カッケェやつら
かしい
カッケェやつら
「前……倣え!」
この小学校には1つだけ、異常に整列がキレイなクラスが存在する。その様はまさに軍隊の集団行動並みであった。
朝礼が終わり、各クラスはホームルームを開く。それは例のクラスでも勿論同様である。
「今日も整列完璧だったぞ。よくやった。」
先生は胸を張って話しているが、生徒の大半はそっちのけでダベっていた。
「特に、アキとナガヤマ。率先して皆の見本になっていた。これからも頼むぞ。」
教卓に両手を置き、満面の笑みで言ってはいるが、アキは先生と同じぐらいの声量で朝から一発ギャグをかましており、ナガヤマに至ってはそもそも教室にいない。
「センセー。ナガヤマはここにもういませーん。」
「うん……知ってる。」
その悲しみに満ちた声すら、アキのしょうもないギャグに対する喝采で亡きものとなっていた。
※
ここも小学校なので、勿論給食の時間が存在する。4限終了のチャイムとともにアキは目を覚まし、ナガヤマは何処かから教室に戻ってきた。
「うぉぉおお!給食がキタ!」
目覚めてからの第一声とは思えない声量で叫び、アキは誰よりも早くエプロンに着替え始めた。
しかし、既にエプロンに着替えて教室に戻ってきていたナガヤマは、もう廊下で整列を待っている状態だった。
「くっそー。やっぱはえーな、ナガヤマ。」
「どうでも良いから早く並べ。」
「へいへい……ってまだ二人だけどな。」
こうしてどのクラスよりも迅速に食堂へ向かい、円滑に各生徒の元へと給食が行き渡る。
「じゃ、今日も一番乗りで『いただきます』にしようか。」
先生がそう言うと、日直が細やかな声で「いただきます。」と呟き、それに便乗してアキが大声で、
「いただきまぁぁぁああす!」
と叫ぶ。生徒たちはその大声に導かれるように、給食を食べ始め、教室は話し声で包まれた。
このクラスでは、ナガヤマの一存により友達同士で食卓を囲む方式が取られている。
そのため、自然に男女分かれて食べる流れとなり、給食時間中の会話内容は友達同士かなり踏み込んだ会話が可能になっていた。
「で、どうなの?チハルは最近。」
エリカが雑な話の振り方をするときは大体恋バナだと、机を合わせあっているチハルとユキは理解していた。
だからこそユキは明らかに嫌そうな顔をしていたが、チハルは長い髪を耳にかけ直す動作とともに、さも当然と言わんばかりの速度で答えた。
「えー、どうとかないよ。この学校に将来有望そうな男子いないもん。」
「そっかー。ユキは?」
「ちょっと待ってよ。小学生ってそんな将来性考えて付き合ったりしなくない?」
「いつの時代の話をしてるの?」
「え、これ私がズレてるの?」
それぞれ3人は顔を見つめ合った。そして何も言わずに各々が口におかずを入れ、もぐもぐした。
ふいに訪れたここだけの静寂により、周囲のざわめきを認識でき始めた頃。
絶妙な間を置いて、チハルが口を開いた。
「ユキさ……好きな人いるでしょ。」
ギクリと聞こえてきそうな肩の跳ね方でユキは応えた。そんな姿を見たエリカとチハルは両眉を上下に躍動させ、ニヤニヤと見つめ合う。
「もーだから嫌なのこの話、いつもこうじゃん。」
「誰なの誰なの。そろそろ白状してよ。」
興味津々に目をキラキラさせるエリカに対して、そっぽを向き続けるユキ。その頑なに口を開こうとしない姿に、両腕を組んでいたチハルが動き出す。
「……アキかナガヤマでしょ。」
「え!?」
驚きを隠せず、そう言ったのはエリカの方だった。当のユキは口元でにんじんをポトリと落とし、完全に凍りついていた。
「なんでなんで!?ユキはそうなの!?」
エリカは急いでユキの方を窺うも、変わらず微動だにしない。
まだ粘るか、と険しい顔をするエリカはチハルとアイコンタクトを図る。
応じるようにチハルは小さくうなずき、こう続けた。
「さっき4時間目が終わって、二人が廊下にいた時にそっちをじっと見てたんだよね。これは……と思ってさ。」
「なるほどねー、そうなの??」
チハルが話を進めていくと同時に、硬直しているユキの顔もどんどん赤くなっていく。そのことに気づいた二人は何かを察し、今度はチハルも一緒にまじまじとユキのことを凝視した。
