夜空で咲いて
やがて夜の公演会が始まり、私は舞台裏に控える。
演技の合間にアイザックが使うタオルや飲み水、そして小腹が空いた時のための軽食を用意して。
舞台をちらちらと見ながらアイザックを待っていると、開幕の挨拶を終えて舞台から下がったエヴァンダーが声をかけてくれた。
「レイ、この世界での生活にはもう慣れたか?」
「おかげさまで、もうすっかり慣れたよ」
いつもはワイルドな雰囲気のエヴァンダーだけど、深紅に金色の刺繍が施された燕尾服を着ていると貴族っぽく見える。
アイザックが言うには、エヴァンダーのこの団長姿はご婦人たちからとても人気があるらしい。
「それなら、公演が終わってから出かけてみるか?」
「えっ?! いいの?!」
「ああ、ずっとここにいるのも退屈だろう。ちょうど今日から三日間は建国祭の出店が並んでいるから、いい気晴らしになるはずだ」
「やったー! 昼間から気になっていたから嬉しい!」
お祭りに行くなんていつぶりだろうか。
元の世界では社畜だったから久しく行っていない。
平日のお祭りはいけないし、休日は泥のように眠っていたから機会を逃していた。
「今からすごく楽しみ!」
「はは、そう言ってくれると嬉しいよ」
仕事終わりの楽しみがあるなんて、なんと素晴らしいことなんだろう。
私の心は早くも、お祭りのことでいっぱいになる。
エヴァンダーと一緒に楽しい計画を立てていると、最初の曲芸を終えたアイザックがやって来た。
「二人で何の話をしているの?」
「建国祭のことだよ。公演が終わったらエヴァンダーと一緒に行くの」
「……ふ~ん。エヴァンダーと一緒に……ね」
アイザックはさして興味がなさそうに呟くと、あの胡散臭い笑みを浮かべた。
「ダメ。俺と行こう」
「どうして?」
「……レイと一緒に花火を見たいから」
「えっ、花火が上がるの?! 見たい!」
花火を見るのも久しぶりだ。
すっかりお祭り気分な私に呆れたのか、エヴァンダーが苦笑する。
「それじゃ、邪魔なオジサンは放置して二人で花火を見に行ってくれ」
するとアイザックが、「じゃあ、二人で空から見る?」なんて聞いてきた。
いつもの軽い調子でそう言ってきたから、私は冗談だと思ったわけで。
そして冗談に乗ったつもりなわけで。
「見たい! 空からなら障害物がなさそう!」
アイザックかエヴァンダーからの突っ込みを待っていると、エヴァンダーが声を出して笑った。
「ははっ、アイザックは飛ばすから気をつけろよ」
「飛ばす?」
彼の冗談に違和感を覚えたのだけれど、その時はまだ、こんなことになるとは思いも寄らなかった。
――まさか、
***
「ひえぇぇぇぇっ!」
絶叫する私の声に負けないくらい強い音を立てて、風が吹いている。
今、私とアイザックがいるのは、王都の上空。
足元には建国祭を祝う王都の市民たちが用意した魔導ランタンの明かりでできた道が見えていて。
それがどんどんと遠ざかっていくものだから、体が震えてしまう。
「レイ、はしゃぐのはいいけど、もう少し静かにして? 耳が痛いから」
「これのどこがはしゃいでいるように見えてるの?! 怖くて震えているんだよ?!」
夜の公演が終わった後、私はアイザックに連れられて夜空へと飛び立った。
彼と一緒に、
フォティアは赤い鱗を持つ雄の
ひと仕事終えて解放感いっぱいのフォティアはのびのびと飛んでいる。
おかげで私は、慣れない飛行に震えっぱなしだ。
(それに、この体勢が落ち着かないんだよね……)
私たちは縦一列に並ぶようにフォティアの背に乗っている。
ちなみに私が前で、アイザックが後ろだ。
私はフォティアに装着している手綱を握っているけれど、初めて竜に乗る私が手綱を使いこなせるはずがなく……。
だからアイザックが私の手に手を重ねるようにして握り、代わりに操縦してくれている。
アイザックのもう片方の手は私の腰にまわっていて、しっかりと抱き寄せられている状態だ。
密着度が高くて落ち着かない。
「俺がしっかり掴んでいるから大丈夫だよ。もしレイが落ちても、浮遊魔法で助けるから心配しないで?」
「まずは落ちないように安全運転して!」
「はいはい、安全な空の旅を約束するから、もう少し高い所に行こうか?」
「も、もういいから~!」
「特等席で見せてあげるから、もう少しだけ、ね?」
そんなことを言って、アイザックは意地悪な表情でニヤリと笑った。
(絶対にわざとだ。私が怖がるってわかっているくせに、わざと上昇している……!)
地上に降りたら仕返ししようと心に決めた。
私に悪戯したことを後悔し給え。
密かに復讐を誓っていると、ここから少し離れた空に一本の光の筋が見えた。
それは真っ直ぐ空高くに昇って――夜空に大輪の花を咲かす。
一拍遅れて、ドンと大きな音が聞こえてきた。
「わあ、綺麗! アイザックも見える?」
「うん……綺麗だね」
アイザックが私の耳元に口を寄せて、相槌を打ってくれる。
周囲では花火の大きな音が響いているけれど、アイザックの声は確かに私の耳に届いた。
「花火を見るのは子どもの頃以来だなぁ」
「子どもの頃のレイって、どんな子だったの?」
「ん~、大人しい子だったかな。保育園で演劇があると、進んで木の役をしていたんだよね。目立ちたくなかったから」
「ぷっ……。レイらしいな」
「ねぇ、それって悪口だよね?」
「いいや、称賛しているよ?」
じとりと睨みつけたけれど、アイザックはどこ吹く風といった調子だ。
「子どもの頃にレイに出会っていたら、楽しかっただろうね」
「……子どもの頃のアイザックは、どんな子だったの?」
どこまでなら踏み込むことを許してくれるのかわからない。
それでも私は、アイザックのことが知りたくて。
振り返って、彼の真っ赤な目を見つめた。
花火が映り込んで輝いている、宝石のように綺麗な目に翳りが差して。
「影のような子どもだった。誰からも忘れ去られて、いつか消えなければならない……そんな子どもだったよ」
「アイザック……」
「この話はここまで。祭りにはふさわしくない空気にしてしまいそうだから、もう止めよ?」
そう言い、アイザックは綺麗な笑顔で微笑む。
その笑顔を見ると、胸がじくりと痛くなる。
「消えないでいてくれて、ありがとう」
私はアイザックの手の上に自分の掌を重ねた。
無理をして笑う彼が、一日でも早く辛い過去から解放されるよう、願いを込めながら。
「もしもアイザックがいなかったら、私はこの世界でこんなにも馴染めなかったと思う。それどころか、今頃は奴隷として売られていたんじゃないかな」
奴隷商人から助け出してくれて、不服そうだったけど私を世話係として側に置いてくれたから、私はこの世界で平穏な日常を送れるようになった。
アイザックは間違いなく私の恩人で。
そして、この世界でできた大切な友人だと思っている。
「私は忘れないよ。アイザックと一緒に過ごした日々や、空から花火を見たことまで全部、絶対に忘れないから。だから、消えないでね」
アイザックは目を瞬かせた後、ふっと微笑んで――。
「俺も、今夜一緒に見た花火や、レイがかけてくれた言葉を、絶対に忘れないよ」
私の耳元で、そう囁いたのだった。
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