転生漫画家〜漫画を1本描き上げるまで帰れません…〜

花里探偵

✏️プロローグ①

ーー幼い頃から、文字を書くのが大好きだった。


***


 赤竜が現れた。

 突如として町に災厄をもたらした赤竜は、真っ赤な甲羅に身を包み、口から炎を吹いた。

 平穏な街が一瞬にして地獄と化す。

 人々は我先にと城門へ殺到した。

 そんな中、逃げ惑う人々の荒波を逆走し、災厄の根源へと向かう一人の勇敢な少女がいた。

 ーーだれであろう、私である。

 激しい熱風が全身を覆うが、気にしない。

 大きな重いリュックサックを背負い、手帳と万年筆を手に竜の方へ突っ走った。

 しばらく走って、赤竜と対面する。

 なんという巨体。

 物凄い迫力。

 その背丈は、国で最も高い時計塔をも凌ぐかもしれない。

 竜の周りには私以外に人の姿はない。

 全員避難したのだろう。

 周辺の建物は全壊し、炎が燃え移っていた。

 まさに煉獄。

 この竜は一晩を経ずとも国を滅ぼすだろう。

 国民だってほとんどが死ぬ。 

 悪運の強い私とて、例外ではない。

 多分。


 「さてと」


 どうせ死ぬのだったら最期に好きなことを思いっきりやり遂げてやろうじゃないか。

 私は新聞記者。

 文章を書く人。

 実際に起こった不思議な出来事や珍しいものをとにかく文字に残す。

 今目の前で起こっている陰惨たる状況を、手帳に残してこの世とおさらばしよう。

 生への拘りを捨てた私は、目の前の竜の特徴を詳細に手帳に書き記した。


 「よし」


 竜が口から炎を吹いた。

 私に向けられたものではない。

 相手は私に気付いていないから。

 だが、激しい熱風に巻き込まれ、私の体はふわりと浮いた。

 民家の瓦礫に激突する。

 幸い、リュックサックがクッションの役割を果たしてくれた。

 一命は取り留めたものの、何か鋭いものが二の腕をかすめ、大量の血が噴き出る。


 ーー痛い。


 痛いけど、もうすぐ昇天する身なのだからどうでも良かった。

 ああでも、これじゃあペンも手帳も握れそうにないな。

 というか今の熱風でどこかへ飛ばされてしまった。

 これで終わりか。


 ーー結局、あの子を見つけることは出来なかったな。


 竜と目があった。

 ドスン、ドスン、と大きな足音を立ててこちらへ近づいて来た。

 もう、何も書けないけれど、最期に竜の姿を見納としよう。

 記者としてこの世に何も残せなかったことだけが未練だ。


 ーーその時だった。


 信じられないことが起こった。

 竜の腹が、縦に割れたのだ。

 いや、割れたと言うよりも、斬れたという方が正確かもしれない。

 一直線に真っ赤な深い線が引かれた。

 血が噴き出る。

 ぎゃおおおおおん

 竜の嘶きが響いた。

 なんだ? 何が起こった?

 困惑していると、頭上から女の子の声が聞こえた。


 「お姉さん、大丈夫?」


 見ると、少女が心配そうに私の顔を覗いていた。

 綺麗な黒髪に、チャーミングな丸い瞳。

 胸元の大きな赤いリボンと、黄色のペンダントが彼女の華やかさをより一層際立たせていた。

 目が煙で霞んでしまっていて少女の細かな目鼻立ちまではよく見えないが、何となく美少女なのだろうと思った。

 右手には万年筆のようなペンを握り、肩には小猿を乗せている。 


 「あっ…腕、怪我してる…。えーと、えーと…」


 少女は私の腕の傷に気付くと、狼狽えた。

 私を心配してくれているのだろうか。

 だが背後には竜がいる。

 私など構わず早く逃げてほしい。


 ギャオオオオオン


 竜が鳴いた。

 と同時に、こちらに向けて大きく口を開いた。

 炎を吹こうとしている。

 少女は「わっ」と驚いたような声を挙げると、竜の方へ目をやった。


 「わー、どうしよう…。このドラゴンさん、私達目掛けて攻撃仕掛けようとしてきてるよね、ラミさん…」


 「ラミさん」とは肩の小猿のことだろうか。

 少女の肩から若い男の声が聞こえた。


 「落ち着けマヤ。前に倒したサラマンダーよりか弱いだろ」


 「だねえ」


 サラマンダーを倒しただと…?

