第6話証言その6  沖 航平(一等空佐)

ええ、やはりあの事件が、自衛隊が招いたというか、訓練、教育的指導が間違っていたのではないかと言われるのは大変に遺憾なことです。彼の行った行為は、我々自衛隊を後ろ足で砂をかけたようなものだと正直思います。何故彼がこのような行為に及んだのか、皆目見当もつきませんが、当時、彼が中途入隊してきたとき、痩せたモヤシのような体つきで、これはとても自衛隊の厳しい訓練に耐えれそうにないなと誠に勝手ながら思っていました。ところが前後期の教育期間を乗り越えて、体つきも比較的ガッチリとして、帯広の陸軍部隊に配属されていたのですが、何度も何度も空挺部隊への転属希望を出し続けていたんです。周りの皆は変わり者だと言っていましたよ。ただでさえ厳しい自衛隊の中でも、もっとも厳しく、キツイ訓練で有名な空挺部隊を熱望する者などなかなかいませんでしたから。規律維持にもかなり厳しい部隊で、除隊する者もかなり多かったです。有事には前線部隊となり、災害や救助時にも積極的に出動するので、花形部隊ではあったとは思います。彼はその変わり種の多い隊員の中でも、さらに変わり者で、未だに私の記憶の中にあるのは、つねに戦争という有事を意識されていました。誤解のないように言わせていただくと、自衛隊にいる人間の中でもリアルに戦争のことを考えている者などそういません。昨今、北朝鮮があり得ないくらい我が国の方向にミサイルを撃ち込んできてもね。所詮は他人事なんですよ。平和ボケした我が国ではね。そんななか彼は少しでも手を抜くような者がいれば、容赦なくもめていましたね。どうすれば他国との戦争に勝てるのか?そういうことばかりを考えている感じでした。私ら習志野空挺部隊は全員が狂っていると揶揄されていましたから。彼はその中でも一級品の狂いっぷりでしたよ。元々は営業職か何かだったみたいで自分で言っていましたよ。モノを売るのは難しいが、腕立て伏せなら時間をかけてでもノルマを達成できると……… 性に合っていたんでしょうね自衛隊が。不器用な奴でしたがね。他人と上手くコミニュケーションがとれなくて人見知りする奴でした。しかし気を許した相手には依存してしまうが、それ以外の人間はみな恐怖の対象みたいな感じでしたね。ふだんは大人しいのに、カッとなったら抑えの効かない二面性の持ち主でもありました。元来、気が優しく、体力測定や自分の好きなことに根気強く取り組む姿勢があり、基本的に争いを好まない性格だったと思います。手先も器用でした。空挺部隊のボクシング部に所属していたのですが、減量とかにも文句一つ言わずに頑張っていましたよ。大きな大会でも何度も優勝したりして、運動神経は抜群でしたね。学生時代バスケや野球、ハンドボールはすぐに辞めたって言っていました。個人競技が性に合ってたんでしょうね。入隊に関しての複雑なIQテストもかなり優秀な成績だったんです。それ以降、自分に自信を持ったようで、潜在能力が開花したかのごとく、色んなことを習得していました。だから4年目に除隊を申し出たときは驚きました。同期一の出世頭だったから。かなり引き止めましたけどね。除隊後の就職先も住むあても無いと言っていたので。以前から二面性のある奴だなとは思っていましたが、辞めるときの表情もどことなく陰のある雰囲気でした。ここを辞めてから、家に閉じこもり、爆弾やコルトガバメントを自作していたと後の報道で知り驚きました。何より渋谷テロの犯人が彼だったことに仲間内は皆が皆騒然としていましたよ。誰かが『こりゃいよいよ自衛隊、かなり叩かれるんじゃないか』って心配してて、まあ実際にその通りになり、当時の防衛大臣も辞任されましたけどね。父親がアルコール依存症で、彼が小学生の頃に失踪したということも聞いています。健全な生育環境には程遠く、失礼ながらスラム街のような土地柄の中でも吹けば飛ぶような築何十年のあばら家で、小学校の同級生によくからかわれたと聞いています。常に絶望したり失望したり悲観したり心を折られたり、ネガティブになる選択肢といいますか、そういった要素があったのではないでしょうか?だからといって、彼がやったことは決して許されることではありませんが………極貧の家と恵まれない家庭環境に家族構成が犯罪者を生み出すパーセンテージが高いというのは否定しませんが、私は甘えだと思っています。だから自衛隊という組織は、彼のそういった逆境をはぬのけ、チャンスをモノとする能力を身につけることができたと少なくとも私は思っていました。だから除隊を申し入れたときも、自衛隊時代がターニングポイントとなり、これからの成長の糧になればと少しは期待をしていたのですが何があったのか、結局、渋谷大虐殺という事件を起こしてしまって、最終的に自死を選んでしまった………基本的に自衛隊は、はみ出し者が多いと思われ振りですが、逆に真面目な人の方が遥かに多いです。先程も申し上げましたが、クルマを一台売れと人から言われたら、当然口のうまさや、頭の回転の速さが必要不可欠です。しかし、腕立て伏せを200回やれと言われたら、時間さえかければ誰もができます。実際は破天荒な人なんて極小で、例外はいるものの、物凄く真面目な人が多くを占める世界です。誤解を恐れずに言えば、矢部くんは、外見とは裏腹に実に常識人でした。人と会話するときは目を合わせることはありませんでしたが………ですが、時折、人に対してキレたり、逆上して想定を超えるようなことがあったが、私にとっては十分に範疇でした。というのも、実は私は新卒で自衛隊になったわけでなく、地元である北海道の登別市の方で、障害者支援施設で働いていました。私自身がディスクレシアのような読識障害があり、他人の話を聞くことが苦手で自分の話ばかりして、今で言う空気の読めない奴ですかね?自分がズレているなと思うことが多々ありました。自分の大学受験のとき、理系か文系かで迷い、結局文系の私立に入ったまではいいが、獣医になりたくて、その大学を辞めて浪人したにも関わらず、急に農学部に興味を持ったりもして、結局、合格できずに最終的に中退した大学の文学部に再入学して親をおおいに困らせました。自分を持っていなかったというか、自分の頭の整理ができずに受験期を迎えてしまったからです。しかし当時の親や恩師が優しく見守り、話を聞いてくれたお陰で、幸い道を外すことなく、今を生きれたと思っています。矢部くんに関して言えば、二面性があり、ケアレスミスも多く、要求が直球すぎたり、他者と上手く共存できない点はありましたが、発達障害者のグレーゾーンにあるとは思わなかったです。周囲が彼を受け入れさえすれば、十二分に彼を活かすことは可能でした。実際に彼は外の世界の方が自衛隊よりも格段に厳しいということを言っていたので、彼が除隊を申し出たときも、外の世界で何かトライしたいていう思いが芽生えたのかなと思い、何度も慰留を申し出たものの。最終的には折れて、心の中で彼の将来を応援してたのですが………

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