告白したら恋人ではなく相棒ができた

@taiyaki_wagashi

前編 告白

 これから俺は告白する。

 相手は楚乃原清華さん。名は体を現すという言葉通りの清楚な同級生だ。

 今日の朝、楚乃原さんの下駄箱に呼び出しの手紙を入れておいた。朝早くに登校する楚乃原さんなら他の同級生に見つからずに読んでくれたことだろう。

 呼び出しの時間は十六時三十分。場所は教室。

 今日は楚乃原さんが所属する図書委員の委員会がある日だ。だいたいいつもこれくらいの時間で委員会は終わる。

 それでいて部活をしている生徒は部活に、勉強熱心な生徒は図書室なり特別講習なりに行っており、駄弁るクラスメイトは校外に出ている。つまり教室に人がいない。

 楚乃原さんの負担にならず、人気もないという万全の環境だ。加えて夕暮れ時の教室というシチュエーションも良い。

 教室の戸には窓がある。遠目に中をのぞくと楚乃原さんがいた。外から吹き込んだ風でカーテンと共に広がる髪が美しい。


「よし行くぞ、覚悟を決めろ俺」


 ここまで来て日和るのはナシだ。頭がおかしくなりそうなほど心臓が暴れているが今は無視する。ぜえはあ息を切らして教室に行くのはキモイのでなんとかこらえろ。

 軽く両頬を手で叩いて気合を入れる。

 勝てば天国、負ければ地獄の大一番。ビビらず堂々立ち向かうのだ。

 

「ねえアンタ、邪魔なんだけど」


 口から心臓飛び出るかと思った。

 冷ややかな声がした方を振り返ると派手な見た目の同級生女子がいた。


「蔓見? お前こそなんでこんなトコにいるんだよ。合コンでも行ってれば?」


 蔓見朱里。クラスメイトの一人だが話すことはほぼない。

 派手な見た目のお仲間とつるんでおり、態度がでかく常にうるさい。いつもなら終業のチャイムが鳴るなり校外に遊びに出ているのに、よりによってなんで今日ここにいるのか。


「は? きも。なんでアンタにそんなこと指図されなきゃいけないの? しかも呼び捨てとか何様? ていうか誰?」

「そっちこそアンタだのお前だの、同級生の名前も覚えられないのかよ」


 正直ギャル相手にケンカなんかしたくない。怖い。

 しかし今はそうも言っていられない。これから教室で大事な要件があるのだ。邪魔されたくない。

 それに、それにだ。

 考えたくない、考えたくない可能性ではあるが、俺が楚乃原さんにふられるという可能性がある。

 その場合、教室で楚乃原さんと二人きりなら傷は浅くて済む。ふられるのは悲しいが諦めるくらいできるつもりだ。楚乃原さんも告白されたことを言いふらすような人ではないので、俺が心を強く持てばいずれ立ち直れるだろう。

 しかし蔓見がいた場合は話が変わる。こいつのグループでは告白してきた相手をあしざまに罵っていることがある。同級生が告白しふられるシーンなんて見ようものなら笑顔で言いふらすだろう。

 その場合、心を強く持つどころではない。脳が壊れる。

 なんとしてもこいつを追っ払わないといけない。十六時三十分までの、あと五分の間に。

 

「朱里、さすがに失礼すぎ。ごめんね、石丸くん」

「深山さん? あー……こっちも悪かった、ケンカ腰だった」


 蔓見の後ろから深山ゆずが現れた。いつも通り校則を順守した制服に黒縁の眼鏡をかけている。

 深山さんは押しが強いわけでも攻撃的なわけでもないのに逆らえない。というより逆らう気にならない。こっちも気が立っていた自覚があるのでその点は謝ることにする。

 深山さんと蔓見の組み合わせは意外だった。生真面目かつ公正な態度が様になっている深山さんと、不真面目で態度が悪い蔓見が一緒にいるところはあまり見たことがない。

 

「……あたしも、ごめん」


 と思ったら蔓見はぼそっと謝って来た。目は逸らしているし腕を組んで謝罪とは思えない態度だが、ばつの悪さが滲んでいる。

 思ったより悪いやつではないかもしれない。

 

「……悪い、俺ちょっと教室に用事があるんだ。五分くらいで済むから、ちょっと席を外してもらえないか? お礼に缶コーヒーくらいならおごるから」


 なので素直に頼んでみることにした。告白するだけならそう時間はかからない。蔓見たちの要件があんまり急ぎでなければ譲ってもらいたいところだ。

 すると蔓見がこっちに視線をやった。

 

「あんたも?」

「ん? 何が? ……あっ」


 蔓見が何を言いたいのか分からなかった。

 どういう意味か、と考えた隙に蔓見は俺の横をすり抜けて教室へ走っていった。

 反射的に蔓見を追いかけようとしたら肩を掴まれた。

 