 サラマンダーとは伝説の四大精霊の炎を司る竜である。

 倒すこと出来る人物なんて、この世に一人しかいない。

 私はボソリと呟いた。


 「まさかこの子…」


 竜が口から火炎を吹いた。


 ボオオオオ


 と音を立て、私達の方へ炎の渦が向かってきた。

 少女は素早くペン先を竜の方へ向けた。

 すると、そのペン先を核に大きな金色の魔法陣が現れた。

 魔法陣が、竜の炎を受け止める。


 「防御魔法成功!」


 「前より強度も上がってるんじゃないか」


 「うん、久しぶりだったから緊張したよ」


 少女は嬉しそうに、はにかんだ。

 肩の小猿は人間の言葉を喋っている。

 使い魔であったか。

 竜の火炎が止むと、少女はペンを竜の方へ向け「私の番です!」と叫んだ。

 少女がその場でペンを横に振った。

 と同時に竜の腹が横に斬れた。

 今度は斜めに振る。

 竜の腹が袈裟斬りなる。

 竜の深い呻き声が児玉した。

 少女はピョンピョンと助走をつけるかのように数回その場で小さくジャンプした後、思いっきり地面を蹴り上げた。

 少女の小さな体が、ふわりと空高く舞う。


 なんという飛躍力ーー。


 助走をつけていたから、飛行魔法ではなく、強化魔法で脚力を増強したのだろう。

 少女の体が、竜の頭上よりも高いところまで到達すると、少女は体ごと大きく回転して、手に持つペンを、竜の頭を薙ぐように思いっきり振りきった。

 刹那、竜の体が、縦に真っ二つに斬れた。

 真っ二つになった竜の体はドカアアアアアアンと大きな音を立てて、地面に倒れた。

 近くにあった民家が下敷きになる。

 逃げ遅れた人は恐らくいないから大丈夫だろう。


 「少年漫画の主人公っぽく、ちょっと派手な動きをしてみました〜」


 少女の嬉しそうな声が空から聞こえた。

 直後、少女の体が空から地面目掛けて物凄い勢いで落下し始めた。

 様子がおかしかった。

 着地をするならば足から落ちるはずだが、少女は空中で回転した影響で、頭から地面に一直線に落ちてきている。

 このままだと頭を強打して死にそうだが。

 いやしかし、一瞬の間に火竜を真っ二つにした少女だ。


 おそらく成算があってーーー。


 「きゃあああああんっ!落ちるううう!助けてええええええ!死ぬううううううう!」


 成算なかった!!

 死ぬ言うてるやん!

 え? え? どうすんの? 

 私が受け止める?

 いやいや無理でしょ。


 と思いつつも、私は傷だらけの体に鞭打って慌てて立ち上がった。

 少女が落下するであろう地点に向かって、両手を広げた。


 …いや無理! 受け止められないって! どうしようどうしよう! 少女が……特ダネが死んじゃう!


 少女の体が地面に叩きつけられるかと思ったその時、これまた不思議なことが起こった。

 少女の落下地点から、眩い光が輝き出したのだ。

 と同時に、どこからともなく美しい青年が現れた。

 その背中には純白の大きな羽が生えている。


 …え? 天使?


 青年は両腕で、少女を横向きに抱きかかえ受け止めた。

 いわゆるお姫様抱っこ状態。

 なお、天使のような青年の足は地面から離れ、浮いている。

 涙で顔を濡らした少女は「ひぃぃぃん」と情けない声を漏らした後、青年の顔を見て言った。


 「…ぐすっ…。…ありがとう、ラミさん」


 「バカっ。この失敗は何度目だ」


 「まだ四回目…」


「そうか、まだ四回目なら仕方ないか……とはならんぞっ! このグズ!」


 「ひぃん」


 少女を抱えながら、叱咤する美青年。

 青年は私に一瞥をくわえたあと、「ちっ」と舌打ちをした。

 なぜか私に対して不満を抱いてる様子。

 天使の青年は少女を優しく地面に下ろすと、体から眩い光を放った。

 青年の体の影は徐々に小さくなっていき、やがて子猿の姿になった。


 「うわあ! 天使が猿になったあ!」


 私は見たままの状況を丁寧に口走ってから、尻餅をついた。

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