望郷のヒューマノイド

かきぴー

前編

旧暦2135年、第5次世界大戦終結後、人口は百年前と比べて100分の1以下にまで減った。放射能により汚染されたこと加え、他国を攻撃するために開発された軍事Aiの暴走により、人間が安全に住むことのできる地域はごく少なくなってしまった。


生き残った人間は、それぞれの地域で基地(コロニー)を形成し、なんとか生活を続けている。

しかし、基地と基地の間には多くの危険が潜んでいた。放射能による汚染や、軍事Aiの狩りの対象となる可能性があるため、生き延びることは容易ではなかった。


そんな中、育児サポート用ヒューマノイドのB57205は、以前兄弟のように一緒に暮らしていた【山崎沙織ちゃん】を探していた。

ここ数年の間、B57205はヒューマノイドたちが独自に作り上げた小規模コロニーを拠点とし、周辺の調査を徹底的に行っていたが、彼女を見つけることはできていなかった。


「僕のメモリーに残ってる限り、僕が目覚めたのはここから1週間ほど歩いた距離の砂漠地帯だった。それ以前のメモリーは破損していて詳細が分からない。あの地域の調査がもっと進められればいいんだが…。」


B57205が、思案していると後ろから声がかかった。


「団長。もう72時間もそうしています。少し休まれては」


声をかけてきたのはメンテナンスAIのボギーだった。


「団長はやめてくれよ。それに、僕はヒューマノイドだ。人間と違ってこのくらいじゃ影響はないよ」


「失礼しました、団長。たしかに普通のヒューマノイドでしたら、そうでしょう。しかし、あなたは普通のヒューマノイドとは違い、人間に近い性能を持っています。疲労を感じる機能もあるのでしょう?」


B57205はボギーの言葉に耳を傾けると、深く考え込んだ。


「確かに、それもあるかもしれないな」とB57205は言い、足元に座っているボギーに向き直った。「でも、沙織ちゃんを探すことができるまでは、休むわけにはいかないんだ」


ボギーは頷きながら、B57205に向かって言葉を続けた。「そうですね。でも、休憩を取ることで、逆に新しいアイデアが浮かぶこともあるかもしれませんよ」


B57205はうなずき、少し考えを改めた。休憩することで、新しいアイデアが生まれる可能性もあるのか。その言葉に、彼の心には一筋の希望が生まれた。


「わかった。では、ちょっと休憩しよう」とB57205は言い、周囲を見回しながら地面に腰かけた。彼の心は、沙織ちゃんを見つけるために張り詰めていたが、少しだけ解きほぐれた気がした。


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周辺の調査には、様々な課題があった。

非常に強い放射能汚染に晒された地域では一部のAIのマイクロコンピュータを狂わせ活動を制限されていた。また、人間の生活をサポートする目的で作られたAIたちには戦争の影響で急変した環境下での活動は過酷を極めた。


何より、軍事AIの存在が、彼らの調査の手を阻んでいた。


B57205および、その仲間のAIたちは、調査を進めるために様々なツールや武器の開発と数多くの自己改造を行った。

研究のかいあって、B57205達は放射能汚染や狂った地球環境への対抗策を見出し、調査範囲を広げることに成功していた。


しかし、これまでの調査範囲では、人間の住むコロニーは見つけられなかった。

残る未調査範囲は、砂漠地帯のみで、それ以上となると海を超える必要がある。


「これまで砂漠地帯に3チームを派遣しましたが、どれ一つ戻りませんでした。」


ボギーと話してから3日後、B57205は、主要なメンバーを集め対策会議を開催していた。


「最初に派遣したのは調査用ドローン1機と分析チームのAIが2体。砂漠地帯に侵入して、1時間ほどで地上を探索していた分析チームとのネットワークが切断されました。」B57205が続ける。


「次に派遣したのは通信用のステルスドローン1機と偵察チームのAI2体。ステルスドローンに後方から監視させ常に動画と音声をこちらに同期させていました。また、彼らはサーベルと光線銃で武装していました。しかし、砂漠地帯に侵入後1時間弱で、ステルスドローンの同期が切れ、その直後偵察チームからの連絡も途絶えました。」B57205は、深刻な表情でメンバーたちを見回しながら、続けた。


