第8話 あれ!


 「実は・・・盗賊に襲われた時にどこかに落としてしまったのかもしれません。もしかしたら、その時に盗賊に奪われた可能性があります」



 ナイス!リリーちゃん。やっぱりあなたは私が見込んだだけの事はあるわ。上手い事ごまかしてくれてありがとう。私はリリーちゃんに見られないようにウインクをしてお礼を告げる。



 「そうだったのか。しかし、あの腕輪がどれだけ大事な物かは知っていたよな」



 ローレル伯爵の険しい表情は変わらない。



 「はい。お父様」


 「盗賊に襲われ命の危機に面した状況で慌ててしまう事は仕方がない。しかし、お前はダンディライオン家の血を継ぐ伯爵家の令嬢だ。どのような状況下でも冷静に判断し、兵士ならびに町民たちの見本にならなければいけない」


 「はい。お父様」


 「理解していたのなら、どうして大事な金の腕輪を落としたのだ!」


 「申し訳ありません。命の危機にさらされてパニックを起こしてしまいました。自分がいかに未熟であると痛感いたしました。この失態にたいしての如何なる罰も受けるつもりです」



 リリーちゃんは頭を下げて謝る。



 「ちょっと待ってください。リリーちゃんは金の腕輪を無くしてなんかいません。本当は、ビスケットちゃんが空の彼方に放りなげたのです!」

 と私は声を大にして言いたいところだった。しかし、大事な金の腕輪を空の彼方に放り投げたと言えば、どのような罰を下されるのか怖くて、私は縮こまって事の経緯を見守ることしか出来ない卑怯者であった。



 「あれは、長年品種改良を務めて、やっと去年の誕生祭で国王陛下から賜った王家甘味勲章の記念品だ。王家甘味勲章を賜るのはどれだけ大変なことかお前も知っているだろう」


 「はい。王家甘味勲章は、国王陛下が最高級の品と認めた食べ物にしか与える事ない名誉ある勲章です。以前に授与されたのは11年前であり、10年ぶりにお父様が授与されました。その記念品である金の腕輪は、王家甘味勲章を賜った証として、ダンディライオン家の家宝として代々引き継がれることになるはずでした」



 リリーちゃん!そんな大事な金の腕輪をなんで私に譲ろうとしたのよ。私は涙目でリリーちゃんの方を見る。



 「そうだ。その金の腕輪を無くしたのだな」


 「はい。責任は取るつもりです」


 「どう責任を取るつもりだ!」


 「今年の誕生祭で国王陛下に直接謝罪をして、国王陛下直々に罪を下してもらうつもりです」


 「覚悟は出来ているのだな」


 「はい」



 リリーちゃんの真直ぐな瞳からはゆるぎない意思を感じ取ることができた。



 「わかった。金の腕輪の件はお前に任せる事にする」


 「ありがとうございます」



 かなり重苦しい空気になり私はどうしたらいいのか迷っていた。しかし、その時,またしても大事件が訪れる。



 「ローレル伯爵様!ローレル伯爵様」



 動揺した兵士が慌てて部屋に飛び込んできた。



 「何をそんなに慌てているのだ!」


 「すみません。ローレル伯爵様、ローレル伯爵様、落ち・・・落ち着いて聞いて・・・聞いてください」



 兵士は動揺してきちんと話すことが出来ない。


 

 「お前が落ちつけ。一体何があったのだ」


 「実は、果樹園に設置しているオリハルコンの貯蔵庫が破壊されバナナが全て奪われました」


 「そ・・・そ・・・そんなバナナ!!!」


 

 ローレル伯爵はあまりの出来事にその場で気を失った。




 場面は変わり、ここはとある地域のとある場所のとある建物の中。




 「お前らは小娘1人も連れ去る事もできないのか!」



 大声で罵声を浴びせるのは、大盗賊団『蛇龍王』のボスであるサーペント・ドラゴンキングである。



 「申し訳ありません。護衛の兵士を蹴散らして、もう少しでバナーネの領主の娘を捕える事が出来たのですが、獣人族らしき少女が突然現れて邪魔をされたのです」


 「言い訳など聞きたくない」


 「申し訳ありません」


 「俺に報告するのはただ一言のみだ。任務を完了しました。この一言以外は聞きたくない」


 「わかりました」


 「しかし、誘拐が失敗したとなると・・・次はあれしかないな」


 

 サーペントは、部下Aにとある指示を出す。

 


 「はい。あれしかありません」



 部下Aは相槌を打つ。



 「次はあれを行うぞ」


 「はい。あれを行います」


 

 部下Aはとある部屋から席を外す。



 「おい、あれってなんだ」



 一緒にいた部下Bが部下Aに問いかける。



 「あれってあれだぁ~」



 部下Aが大声を張り上げて返答する。



 「いや、あれってなんだ?」


 「あれってあれしかないだろ」


 「いやいや、あれだけじゃわからないだろ?」


 「ボスがあれって言ったらあれなんだ!」



 部下Aは投げやりに答える。



 「だから・・・あれって何か教えてくれ」


 「俺も知らんわ!!!」



 部下Aは開き直った。



 こうして、『蛇龍王』はしばらくの間は身を潜める事になる。


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