屋に居るのだろうか?






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