私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩

第1話 腐れ縁の幼馴染──ミンディside

「お前も王太子主催の茶会に招待されてるって本当かよ」


 私──ミンディ・ハーミングが、昼休みにアカデミーの中庭を歩いていると後ろから声をかけられた。


 この声は……


 なんて考えなくても、貴族の子女ばかりが通うこの王立学園アカデミーにちっとも相応しくない乱暴な話し方で私に声をかけてくる男なんて一人しかいない。


「本当だけど、それが何か? ブライアンには関係のない事でしょう」


 振り返り様にそう言うと、ブライアンはフンと鼻を鳴らして私を見下ろしていた。

 

「我が家の可愛いベリンダならまだしも、ミンディみたいな跳ねっ返りのじゃじゃ馬娘にまで声かけなきゃいけないなんて、王太子妃選びが難航してるって噂は本当なんだな」


 ブライアン・ケイリーは私の幼馴染。

 ……そして、私の小さい頃からの想い人。


 私とブライアンのお父様同士が仲が良かったからか、子供の頃からお互いの屋敷を行き来していた。

 同い年の私とブライアン、それにブライアンの年子の妹であるベリンダと三人でよく遊んでいたけれど、伯爵家の長男のくせに全く礼儀がなってないブライアンは、私を見つけるといつも小馬鹿にしてちょっかいを出してきた。


 小さい頃から泣かされた事は数知れず。

 それはとっくに社交界デビューする歳になってる今も、顔を合わせればちょっかいばかりかけてくるのは変わらない。


 デビューしたての舞踏会は今思い出しても最悪だった。

 ダンスに誘われた私を見つけるたびに相手に「お前やめとけよ。こう見えてこいつは運動神経がからっきしだめで、ダンスが下手なんだ。コイツの練習や初舞台デビュタントで何度足を踏まれたかわからない。足を痛めて二度と踊れなくなるぞ」なんて言いつけて邪魔をされた。


 周りから憐憫の眼差しを向けられてるにもかかわらず、当のブライアンは悪びれる事なく「ミンディに足を踏み潰される憐れな被害者を防いだ俺は社交界の英雄だ」なんてむしろ偉そうにしていたわ。


 こうなると私がダンス下手だって噂でも流れてるみたいで、いつの間にかどこの舞踏会に呼ばれてもダンスのお誘いはなくなって、ブライアンと一曲だけダンスを踊ったあとは女友達と談笑してお終いになっていた。


 友達はみんな舞踏会で素敵な男性と出会っているのに、そんなこんなで私は何事もなく……

 むしろダンスが下手なんていう悪評のまま社交界シーズン一年目を終えてしまった。『今年こそ素敵な出会いを!』と意気込む私に対して私が小さい頃からブライアンのことが好きなのを知っている友達からは『そんなことよりさっさとブライアンに告白なさいよ!』なんて言うけれど……


 私はブライアンとしか踊った事がないのに、ブライアンは私と一曲踊った後も、いろんなご令嬢に声をかけられてダンスを踊っているのを知っている。


 そりゃケイリー伯爵家の治める領地は王都にも近くて、領都は王都から貿易港を結ぶ街道の一つ目の宿場町として栄えている。繁栄した領地を治める伯爵家の嫡男なんて、婚約相手を探すご令嬢達に人気があるのは当然だわ。


 見た目だって、キラキラと輝く濃い金色の髪の毛に、形のいいおでこからスッと伸びる鼻梁。意地悪な素顔を隠すように優しくさがるハシバミ色の瞳がバランスよく並んでいる。背も高くって体も鍛えているから肩幅も広くて筋肉質で頼りがいがある。


 ブライアンがモテるのはよくわかる。


 私には意地悪な態度なのに、舞踏会で他のご令嬢達には紳士的に振る舞う姿を見る度チクリと胸が痛む。


 あの時『私には意地悪してクシャクシャになって笑うのに、澄ました笑顔でご令嬢達をたぶらかしてるのね』なんて、嫌味を言ったけど……


 私はそのクシャクシャの笑顔が大好きだなんて認めたくない……


 私たちは腐れ縁の幼馴染でしかないのよ。と、いつもみたいに心の中で言い聞かせた。

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