第96話 夜降る宵朧


「HEY! ボーイ! 俺の守りは解けないYO! さっと降参しなさいYO!」


「……」


 は無言で、光すら飲み込むナイフを構える。


「この先輩様がきっちりと立場を教えて──」


 カキンッ! と何かが、金属にでもはじかれたかのような音を鳴らす。


「……早えな! 【自動防壁オートブロック】がなければ危なかったぜ」


「……自動防御か」


「ヒッ……! て、テイラー君! さっさと処理したまえ!!」


 いつの間にか飛来していたナイフに、寺上社長はおびえた声で急かす。


「あぁ、ちょっと待てよ。まあ、依頼主の言葉ならしゃあねえ、急ぐか」


 バット・テイラーは、寺上の言葉に不服そうにしながらも、拳を鳴らして更にスキルを発動する。


「【攻撃反射リフレクション】」


「!!」


 バット・テイラーがそう言うと同時に、バット・テイラーを薄桃の膜が包み込む。

 その膜は、の放ったナイフを、軌道そのままに跳ね返した。


「……反射。ダブルか」


「おうよ! つってもお前さんからすりゃぁしょぼいもんだろうがよぉ、シックスマン?」


「……ほざいてろ」


 世界で23防御スキル使い、バット・テイラー。

 生半可な不意打ちは【自動防壁】で塞がれ、認識後はより堅牢な【攻撃反射】によって物理攻撃を跳ね返されるという、世界で見ても中々いないタンカーだ。


 魔法攻撃には【自動防壁】でしか対応できないものの、そもそも超級探索者である彼に大打撃を与えるのは難しい。


「【暗器ワイヤー&ナイフ】」


「【攻撃反射】!」


 はバット・テイラーに無数のナイフを投擲する。

 バット・テイラーはそのあまりの速度と多様な角度、飛来するワイヤーさえ使って反射してくるナイフに反応ができない。


 しかし、全方位を守る【攻撃反射】の能力によって、その全てを防ぎ切った。


「さあ! BOY! 俺を倒すことも、傷つけることもできないだろ!? さっさと諦めてバッドな時間を過ごしな!」


「……」


 は全てのナイフがはじかれたのを見て、攻撃の手を止める。

 どれほどの速度で飛ばそうが、武器が壊れない程度には限界がある。

 武器を投げずに攻撃するのに比べれば、攻撃力が抑制されるのは仕方ないことだ。


「それともこのままこのテイラー様に引き裂かティラーされるか? どうする! こっちはあの鬼にも対応できるんだぜ? 出し惜しむ必要はない!」


「お、おい! しゃべってないでさっさと殺せ!」


「……」


 バット・テイラーの言葉にが返事を返さないでいると、バット・テイラーは更に言葉を重ねる。


「見た感じお前は暗殺タイプ……アサシンだろ? 例のパワータイプに切り替えたほうがまだ勝ち目あるんじゃあないか?」


「……【瞬影強襲ゴーストアサルト】」


「!! 消え……!」


 しかし、不意の背面攻撃も、【自動防壁】+【攻撃反射】によって防がれる。


「は……無駄だと──」


「【瞬影強襲】」


「次はどこに……逃げたか……?」


 バット・テイラーがを掴もうとするも、【瞬影強襲】によって避けられる。【瞬影強襲】は当然、身動きの取れない状況からの撤退にも使えるからな。


「……【瞬影強襲】」


「またか……あ?」


 そして、三度告げられる【瞬影強襲】のトリガー。

 それにため息をついたバット・テイラーは、一拍後、首をかしげる。


 が、消えたまま出てこないからだ。


「マジで逃げたか? おいおい、チキンちゃんがよ」


「おい! テイラー君、逃がすんじゃない!」


 この場から消えたに、寺上はテイラーを責める。

 しかし、今度はテイラーがその発言を許さなかった。


「ある程度は金もらってるから我慢するけどよォ……ちょっとテメェ、調子乗りすぎじゃねぇか?」


「ヒッ……!!」


 バット・テイラーが威圧すると、一般人の寺上は耐え切れずに失禁する。


「チッ……依頼が終わったら殺してやろうか」


 そこまで言って、バット・テイラーは一人の男が正面に立っていることに気づく。


「……何?」


(さっきまで全く気が付かなかった……いつからそこに……?)


