道具屋に通うお客様⑥-1

 今日のお客様は人ではなかった。

 正確には、人みたいだが、人の成りをしていない。

 今日のお客様はスライムだ。

(スライム……)

 ココは目の前の光景に目が点になっている。

「な、何をご所望でしょうか?」

 カウンターテーブルに、ちょこんと乗っている水の塊であるスライムに聞く。

『ぷ、プレゼントを頼みに来たんだ……』

 スライムが話す。

 ココ同様、スライムも緊張している。

 スライムの名前はユウジと言うらしい。

 訳あってスライムを通して話している。

 つまり、魔王と同じ方法で、ココに話をしているのだ。

 水晶玉に魔力を送り込んでいるか、水に魔力を送り込んでいるかの差らしい。

 ユウジの説明をココの頭で落としこむとそんな解釈だ。

「プレゼント? 誰にですか?」

『え、エマさんだ』

「エマ!」

 ココが驚く。

 ココのスライムへの緊張が一気になくなった。

「も、もしかして、エマと仲良くなった赤の国の人語を話すスライムさんですか?」

『そ、そうだ。仲がいいかは分からんが……。赤の国で人語を話すスライムは俺くらいしかいないから、間違いない』

「エマは元気ですか!」

『まあ、元気だよ』

「暴漢に襲われて、いかがわしいことされていませんか?」

『国にそんな奴いたら、発覚して数時間以内に焼死体が転がっているだろうから、そんな奴いないな』

(それは、それで、別の意味でヤバい国だぞ)

 今まで黙っていた水晶玉の魔王が思う。

 国の法律と言うよりは、国王個人の法に魔王は思えた。

(やりかねないし、できるんだろうな)

 魔王は国王の強さに水晶玉の向こうで震えた。

「嫌な思いされてませんか?」

『嫌な奴は随分前に、失脚させたから、大丈夫だよ』

「変な税金かけられて、生活が苦しいとか、ちゃんと食べていますか?」

『金はないし、いい生活かは保証できないが、飯はちゃんと食えているよ。王の政策のお陰でな。ってか、エマさん。それ分かって、赤の国にいるんだがな』

「でも、修羅の国だって聞きますよ。統率取れないから、国としては成り立っているけど弱小国だと、昔から、教科書にも載ってますよ!」

『……。流石、青の国だな』

 悪意ゼロなので、ユウジは責めることが出来なかった。

(これに関しては、スライムに同情だな)

 魔界にもある噂なので、魔王にとっても、他人事ではなかった。

『ま、まあ、俺のいる国の情勢は、今はいいんだよ』

「そうでした。エマへのプレゼントでしたね。しかし、どうして、準備なんか? エマの誕生日は先ですよ」

『あの、バカ国王がたまには用意しろって、五月蝿いからだよ』

「国王と繋がっているんですか?」

『まあな……』

 ユウジは自分の立場を話そうとして辞めた。

『俺のことはいいの。エマさんのプレゼント!』

 ユウジが無理に誤魔化そうとする。

「ダメですよ。エマに悪い虫がくっついていないか、知る必要があります。親友として、だって、相手スライムですよ!」

 ココにハッキリ言われた。

『ううん。まあ、そうか、それは確かに』

 スライムの身体をプルプル動かして考える。

 低級魔物と親しい仲とか、親友として心配になるのは、ごもっともな話だ。

『俺は一応、国王を守護する騎士の立場ではある』

 歯切れの悪い言い方をする。

「それなら、隠す必要ないですよね? サイジョウさんは隠していないし」

『アイツは表立って行動しているから、問題ない』

「隠密ですか?」

『スライムが? まさか、違うよ。ただ、あまり、大きい声じゃ言えないが、いるだけ騎士なんだ。サイジョウみたいにバリバリ活躍している訳じゃない。だからって、隠密でもない。ただ、籍を置いているだけ。だから、あまり話したくないんだ』

「そうだったんですね。でも、身分はしっかりしていると」

『まあな。いるだけなんだが』

「そんなユウジさんと、エマがどうして知り合ったんですか?」

『そりゃ、偶然、たまたまだ。赤の国はそこまで広くないからな。エマさんみたいに復興の名目で赤の国に来た僧侶なら、彼女の方が自然と色んな人に会うさ。その1人に俺がいたまでだ』

「それで仲良く……」

『な、なにを疑っているんだ?』

「スライムだからって、ラッキースケベでエマの下着とか見てませんよね?」

『見てねーよ!』

 ユウジは身体を跳ねらせ、目を尖らせ反論した。

「なんだ。てっきり、そう言う関係だったのかよ」

『なんだよ。期待してたのか?』

「いけませんか? 親友ですが、エマは恋愛に関しては、本当に疎いので、心配なんですよ」

(そう言う、お前さんはどうなんだよ)

 魔王が心の中で突っ込む。

 魔王の知る限り、そんな話しは聞いたことがなく、棚に上げている発言に見えた。

『こ、恋!』

 スライムの色がみるみる赤くなる。

『ば、バカなこと言うなよ。そんな関係には、まだなってない。あくまでも、友達。そうだ。精々、友達だ』

 動揺しているのは、見え見えである。

「まだ? そうですか? てっきり、既にキスはしているのかと」

『キ、キス』

 スライムが爆発しかけている。

『話が進まないから、そのくらいにしてやれ』

 流石の魔王もスライムの反応が哀れに思い、助け船を出した。

「はっ、確かに。ビジネスの話がありますものね。とにかく、エマが充実した日々を送っているのなら、良かったです。さて、プレゼントですが、どの様な物をお探しですか?」

『それなんだが、そのー。なにを渡したら喜ぶか分からないんだ。だから、この店にわざわざ足を運んだんだ。親友なら、なにが好みか分かるだろうと思って』

「なる程。スライムさん。いや、ユウジさん。貴方はエマのことなにも分かっていません!」

『う、まあ、分からない』

「エマは。なんでも喜びます!」

『そ、そうなのか?』

「はい。好奇心の塊みたいな子です」

(人の事言えないな)

 水晶玉を購入した経路を思うと、魔王はココも同種だと思った。

「だから、よく観察したら、今、なにに興味があるか分かります」

『そっか』

 スライムは考える。

『分かった。それじゃあ、石膏を頼むよ』

「石膏? ですか?」

『ああ、10センチ四方の塊が欲しい』

「どうしてです?」

『造る。エマの好みの建物を立体化させるんだ。やっぱ、プレゼントとしては、重いか?』

 ココの目が点になっているので、確認した。

「いや、そんなことできるのですか? スライムですよね?」

『だから、本体別にあるって、最初に話したからね!』

「それにしては、動きが滑らかで、本当に本体があるのか、不思議でして、それに、そもそも、物の受け取りと、支払いも気になってました」

『お金の話しはそこは道具屋なんだし、最初に気にしてくれないかな? 金ならある』

 スライムの中心がへっこみ、麻袋が出た。

 スライムは手を出し、麻袋から、コインを取り出し、ココに渡す。

「す、凄い」

 ココは受けとる。湿っぽさとか感じなかった。

『物は同じように吸収させるんだよ』

「なる程、つまりアイテムボックスみたいな感じですか?」

『規模こそ凄く小さいが、まあ、そんな感じだな。買い物袋1つくらいなら、普通に入るよ』

「そっか」

 ココはチラッと水晶玉を見る。

(なんだよ)

『なあ、用意できるか?』

「はい。待って下さいね。あ、ラッピングも必要ですよね?」

『ああ』

「これは、私のセンスでいくつか選びますので、決めて下さいね」

『分かった』

 ユウジはしばらく、待っていた。

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