✏️プロローグ②

 「あの、大丈夫ですか…?」

 少女は、尻餅をついた私の方へ駆け寄ってきた。

 「うわ、腕大分血が出ていますね…止血しなきゃ」

 「…あ、お気になさらず…」

 「気にします!」


 強い口調で言われてしまった。

 私は少女の顔を見た。

 可愛らしい顔立ちをしている。

 国のピンチに彗星の如く現れた少女。

 凄まじい魔力量に、遠方からの斬撃…。

 私は確信した。


 ーーこの少女こそ私が探していた人物である。


 この子を目の前にして自分の腕の痛みなど気になるはずがない。

 私は少女をじっと観察した。

 すると少女は、火竜を仕留めた不思議なペンを宙へ向けた。

 少女が宙で線を引くと、その後に真っ黒な線が浮かんだ。


 すごい…魔法か。


 少女はなにやら丸いロールケーキのようなものを描き上げると、ペンを軽く縦に振った。すると、ポンっと音を立てて、白い物体が現れた。

 包帯だ。

 少女は地面に落下したそれを拾うと、負傷している私の腕に包帯を巻きつけた。

 私は手当てをしてもらいながら、少女に言った。

 「…描いたものが実体化する魔導具ですか? すごいですね…」


 少女はニコッとチャーミングな笑みを浮かべた。

 「はい、すごく便利です。さっきも、竜を斬りつける…って思いながらペンを振ったんですよ」

 「なるほど」


 ペンはもちろんすごいが、少女の魔力量の多さも並大抵でないのは明らかだ。

 少女は包帯を巻き終わると、右手でグッドサインをつくった。


 「できました」

 「ありがとうございます」

 「いえいえ…あの、他に痛むところやお怪我はないですか?」

 「大丈夫です」


 背中が少し痛むが、それは言わなかった。


 「良かった、では私は去ります」


 少女は立ち上がると、私に背を向けた。

 私は慌てて立ち上がり、少女の手を掴んだ。


 「あの! 私、貴女を探してたんです! マヤ氏!」

 「し…氏?」


 少女の名がマヤと言うことを私は知っていた。

 マヤはキョトンとしながら口を開いた。


 「えっと、私を探してたのですか」

 「です! マヤ氏は……わたくしの絶好の特ダネなのですよ!」


 マヤは頬をポッと紅く染めた。


 「私が…特ダネ…」


 まんざらでもない様子。

 なにこの子可愛い。

 マヤはフルフルと首を横に振った。


 「でも私、先を急いでるし…冒険があるから」

 「…冒険? 冒険とは例の脱獄者を追う旅ですか?」

 「はい」


 私はリュックサックから新しい手帳とペンを取り出した。

 「えっと、とりあえず取材をさせて頂きたいのですが…」

 するとマヤは、申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。


 「ごめんなさい、外で友達を待たせているので…」 

 「そこを何とか!」


 がめつい性格でなければ記者など勤まらない。

 私は真剣な眼差しをマヤに向けた。


 「ううう…どうしよう…」


 返答に困っているマヤの肩から、猿が顔を出した。


 「おいガキ! さっきからなんだお前!」

 「おお! 喋るタイプの使い魔ですか! 猿は珍しいですな!」

 「俺は猿じゃない! …今は猿だが!」


 猿の使い魔のことも、手帳に書き込みつつ、自己紹介をした。


 「わたくし、ロベールと申します。新聞記者をしています。マヤ氏とは一度お会いした事があるのですがーー」

 「ちっ! 新聞に書かれてたまるかよ! マヤ、こんな奴放って行くぞ!」

 「…うん」


 マヤは申し訳なさそうに私に一礼をすると、クルリと背を向け、小走りをした。


 …え? 行っちゃうの?


 私は全速力でマヤを追いかけた。


 特上のネタ! ずっと探してたんだ! 逃がすものか!