「深山さん!? 何すんの、俺ちょっと急いでるんだけど」

「それは分かってるけどちょっとだけ待って。石丸くんは女の子の決死の告白に茶々入れちゃう人?」

「……告白?」


 深山さんの言葉の情報量の多さに混乱する。

 状況を考えるなら、蔓見が誰かに告白しようとしているのだろう。蔓見は教室へ駆け込んだ。その相手は教室にいると見て間違いない。

 教室には楚乃原さん以外いなかった。

 俺が教室に用があると言った直後に蔓見は駆け出した。まるで邪魔が入る前に自分の要件を済ませたいと言わんがばかりに。

 その心情には覚えがある。ついさっき俺が蔓見に対して思ったこととよく似ている。

 

「もしかして蔓見は楚乃原さんに告白しようとしてるのか?」

「正解。石丸くんもだよね? そのことを察したから朱里も急いでいったってわけ」

「……あの深山さん、そこまでわかってるならこの手を放してもらいたいんだけど。俺も告白したいんだけど。もし蔓見の告白に楚乃原さんがOKしちゃったら俺は告白もできない不完全燃焼になるんだけど」

「あれ、気になるのはそこ?」

「それ以外何を気にしろと」

「清華は女の子だし、朱里も女の子だ」

「さすがに知ってるよ。クラスメイトだぞ」

「告白するのを変に思ったりしないの?」

「ぶっちゃけどうでもいい。性癖は人それぞれだ、人間だれしも変態だって姉ちゃんが言ってた」

「……っふ」


 深山さんは小さく噴き出した。手が緩んだのでそっと肩から外した。


「じゃあ俺行くけど。いいよな?」

「ああ、石丸くんも清華の気を引こうと一生懸命だったもんね。髪型整えたり姿勢正しくしたり勉強頑張ったり」


 めっちゃバレてた。隠していたつもりはないが真正面から指摘されるとさすがに少し……だいぶ……いやかなり恥ずかしい。

 

「うん。朱里の味方のつもりだったけど石丸くんの邪魔もしたくないや。いいよ。邪魔してごめんね」


 その言葉には答えなかった。

 慌てていたし、急いでいた。そして何よりめっちゃ恥ずかしくて返事をしたら声がひっくり返りそうだったからである。

 

―――


 どうでもいいと深山さんには言ったものの、感じるところが無いわけではない。

 世間的に受け入れる風潮があるとはいえ同性愛者はいまだに少数派だろう。統計取ったわけじゃないから知らんけど。

 フィクションとしては笑って見れても、自分が対象になれば忌避感を持つ人がいてもおかしくない。俺自身、男友達に恋愛対象だと言われたら身構えない自信はない。


「清華、ずっと好きだった。あたしと恋人になってください」


 だから、こうして堂々と楚乃原さんに告白する蔓見は大したものだと思う。

 普通に振られるだけでも悲しいことだ。もしも振られた上に気持ち悪いものを見るような目で見られたり、警戒をあらわに距離を置かれたら心が致命傷を負いかねない。

 ある意味では俺より大きなリスクを負ってなお見事に告白した蔓見のことを尊敬する。

 だが、それは俺が黙っている理由にはならない。

 がらっと勢いよく教室の戸を開く。楚乃原さんと蔓見がそろって目を見開いてこちらを見た。

 

「楚乃原さん、俺も楚乃原さんのことが好きだ。俺と付き合ってほしい。よろしくお願いします」


 蔓見の横で頭を下げる。

 俺が楚乃原さんを好きになったきっかけは簡単なことだ。

 高校入学当初、俺はいわゆるキモオタだった。今時オタク趣味をしていても社交的な人だっているが、俺は身だしなみに無頓着で他人にどう思われるかなんて考えもしなかった。きっと悪い意味の変わり者だっただろう。

 楚乃原さんはそんな俺に話しかけてくれた。返事をすれば笑って話を聞いてくれた。

 それだけと言えばたったそれだけのこと。自意識が邪魔をして素直に好きだと認めるまで時間はかかってしまったが、気が付けば楚乃原さんの姿を目で追ってどうしたら楚乃原さんの目に映ることができるか考えていた。

 浅い理由だと笑わば笑え。

 理由は浅くても軽い気持ちじゃない。蔓見に比べれば些細なリスクかもしれないが、告白したらきっと教室で楚乃原さんと話をする機会は激減するだろう。これまでのように笑いかけてくれることもなくなるかもしれない。