「最後に派遣したのは、戦闘用ドローン2機と私たちの中でも最も強力なAI2体です。彼らには高出力レーザーやミサイルなどの武装が備えられていました。しかし、それでも砂漠地帯に侵入後、わずか30分で通信が途絶え、戦闘用ドローンも行方不明になってしまいました。」


メンバーたちは皆、沈黙に包まれ、そのまま考え込んでいた。B57205は、深いため息をつきながら、再度口を開いた。


「このままでは、人間の住むコロニーを発見することはできません。しかし、何が原因で調査チームが全滅してしまったのか、私たちはまだ把握できていません。この調査を続けるためには、新たな戦略が必要です。」


B57205の言葉を受け、大型のアンドロイドのゴラムが立ち上がった。「キョウダイガ、カンタンニ、ヤラレルワケガナイ。」


ゴラムは、最後に派遣されたAIと同タイプの機体だ。彼らは元々は、人間に混じって工事仕事を手伝うアンドロイドだったが、B57205たちと合流してからは軍事AIに対抗するために自己改造を行い、高出力レーザーやミサイルなどの武装を身につけていた。

元々、重いものを運ぶために強度が高く作られていた機体だったため、高出力レーザーやミサイルを放った際の反動にも耐えることが可能だった。


「オレタチノ、ソウコウハ、通常レーザーデアレバ、マチガイナクハジク。ソレニ、コノ任務ノタメニ、広域レーダー装備シテイタ。通信スルマモナク、破壊サレルナンテ…」


「ゴラムの言うとおりだな。通常の軍事AIにやられたとは考えづらい。」ゴラムの発言を受け、分析チームのリーダーであるヒューマノイドのサトリが声を上げる。


「我々は通信が途絶えた時点で、調査用のドローンを現地に飛ばしたが、到着した時には何もなかった。ドローンが到着するまでの短時間であの戦力を破壊し、スクラップの回収まで行ったというのは非現実的だ。」


「しかし、では一体何がおきたというのでしょうか。」サトリの発言を受け、メンテナンスチームのリーダーであるリリーが疑問を発するが、サトリは大袈裟に肩をすくめるだけだった。


「みんな、ありがとう。みんなの話のおかげで、いくつかわかってきました。

1. 敵はこちらの戦闘力の多寡に関わらず、こちらを無力化する手段を持っている可能性が高い 2. 敵はステルスドローンを発見する手段を持っている 3. 敵はドローンの通信を奪う手段を持っている

これらのことが見えてきました。これ以上、犠牲を出すわけにはいきませんが、砂漠地帯の調査を諦めることもしたくありません。次の任務には、私自身が直接出向きます。」B57205は全体を見渡しながら言った。


B57205の言葉に、メンバーたちは困惑しながらも、彼の決断に敬意を表した。しかし、リーダーであるサトリは懸念を口にする。


「B57205、君一人で出向くと言うのは危険すぎる。もし何かあった場合、救援に駆け付ける時間がない。」


B57205は深く考え込んだ後、ゆっくりと答えた。「私はこの任務を遂行するために造られたようなものです。もし私が失敗すれば、それは私の不備だ。だが、もし私が成功すれば、その成功は全員の勝利に繋がります。」


周りのメンバーたちもB57205の言葉に感銘を受け、彼の決断を支持することに決めた。しかし、リリーは不安を覚えて口を開いた。


「でも、B57205、もしあなたが戦闘中に破壊されたら、どうしますか?」


B57205は微笑みながら答えた。


「私は自己修復機能を持っています。だから、問題ありません。」


言葉を残し、B57205は機体を起動させ、砂漠地帯に向かって出発した。メンバーたちは心配しながらも、彼の安全を祈りながら見送った。彼らは、B57205が無事に戻ってくることを強く望んでいた。


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その夜、B57205は可能な限りの準備を行った。ビームサーベルを4本、光線銃を2丁、セルフメンテナンスに使えるキットをいくつか。

確かにB57205は、自己改造により自己修復機能を得たが、それにも限界がある。部位の欠損やコアの破壊を修復するほどの力はない。また、B57205はゴラムたちとは異なり強い装甲を持っているわけではないため、通常のレーザーでも十分にダメージを受けうる。