 すぐに追いつきマヤの背中に抱きついた。


 「ひゃっ」


 バランスを崩し、二人して地面に倒れ込む。

 私がマヤに覆い被さる形になった。

 驚いた顔をするマヤに、私はペンと手帳を握り締めて懇願した。


 「あの! 貴女のことを教えてください! 隅から隅まで!」


 子猿が顔がさっと真っ青になる。


 「お前ちょっと怖いぞっ! 常軌を逸してるぞ! 遠慮とか常識というものが無いのか?」

「記者が極上の特ダネを前にして、遠慮も常識もクソもあってたまるものですか!」


 小猿は「うげ」と呟くとそれ以上抗弁してくることはなかった。

 頭のおかしい奴だと思われたのだろう。

 まあ良い、慣れている。

 しーんと、辺りに沈黙が走る。

 その沈黙を破ったのは、マヤであった。

 くすくすくす、という可愛らしい笑い声が下から聞こえた。

 マヤが楽しそうに笑っている。


 「マヤ氏…?」

 「お姉さん、怖いけど面白い…」

 「お、面白い?」


 初めて言われた。


 「怖い」とか、「人でなし」とか、「ポンコツ」とは何度となく言われたことがあるが。

 マヤはニッコリと笑顔を見せた。


 「分かりました、答えられることなら、ほんの少し答えます」

 「本当ですか⁈ ありがとうございます!」


 私は立ち上がると、深くお辞儀をした。

 私とマヤは向かい合うと、改めて自己紹介をした。

 子猿は不服そうに目を顰めていた。


 「では、改めてお聞きしますが、今回の冒険の目的は?」

 「えぇと…一応脱獄者の男の子を捕まえる事です」

 「なるほど、あの脱獄事件は大ニュースになっていましたね。色々とお聞きしたい事があるのですが、まずその男の子はどのような人物ですか?」


 マヤはピトリと人差し指を顎に当てて考えたあと、どこか遠い目をして言った。


 「あの人は、前代未聞の大悪党です」

 「大…悪党…いいね…記事が映える」

 私は手帳に『マヤ氏は探す人物を「前代未聞の大悪党」と称した』と記す。


 「それからーー」


 私が更に質問を続けようとしたその時、使い魔の子猿がマヤの頭上で仁王立ちをした。

 「ようし、終わりだな。今度こそ帰るぞ!」


 私はこの小猿に相当嫌われているようである。

 マヤも急いでいたようで、コクリと頷いた。


 「…あ…うん。そうだね。新聞記者さん、ごめんなさい。待ってる友達がいるからもつ行きますね。さようなら」

 「あ…! あの、ちょっと待って!」


 小猿が「ちっ」と舌打ちをする。

が、私はお構いなしに、大きく息を吸うと腹の底から声を出した。


 「私を仲間にして頂けませんか⁈」

 「え?」


 マヤは、意表を突かれたように目を見開いた。

 つっけんどんな子猿は案の定、怒声を響かせた。


 「するわけないだろ、何を抜かしているんだ」

 「お願いします! 私、マヤ氏の旅についていきたいんです! 何でもします!」

 「清々しいほどに図々しいな」

 「それが記者です!」

 「やかましい」


 マヤは、私と猿のやり取りを聞いた後に、首を傾げながら尋ねた。


 「…どうして仲間になりたいんですか?」

 「貴女が魅力的な女性だからです!」

 「え⁈」


 マヤは顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうに両手で頬を覆った。

 マヤはよく赤面する女の子のようだ。


 「マヤ氏ほど不思議な魅力を持った女性を見たことないです。貴女を探していたんです。貴女の一挙一動を逐一文に残したい」

 「…で、でも、新聞に出されたら困るというか…恥ずかしいというか…」

 「それなら心配入りません! 先月新聞社をクビになったばかりですから!」

 「あ、そう…。心中お察しします…」

 「ありがとうございます! ただ個人的に文に残すだけ! ね? お願いします!」


 子猿がふん!と鼻を鳴らした。


 「駄目に決まっているだろう変態。険しい冒険なんだ。お前が来たって足手まといだ。」

 「…そうですけど…、でも、全力で何でもします!」

 「お前に出来ることなんてないだろ」

 「…あります、文章を書くのが得意です」

 「そんなの役に立たない」


 子猿の痛烈な言葉に食い下がろうとすると、マヤが目を輝かせて言った。


 「いいなあ」

 「え?」

 「羨ましいです…。私、絵は得意だけどそれ以外がてんで駄目だから。文章を書ける人、尊敬します」

 「ありがとうございます!」


 よし、良い流れだ。

 この好機を逸してたまるか。

 リュックサックからに二冊の手帳を取り出し、マヤに手渡した。


 「日々生活している中で、少しでも不思議なことや面白いことがあると、日記に残すようにしているのです。このノートはほんの一部ですが、見て頂けませんか?」

 「そうなのですね、拝見します」


 マヤはパラパラの手帳をめくり、中身を読み始めた。

 なんだか緊張するなあ。

 マヤが読んでいる間、子猿が私に尋ねた。


 「文が書けたって仕方ないだろ。他に何か出来ることはないのか」

 「私、絶対に死なないんです」

 「死なない?」


 子猿が初めて、興味を示したように眉を顰めた。

 私は言葉を続けた。


 「私は長らく従軍記者をやっていました。そこでの事なのですが、飛び交う矢だまに巻き込まれて多くの仲間が命を落として行く中、私はいつも持ち前の幸運で生き残るのです。軍も従軍記者も、全滅した時に私一人だけが生き残ったことだって、二度ありました」

 「死神かよ。怖いな」

 「はい、気味悪がられて、先月会社をクビになったのです…」


 自嘲気味に笑う。

 しばらくして、パタンっと手帳を閉じる音がした。

 どうやらマヤが一通り目を通したようだった。

 マヤは私の方を見ると、大きな声で言った。


 「面白い!」

 「…え?」

 「すっごく面白いです! 日常の些細な出来事が書かれているだけなのに、ワクワクする! 描写も丁寧なのに無駄がなくて、読みやすい! わあ、憧れるなあ」

 「憧れる…? マヤ氏も文章を書くのですか? 小説家志望だったりして…」

 「いえ・・・」


 マヤは首を横に振った。


 「漫画家です」

 「マンガカ…?」


 知らない単語だ。画家の一種だろうか。


 「新聞記者さん…! えーと、お名前…」

 「ロベールです。ロベちゃんとお呼びください!」

 「ロベちゃん、私、さっき脱獄者を探して旅をしてるって言ったけど、実は他に真の目的があるんです」

 「真の目的…」

 「はい、ネタ探しの旅です。極上の物語を描くための」

 「え⁈」


 マヤは人懐こい笑顔を浮かべ、私の方へ手を伸ばした。

 私は半ば無意識にその手を取った。

 マヤは言う。


 「そのために、貴女の健筆をお借りしたいです! ぜひ、仲間になってもらえませんか」


 横で、子猿の大きな溜息が聞こえた。

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