第15話 故郷の人々 6

 ネビラおばさんは、まるで昨日会ったばかりであるかのように、以前と変わらぬ態度でマルを迎えてくれた。

「イボが無くなったって、すぐにあんただって分ったよ。母さんにそっくりだから」

「ジャイおばあさんにも言われました」

「目だけは違うね。あの人の目は青かった。それから見えていないせいだろうね、いつも遠くを見ているようだったよ。あんたの目はきっと父親似だね」

 それからマル、ネビラおばさん、テルミ、シンは夜が更けるまで話し続けた。とはいえ喋っているのはもっぱらシンだった。ネビラおばさんはもともと北部アジュ族の出身でアジュ語が分かる。そのためシンはすっかり気を良くし、ネビラおばさんの色黒の肌やがっちりした手や年老いても艶やかな黒髪を褒めたたえた。美辞麗句に慣れていないネビラおばさんは、半ば呆れ、半ば感心したようにシンの喋りを聞いていた。

「いやあ、男ってのはうちのメメみたいに喋らないもんだと思ってたが、この人は随分よく喋るねえ」

「メメは元気? カサンの軍隊に入ったって話を聞いたんだけど」

「まあ、生きてはいるみたいだよ。たまに来る手紙にも一行しか書いちゃいない」

 ネビラおばさんはそう言ってほんの少し笑いを浮かべた。

「ここを出て行く時だって、『おふくろ、カサンの軍隊に入る。しばらく戻らない。ごめん』って置き手紙して、ただそれだけさ」

「ああそうだ!」

 テルミが不意に言った。

「マルに渡さなきゃいけないものがあるんだった! 実家に置いてるから。すぐに取って来るよ!」

 テルミが、ネビラおばさんの家から近い実家に取りに行った物は、楽器のスヴァリだった。マルは楽器が弾けないけれど、まるで妹のように大切にしていた楽器。死んだ女の子の魂が宿った楽器だ。

「スヴァリ!」

 スヴァリは、マルの胸に飛び込むなり盛大なお喋りでマルを責め立てた!

「会いたかった! どんなにこの時を待ってたか分かる!? 本当にひどい人! もう絶対に離さない! あんたの行く所どこにでもついて行く!」

「でもおらはこれからとっても寒い所に行くんだよ。トアンっていって、カサン帝国の首都なんだ」

「それならあたしがあんたを毎日温めてあげる! ギュッとして! イボがなくなってすべすべの手ね! その手で毎日あたしを撫でて! それからこれからはそのぶきっちょな手であたしを奏でられるよう練習するのよ! 弦はあたしが一番感じる所なんだから!」

 ネビラおばさんにふるまわれた酒で酔い心地になり、スヴァリのお喋りに悩まされながら、マルは夜更けまで話し込んだ。あれだけ喋っていたシンがほろ酔い気分で寝込んでしまった後は、テルミやネビラおばさんと、今日ここで会う事の出来なかった人達について話をした。

「マルが来るって分かってたらみんなと何とか連絡取って知らせたのに。おらもアロンガの宿舎暮らしだから、みんなどこにいるのかすぐ分からないんだ」

 テルミが残念そうに行った。

「ごめん。おらも直前までここに戻って来れると知らなった。アロンガからトアン行きの船に乗れるって事を急に知ったもんだから」

 ナティの行方はテルミもネビラおばさんも知らなかった。ヒサリ先生やマルの身の回りの世話をしてくれていたダヤンティは、ヒサリ先生がタガタイに行ってしまった後は息子のアディと共に汲み取りの仕事に励んでいるらしい。目下彼女の悩みの種は、アディが身分の高い娘さんに懸想していて全然嫁を取る気が無い事だという事も聞いた。

「ハーラの事でしょ? アディとハーラ、結婚出来ないの?」

 ネビラおばさんとテルミは笑って首を振った。

「マル、あんたみたいな特別な子はそういう事も出来るだろうよ。タガタイの貴族様とも結婚出来るだろうね。でもアディは普通の子だよ。片田舎で生まれた普通の妖人の子なんだよ」

 マルはそれを聞いて胸が苦しくなった。自分とアディの何が違うというのか。少なくとも容姿の美しさはイボが無くなった今もアディに遥かに及ばないし、物腰の美しさも礼儀正しさも、だらしない自分よりずっと優れているというのに……。

また、かつてハーラの病気を治すために妖獣の肝で作った薬をくれたトンニはというと、学業を終えたが、どうも最近、軍の大きな細菌研究チームの一員になったために非常に忙しくしている、という事であった。機織りのおばあさんの孫娘に渡す薬については手紙で頼んでみる、とテルミは約束してくれた。

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