十一話  親鸞、越後での説法

親鸞の、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」を自己流に解釈する。

この逆説は謎かけであると思う。答えはあってないようなものか。いや、待て。

今の世と、平安鎌倉の世とでは死生観が違う。あの世はこの世の続きと見られてた。

こうではないのか、善人はこの世での行いで、すでに往生するに値する。

悪人は往生するに値しないなれど、あの世での修行の後、遅れて往生。

人とはすべてが往生するように出来ており、悪人はあの世で往生致すか。

悪人は悪に染まっているゆえ、地獄経由の極楽となる。鬼にしごかれて目が覚める。

そんな地獄の責め苦が待っているではないか、いわんや否が応でも往生する、か。


さて、親鸞聖人の異相は何を語るや。

そう親鸞は善人の風貌ではない。悪人の様相も呈していない。

聖人一流の謎かけを解くには、あの異相に答えがありやしないか。

今の世の人が解けない事を、当時の民は解けた気が私にはする。

親鸞の生きた世は、平安から鎌倉へとの端境期である。幕府の起こるを見る。

平安末期は荒れた、戦乱災害相次ぎ世は乱れ武士の台頭を許す。

朝廷が派遣した治安維持の検非違使は、もはや形無しで守ってはくれない。

刀を持った者が強くて、切り捨て御免は常、取り締まる御成敗式目はまだ先。

庶民はもとより、僧でさえ首が飛ぶ。所選らばず転がるである。

後の江戸時代は、治安を取り締まる制度があった。武家諸法度で律していた。

しかるに鎌倉の世では本当で一寸先は闇、岡っ引き、町奉行なんかの活躍なし。

そんな時代を生き抜くなんてなったら、善人はどうしていたのか。


仏にすがるであろうか。大岡越前のもっともっと前である。与力同心もなし。

天皇、朝廷を頼るなんてお門違い。守護地頭の手先に怯える日々か。

そこで親鸞はかの名言を吐くに至る。善人はほっとし、悪人の中には勘違い多しや。

ではここで、私は想像してみる。仏の与えた法難による流刑の地での話である。

親鸞聖人と、村の間男とのやり取りである、越後での説法を……


村の男 「和尚さんて、大変らいて、オラんカカがの、よそんガキ作りやがったて」

    「オラにちっとも似てなくての、色の白い子られ、どっかの種らいや」

    「先に生まれた子なんて、オラにそっくりの黒い子なんのにの」

    「ああ、どうしょかのう、育てたくなんてねえ。いっそ、いねほうがええ」

親鸞聖人「南無……。そちが悪かであろうに。可愛がりようがたりんのじゃ」

    「夜な夜な、掛布団となり敷布団となりて大事に扱ったのかや」

    「そちは男の心得をよう知らん、ええかや、男が布団ぞ。女はこれあらず」

    「今んのはわかりやすか、たとえぞ。本当の布団は干すほどに良い」

村の男 「うんにゃ、そんげん事でねえ、そらオラが家にいる時は可愛がってるて」

    「あの、オラは冬の間の、出稼ぎで半年も家出てて、そん時の事らて」

    「四月に生まれたすけ、オラがいねえ事をええ思って、男引っ張ったんら」

    「あの男が怪しいらて、村にのうヤサ男がいるて、オラん仲間だ」

    「カカの奴、あの男を布団にしやがったんや。許せんのう……」

親鸞聖人「そうかや、なら女が悪い、その女はどげな眼をしてるかや?」

村の男 「底の暗い眼してるて、眼が笑わねえ女らいて、あらなんだろかの」

親鸞聖人「やましいからや、人はな、眼と影だけは誤魔化されんぞ」

    「影について教えて進ぜよう、お天とう様が照らすと影出来る」

    「ええかや、そちが照らしてみい、そちがお天とう様になるんじゃよ」

    「そんしたら、人がわかる。影は嘘をつかん、これこの世の仕組みなり」

    「また人を知るにこれもあり、地べたを這うなりし人を見上げることぞ」

    「人は乞食には正直ぞ、ありのままの本当の姿が出る。乞食は人の心知る」

    「ええかや、この世は仕組みで出来ておる、仏は修行の場を与えた」

    「悪人は天に照らされるのが怖い、己の影が蛇となって現れようぞ」

    「その照らすのが難しいのであれば、虫の心を持つことじゃ」

    「人は虫にも正直じゃでな、見上げるのじゃよ、どんどん見えてくるぞい」

村の男 「そうですかえ、天か虫ですらか。オラは虫の心を持ちてえて」

    「虫んなれば、カカの事、カカの色布団の事、その種の子もなんでもねえ」

    「てことは、許したろかいや。生まれた子を大事にしますて、オラん子ら」

親鸞聖人「それで良いのじゃ、裁きは仏に任せよじゃ、そちではない、心せよ」

村の男 「はあ、ええ話もいらいましたて、今夜はカカを笑わせてみますて」

    「あの笑わん眼を、なんとかやってみますて、あのヤサ男に化けようかや」

    「間違えて眼が笑ったりして、そんでもええ。けっけっけつ」

    「あのスケベ女、よがり泣きさせますて。和尚さん、あんがとごわした」



この物語は物語としてここまでとしますが、事実に則しています。

生まれた子は一つにして、六月の夜に非業極まる最期をむかえた。

尻の軽い女は、それを待ってたかの様に離縁し実家へと消えた。

その時は、本当の笑顔だったに違いない、眼が笑っていたと。

あの浮気相手の男は、酒を飲みにたまに家に来ていた。父は笑顔でいた……

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