第95話 激昂


「急に抜け出したこと、一絺さんに謝らないとな……」


 とりあえず俺は、突然の事態に思わず抜け出したことを謝りに、一絺さんのところへ行くことにした。

 ちなみに電話じゃないのは、謝罪は直接会ってしたほうがいいかということと、晩御飯を買いに行くついでだ。


 ……別に後者の理由が大きい、なんてことはないからな?


「……ん?」


 俺が夜道を歩いていると、少し離れたところからなにやら大勢の声が聞こえる。


「……嫌な予感がするな……行ってみるか」


 俺は一旦、そちらへ向かって見ることにした。

 そして、見てしまった。


「……あれって……優香!?」


 公園の端で倒れる、一人の下着姿の女の子。

 顔が大きく腫れ、潰れているも、確かに気配は優香のものだ。


「優香!!」


 俺は優香の方に駆け寄る。


「なにがあった!? 大丈夫か!?」


「ぁ……ちよ……く……」


 パシャッ!


「……あ゛?」


 息も絶え絶えといった様子の優香が瞼を薄らと開けると同時、どこからかシャッターを切る音が鳴った。


「あれ、やばくね?」


「うわ……また探索者の犯罪かな……」


「てか、近くにいるの“革命児”じゃね!?」


「え! マジっぽい! 写真撮ろ写真!」


「……よ……くん……」


 優香は、手を伸ばして、声を絞りだす。


「ごめ……んね……?」


 その瞬間、場に氷河期が訪れた。


 そう錯覚するほどに、全員の背をゾクリ、とおぞましい感覚が襲う。


「【憑依】──殺髏せつろ


 刹那、千縁の気配が掻き消えた。

 

 黒髪黒目に人の体。

 唯一変化した点は漆黒のロングコート。

 どこからか一瞬で現れたロングコートの内側には、おびただしい数の暗器が仕込まれている。


 そして辺りの魔力が、悪鬼の時とは正反対にの体内に引き込まれていき、その姿さえをこの世から隠す。


「これスクープじゃね? SNSにあげよ──うわっ!?」


「下着姿で外に寝る痴女出現、と。これはバズりそ──うわあ!? スマホが!!」


「なんだこれ!? ……糸?」


 周囲に集まる野次馬クズ共の手のスマホが、突如全て粉々になった。

 目を凝らせば、そこには細い漆黒のワイヤーが。


「【黙れ静かにしろ】」


 その瞬間、周囲から全ての音が消えた。

 不意に訪れた完全無音状態に、人々は平衡感覚を失い、悲鳴を上げようとするも声を出すことはできない。


「……」


 一瞬だけ茶に輝いた瞳でが優香の顔をなぞると、優香の顔は一転して顔色を取り戻す。

 は優香を影で覆うと、その姿を隠して、一言。


「──夜は必ず訪れる」


「ガッ……!?」


「うっ……!?」


 その瞬間、その場にいた全ての野次馬クズたちの意識が失われる。

 視界が闇に覆われ、全員が地に倒れ伏した。


『殺髏。俺からの頼みは一つ──』


 千縁は、覚悟を決めて告げる。


『優香にこんなことした奴等を──全員、殺す』


「……絶対に任務は達成するよ」


 はその手に二本のナイフを出現させ、夜道を走り出した。


~~~~~


「……これで確実に、飛彩優香は潰せます。以前宝晶千縁は優香のために、うちに乗り込んできたと聞きました。今回も乗り込んでくるでしょう」


「そうか! これで“革命児”に復讐できるな! なあ、テイラー君?」


 とある寺上の名を冠する会社の社長室。

 社長席に座る男が、メガネの男と外国人の男に語り掛ける。


「ハハハハハ! 俺に任せな!金さえ払えばこのバット・テイラーが凄惨バッド引き裂いてティラーしてやるぜ!」


 妙にラップ口調の外国人は、そのおちゃらけた性格とは正反対ので言った。

 それは明らかに何人も殺している、深淵のどすぐろい眼。


「お、おお……任せるよ。標的は先ほど見せたようにパワータイプの、超級なりたてだ。先輩の君なら、奴を抑えて殺すことも可能だろう?」


「ああ! パワータイプは一番の得意相手だ! 任せとけ!」


「社長……“革命児”はもう確実に殺すんですか?」


 メガネの男は、控えめに進言する。

 その言葉に、寺上はフンッと鼻を鳴らして苛立ち気に腕を組んだ。


「当たり前だろう! この私を脅したんだぞ!? 死んで当然の奴だ! ……まあ、どうしてもというなら私の下につけてもよいが……」


(ああ……これは確実に、どちらかが死ぬな)


 メガネの男は、内心ため息をついた。


(恐らく、私の計画が上手くいったとして……それでも革命児と社長のどちらが勝つかはわからない)


 完全なる警備を整えたとはいえ、“革命児”がまだ見ぬ能力を持っている可能性がある。

 現時点でも、学園対抗祭にて【螺旋拳】、【爆地】、【瞬影強襲ゴーストアサルト】、【虐殺】、【破砕旋風】、【憑依】、6つのスキルが確認されている。

 ダブル、ましてやトリプルでもあらず、シックス。


 異常なるポテンシャルを秘めている。


 正直、まだ隠し玉があるとは思えないが、あれだけの戦闘力を見せられたら、まだ何かあるんじゃないかと、期待してしまう。


(まあ、あった場合は我々の負けか……)


「では社長、私は邪魔になりますので先に失礼します」


「ん、おう。下がってよいぞ」


 メガネの男は、足早に社長室を後にする。

 そんな男を、廊下にいる無数の警備員たちは敬礼で見送った。


(そしてこれで少なくとも、私の身は守られた。社長が勝てば地位が手に入るからぜひ勝ってほしいが……最悪負けても、就職し直せばいい)


「私の作戦に抜けなどないのだよ。ハハハハ──」


「それじゃあな」


「え──」


 ジュジュジュジュジュジュジュパンッッッッ!!!!!!


 錆をチェーンソーで削るかのような深い音が、に響き渡る。

 突如その場の全員の首が、一斉に飛んだ。


生首しゃれこうべをありがとう」




 は、【瞬影強襲】を使い、社長室内に侵入する。


「だからあとは待つだ……うおお!?!?」


「来たかぁ!」


「【黙れ《静かにしろ》】」


 内部の構造はすでに把握済みだ。

 仕掛けられた全ての罠をかいくぐり、破壊したは、ナイフを構えてバット・テイラーに対峙する。


「……ぷはっ! おもしれえスキルだな! だが、俺には効かねぇ!」


「……抵抗スキルか」


 が沈黙スキルを発動させるも、バット・テイラーには長く持たなかった。


「そう! 俺がアメリカ一のボディガード! バット・テイラー様だ! 今からお前には凄惨バッド自信引き裂かれるティラーな時間を過ごしてもらうZE!」


「……こいよ」


 余裕綽綽のバット・テイラーには、冷ややかな“殺意”を以て返した。

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