よもや鼻息がユキの顔に届きそうなほど乗り込んできた二人を前に、ついに根負けしたユキは大きなため息とともに口を開いた。
「もうわかった、わかったから。それ以上近づかないで。」
「「で、どっちなの?」」
「……ナガヤマ。」
「「そっちかぁぁあ。」」
図らずも二人は息ぴったりでそう言い、ドカリと各々の席へと腰を下ろす。
「アキなら馬鹿だけど明るいし、まだ色々改善すれば希望あるけど、ナガヤマは……ただの不良だしなぁ。」
「うるさい。そう言われると思ったから言いたくなかったのに。」
「ごめんごめん。でもユキ苦労しそう。」
チハルの言葉に眉をピクリと動かしたユキは、ムスッとした顔で少し声を張りながら答えた。
「苦労なんて度外視できるぐらい……なんだから仕方なくない?」
途中で言葉を詰まらせてはいたが、そのユキの勢いと真剣な表情は思わぬ形でその場の空気を席巻した。
チハルはハッとした顔で、そしてエリカは目を真ん丸にしてその言葉を聞き入っていた。
「な、なによ。」
「今の、一生忘れないようにしよ。」
「私も。何というか、ユキのこと見直した。」
「どゆこと!?」
困惑するユキを余所に、お昼休憩開始を告げるチャイムが鳴り響く。
既に脇にボールを抱えていたアキは、待ってましたと言わんばかりの速度で教室の扉を開けた。
「よし!今日もコート一番乗りじゃぁああ!」
アキを筆頭に男子たちがグラウンドめがけて教室を飛び出していく。
そんな中、一人モリモリと食べ続けるナガヤマは一向に席から立ちあがる気配がない。
教室を出ていこうとした最後尾の男子は扉の前で足を止めた。
「ナガヤマ、先に行って待ってるからさっさと食って来いよ。」
名前を呼ばれたナガヤマは顔をそちらに向け、
「おう。」
と右腕を突き上げて返事はした。しかし左手に握られた箸は、とめどなく口にお米を放り込んでいる。
そんな一部始終をユキはじっと見つめていた。
そしてもちろん、そんなユキを二人はじっと見つめていた。
「ほの字だね。」
「ほの字だね。」
二人からそう言われてようやくハッとしたユキは、再度顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振り回した。
「う、うるさいうるさい。私たちも早く食べよ。」
ユキは慌てた様子でバクバクとたまごふりかけの乗ったご飯を口に詰め込む。
その様子を微笑ましく眺めるチハルに対して、エリカは我慢できずに口走ってしまった。
「ドッジボール?」
「もう一緒に給食食べないよ?」
「わー、ごめんごめん冗談だって。」
必死にエリカが弁明をする中、ようやく食べ終わったナガヤマは食器を片付け、ズカズカと三人の方へと近づいてくる。
そしてエリカの頭越しにユキを見つめて、こう言った。
「今日放課後、時間あるか。」
その言葉にエリカとチハルは目を真ん丸にしていた。ところが、当のユキは驚くどころか呆れた顔でつぶやく。
「えー今日は6時間だし、宿題も絶対多いよ。」
「今日こそは1ストックでも奪りたいんだよ。」
ユキは少しの間悩む素振りをした後、「じゃあ」と前振りをして、
「宿題もちゃんとしてきて。後、明日からは授業も受けて。」
「ええ……。」
明らかにいやそうな顔をするナガヤマ。
そんなことお構いなしに畳みかけるユキ。
「できないならもう練習に付き合ってあげない。」
そう告げられたナガヤマは、それは困るといった表情であわてて承諾した。
「わかったって……。明日からはちゃんとするよ。」
渋々だが受け入れるしかないと諦めた様で、ナガヤマはトボトボと扉をくぐり、グラウンドへと向かった。
この一連のやり取りを見ていたエリカとチハルは、普段のユキを見ていたからこそ終始疑問符を浮かべることしかできていなかった。
しかし、
「このクラスが変なところ真面目なのって、ユキのおかげだったんだね。」
「ね。」
このクラスの不可思議な現象の秘密を、二人は共有した。
カッケェやつら かしい @cathyett
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