 それでも告白することに決めた。

 何もしないでいて、いつか楚乃原さんが他の誰かと付き合っている姿を見るなんて絶対に嫌だ。げえげえ吐いてしまう自信がある。


「なるほど、それで下駄箱に手紙が二通入っていたんだ」


 楚乃原さんの声を聞いて頭を上げる。

 いきなり男女二人に告白するという事態を前に、楚乃原さんは納得顔で頷いていた。

 蔓見も手紙で呼び出していたらしい。SNSかなんかで呼び出したものだと思っていた。

 楚乃原さんが次の言葉を言うまでの時間は永遠にも感じられた。


「二人とも直接告白してくれるくらい真剣なんだよね。わたしも適当にやり過ごしたりできないな」


 よし、と楚乃原さんは頷いた。そして俺の方を向く。

 

「まず石丸くん。告白してくれてありがとう。好きだって言ってくれたこと、すごくうれしい。だけど石丸くんとは付き合えない」


 丁寧な言葉に続いたのは誤解のしようもないくらい明確な拒絶だった。ごめんなさい、と楚乃原さんは深々と頭を下げた。長い黒髪がさらりと垂れる。

 すーっと頭から血が下りていく感覚。校舎がぐらりぐらりと揺れているような浮遊感と足元のおぼつかなさ。

 振られた。それはもうものの見事に玉砕した。

 大きく息を吸って、吐く。

 楚乃原さんは頭を下げたままだ。顔は見えないのに申し訳なさそうに顔をしかめている様子が目に浮かぶ。

 いきなりの告白に対し、真剣に考え、答えてくれた。俺の勝手な行動のせいでこれから教室で気まずくなるかもしれないのに、嫌な顔ひとつしなかった。

 そんな楚乃原さんに頭を下げさせるのは違うと思う。

 気合だ、石丸環。意地を張れ。ここで自分の気持ちしか考えないやつは男じゃねえ。人としても落第点だ。

 

「ありがとう、楚乃原さん。顔を――」

「わたしね、女の子が好きなの」


 顔を上げてと言おうとして、楚乃原さんが続けた言葉を聞いて頭と体が固まった。

 イマ ソノハラサンハ ナンテイッタ?

 俺の横で蔓見が目を輝かせた気がする。

 

「気持ちは本当にうれしいんだ。でもわたしは男の人を恋愛対象に見れたことが無いの。だから諦めてほしい」

「あ、ハイ」


 追い打ちで振られたけれどもダメージを受ける暇がない。

 硬直する俺を前に楚乃原さんは蔓見に視線を向けた。蔓見は目を潤ませている。

 ま、まあアレだ。正直楚乃原さんが他の男とくんずほぐれつしているところを想像したら吐きそうになるけど、蔓見とだったらむしろその様子を動画にとってくださいって言いたくなるくらいだし、ある意味ダメージは少ないかもしれない。

 そんな頭悪いことを考えている俺の前で再び楚乃原さんは頭を下げた。

 

「朱里さんも、ごめんなさい。わたし、女の子が好きなんだけど、朱里さんは守備範囲外なの」


 蔓見が石化した。

 もちろん本当に石になったわけではない。比喩表現だ。だが、漫画だったら確実に枠線以外は真っ白になっていただろう。現に今も血の気が引いて顔が白っぽくなっている。

 なまじ勝利を確信した直後だっただけにダメージも大きいのだろう。ふらっと倒れそうになった蔓見の肩を支えてやる。

 

「わたしが好きなのは高校生よりもう少し年下で、ランドセルが似合うくらいの子が好きなの。できれば年齢が一桁後半くらいの子がいいの」


 そう語る楚乃原さんの目には俺も蔓見も写っていない。きっと幻の美少女が脳裏に浮かんでいるのだろう。年齢一桁後半だったら少女というより幼女だろうか。

 ……ていうかそれって、

 

「楚乃原さんってもしかしてペドフィ」

「違うから。わたしは子供が好きなだけだから。それ以上言ったらひどいからね?」


 思わずつぶやいたらすげえ視線を向けられた。

 一部の業界ではご褒美になりそうだが、その業界に所属していない俺としてはこう、いろいろ縮こまってしまう。


「そんなわけで、二人の気持ちはとてもありがたいと思うけど付き合うことはできません。それじゃあまた明日ね」


 凍り付いたように動けなくなった俺たち二人を置いて楚乃原さんは教室から出て行った。

 

「あれ、ゆずまでいるの? 何か用事?」

「用事というか、なんというか。さすがに私もちょっと何をどうすればいいか分からなくて困惑している。ああ、でも言いふらしたりしないからそこは安心してほしい」

「ゆずがそんなことするなんて思ってないよ。じゃあね」

「うん、また明日」


 たたたっと軽い足音が遠ざかっていく。

 裏腹に静かな気配がこちらへ寄ってくる。

 

「二人とも、なんて言ったらいいか。……ここで固まっているわけにはいかないし、近くの喫茶店に行こう。飲み物くらいおごるから」

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