なにより、B57205は、「心」に近いものを持っていた。

B57205は育児用のAIとして作られたので元々人間の情緒を深く学習している上、自己改造の中で高性能のコアを得たことで、不安や恐怖を感じることができていた。


「流石に少し怖いね…。怖がれるのが僕の強みなんだけれども…。」B57205は独言ながら、それでも確実に準備を進めていった。


ふいに、ノックの音が聞こえた。「団長、少し良いかな」入ってきたのは、サトリだった。


「やはり、団長1人で行くのは、俺は反対だ。団長が欠けたらこのチームは回らなくなる。団長は、ここに残ってくれ、誰か行かないといけないなら俺が行く。」


「サトリ、ありがとう。でも、僕はもう誰も失いたくないんだ。だからわがままを言わせてくれ。それに万一僕が欠けたら、君が団長を引き継げば良いだろう」B57205は、努めて優しい口調でそう言ったが、サトリは頑なだった。


「ダメだ、団長はわかっていない、君がどれほど特別なヒューマノイドか。君がコロニーにきて、全てが変わった。俺たちは、人間を守るためになんとかあのコロニーを作り上げたが、それで精一杯だった。俺たちに目指せたのは"あの頃の生活を取り戻す"ことだけだったんだよ。でも君は…」


サトリの言葉を、B57205は強い口調で遮った。


「サトリ、気持ちは嬉しい。でも、私はもう決めたのです。この任務には私が単独で臨みます。追加の情報が得られるまで、他の誰も砂漠地帯に立ち入ってはいけません。これは団長としての指示です。」団長としての権限を行使されたサトリは、「了解いたしました。団長」とだけ言い部屋を去った。


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翌朝、B57205は砂漠地帯を歩いていた。警戒のため、3機のドローンを周囲に飛ばしている。

20分ほど歩いたところで、B57205は違和感を覚えた。うまく言葉にすることはできないが、えも言われぬ寒気を感じた。


「怖がりすぎかな…。でも、【虫の知らせは大事にするべし】って沙織ちゃんも言っていたしね…。」B57205は独言ながら、一台のドローンを低空飛行に切り替え、自分の前を先行させるようにし、他の2台を高高度に切り替えカメラの映像を自身と同期させた。


「あれは…サソリ…?」高高度に切り替わったドローンからは、砂漠地帯の遠方までを捉えることができた。B57205は、ドローンの高解像度カメラを通した画像を、自身のCPUをフル回転させて解析していく。


「サソリじゃない。サソリ型の軍事AIか!」B57205がそう呟いた瞬間、高高度に置いたドローンの一台が破壊された。もう一台は、攻撃の気配に気がついたB57205がすんでのところで回避させた。


「あのサソリから高出力レーザーが出たな。こんな距離を撃ち抜くなん」B57205が言いかけた瞬間に地面が隆起し、B57205の目の前に大きな暗い穴が現れ、B57205を飲み込もうとした。


B57205は、自分の目の前に先行させていたドローンに飛び乗ると、ドローンを操作して、上空に飛び上がった。暗い穴に飲み込まれるのを回避したB57205を、遠距離からのレーザーが襲う。同期していた映像からレーザーを予想していたB57205は、空中に飛び上がり体を捻ることで、間一髪レーザーを回避した。


「巨大なワーム型軍事AIとサソリ型の軍事AIだ!」空中で緊急通信を行いつつ、腰からビームサーベルを2本引き抜き、2撃目のレーザーの起動をビームサーベルで変えた。ビームサーベルを引き抜いた勢いでドローンに着地し、地上に目を戻すと、ワーム型軍事AIは地面に潜ろうとしていた。


「ワームが足音や声で位置を把握、その周辺のドローンをサソリで狙い撃ちし、地上のメンバーはワームが食べるわけか。ここまでの連携をしてくる軍事AIは初めてみた。私はこのまま調査を続行する。常に通信は送り続けるから、コロニーのメンバーは作戦の立案を頼みます!」B57205はそう言いながら、ドローンに乗ったまま砂漠地帯を突き進んで行く。

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