 社長室の入り口。

 黒づくめの格好をした、一人の男が、俯いたままたたずんでいる。

 その男は、紛れもなく先ほどまで対峙していた“革命児”そのものだった。


 しかし、バット・テイラーはそのことに、違和感を抱いた。


姿使はずだが……)


 千縁の姿は全く変わってない。

 しかし。


 纏う空気が、先ほどまでとはどこか違う。


(元々、音も立てないし寡黙だしやけに気配が薄い奴だとは思っていたが……)


 バット・テイラーはそこまで考えて、違和感の正体に気づく。


「……お前」


「──夜は必ず、訪れる」


(気配が、!!!!)


 刹那。

 辺りの空気が変わった。


 千縁の言葉と同時に、部屋の色々なところから無数のナイフが出現し、バット・テイラーめがけて飛来する。


「ハッ! 効かねぇって言ったはずだぜ──」


 バット・テイラーが【攻撃反射】を発動しようとした、その瞬間。


 突如空くうはしった漆黒のワイヤーが、それらのナイフを反射して、軌道を変える。


「チッ! ダメージも与えられないのに、無駄なことを──」


 しかし、バット・テイラーの中の不穏な予感は消えない。

 バット・テイラーは【攻撃反射】を発動して、様子を見ることにした。


(なんだ……? どうして戻ってきた……? この嫌な予感はなんだ!? 何をする気だ!!??)


 明らかに、千縁の様子がおかしい。

 敵意に満ちていた千縁の瞳が、今。

 

 圧倒的な“殺意”を宿していたのだ。


(まるで……!!)


 バット・テイラーはそこまで考えて、ハッとする。

 背に感じる痛み、熱。


(まさか……)


 バッと自分の背を確認しようと振り返った瞬間、頬にドロリとした熱を感じる。


「どういうことだ……さっきと変わらないナイフが……どうして俺に!?」


 【自動防壁】と【攻撃反射】。

 たとえ前者が打ち破られたとて、攻撃自体を反射する【攻撃反射】がある限り、物理的ダメージは負わないはずなのに……


「【致命キラー】」


 容赦なく傷をつけてくる、飛来するナイフに、バット・テイラーはゾクリ、と背筋が泡立つのを感じた。


「う、おおおお!」


 破られた無敵の防御に、バット・テイラーは長らく使っていない短剣を取り出して、ナイフを振り払う。

 しかし、光すら飲み込む漆黒のナイフは、その速度に加えて認識することを拒むもの。防御するのは至難の業だ。


「……」


「うっそだろ……!?」


 更に。

 【攻撃反射】で一部反射しているナイフが、先のワイヤーや他のナイフにあたり、角度を変えて飛来する。


(そんなアニメみたいな芸当ができるのか!? いや、こいつまるで遊んでるような……!!)


「ぐ……ぐ、ああああああ!?」


 塞ぎきれないナイフの濁流に、バット・テイラーはついに悲鳴を上げた。


 千縁改め、殺髏せつろはそれを、光の宿らない瞳で見つめている。


 殺髏が指を動かすたび、角度を変えるナイフや小刀。

 その姿からは、千縁の面影が全く感じられなかった。


 まるで、顔が同じ他人のように……


任務遂行キル


「──ぁ」


 ジュパンッ!


 終わりは唐突に。

 まるで飽きたかのように──、殺髏がバット・テイラーの首を飛ばした。


 バット・テイラーの予想は正しかった。

 初めから即殺すつもりなら、あっさりと首を飛ばすことも出来たのだから。

 

 察知不可の速度で接近した殺髏の、確実に首を刈り取る一撃に、バット・テイラーの命の灯がロウソクの火よりも軽く消える。


「な……あ……ひっ!?」


 グリンッ、と首を向けた殺髏に、寺上社長は今になって“死”を感じた。

 そして……


 ジュパンッ!!


「任務達成、帰還」


 最後の首が飛んだ。



「──っ!」


 の憑依が解ける。


「はぁ、はぁ……」


 血みどろの空間に、唯一佇む黒い影。


「終わった……

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