第28話 竜人とフレアの戦い
スターライトの輝きは薄れかけつつも、未だベルトを明るく照らしている。砲塔跡の瓦礫の中で、二つの影が向かい合っていた。
一つは竜人―― ドラゴンレイスと呼ばれた変異持ちだ。その姿は、もはや人の姿を留めていない。二メートルを越える体格。全身は全て鱗に覆われ、頭は完全に竜だ。その存在が人であることを、僅かにでも感じ取れるのは、直立二足歩行で、金属片の埋め込まれた皮鎧を着ていること、所作に人としての思考が宿っているからだろう。先ほど見せた銃を持つ兵士に向かう踏み込み。それは獣のものではない。知恵を持つ人の計算された動きだ。獣の力と人の知恵を兼ね備えたもの。それが変異持ちなのだ。
対するのは十四歳の子供―― 小さな身体は吹き飛びそうなほどに軽く、細い手足は軽く折れそうなほどに儚く見える。だがその実態は頑丈この上ない機械だった。外套を脱ぎ捨てる。中に着ているのは街娘にありがちな服装だ。両腕と肘、膝、脛には、鍛冶屋で調達した鋼鉄の防具が巻かれ、拳にも同じような鉄の保護具がついている。一応、腰にはナイフがくくりつけてあるが、あんなものは飾りでしかない。敵の集中力を僅かでも散らすことができれば、役目を果たしたと言える。本命は純粋な膂力による殴打。だがその構えはいつものまま、完全防御の構えだった。消極的だがそれでいい。まずは相手の動きを見極めるのだ。
最初に動いたのは竜人だった。何かが閃く。フレアの服が切れ飛ぶ。爪だ。地を這うような踏み込みでフレアに接近し、左腕を外へ払うように振り抜いたのだ。
「ほう」
感嘆するのは男だ。
「あの一撃を避けるかよ」
爪はフレアに届かなかった。フレアは体勢を崩さず、滑るように後方に引いて、距離をとる。だが前進する竜人の踏み込みの方が速い。竜人は手足が確実に届く距離を確保する。インファイトだ。
鈍い輝きが閃く。両腕が嵐のように叩きつけられる。だがフレアは弾く。弾く。弾く。小さく折り曲げられた両腕を器用に使って、いなし、逸らし、叩き落している。竜人と対等の膂力あってこその芸当だが、それでもあの猛攻を完全防御する技量は、三ヶ月の訓練の成果として上々すぎるだろう。もし僕が彼女と同等の筋力を持っていたとして、同じようにさばけるかと問われれば、疑問符がつく。彼女の防御の技量は天才的だった。
竜人はフレアの防御を崩すため、死角へ死角へとステップを踏み、全方位から両腕での連打を続けていた。だが唐突に流れが変わる。一際素早い突きを顔面へと放った直後、竜人は姿勢を低くして足払いを繰り出したのだ。上半身に意識を集中させての虚をついた一撃だ。だがフレアは万全の体勢で、前に出ていた足をひょいと浮かせ、足払いを脛で受け、簡単にいなしてしまう。
竜人は足払いを受けきられて、僅かに体勢を崩し、攻勢を鈍らせる。それを確認して、フレアが拳を突き出した。だがその反撃は致命的に遅い。その時には竜人は姿勢の安定を回復していた。竜人は低い姿勢のまま、前腕を回転させるように受け、フレアの拳を完璧に逸らし、跳ね上げる。
今度はフレアの身体が浮いた。
跳ね上げられた片腕の分だけ、鉄壁の防御に隙間ができていた。その隙間を縫って、フレアの顎先に、跳ね上げられた竜人の手の甲が触れる。
強烈な打音が響く。
宿っていた威力に、フレアが頭から大きく後ろに吹き飛んだ。そのエネルギーに逆らわず、フレアは自ら勢いに乗る。くるりと宙を回って着地。防御の姿勢を堅持する。ダメージは当たり前だがほとんどない。その力強い動きに男は目を見開く。
「あの女、変異持ちだな」
「でなければ、こんな戦いは挑まない」
男は笑った。
「同じ変異持ちでもどうにもならんよ。確かに防御は随分と鍛えているようだが、攻勢はまるで精彩を欠いているな」
僕は黙って状況を見つめた。戦いは止まらない。攻めているのは竜人だ。圧倒的な膂力と手数で、そのまま相手を沈めようとしている。フレアはほとんど手を出せていない。たまに出す反撃は、それこそ、竜人にとっての好機にしかなっていない。竜人のカウンターを受けて、フレアはあえなく手を止める。その間に竜人はきっちりと姿勢を安定させ、再び攻め始める。その動きに付け入る隙はない。
だが有利なのはフレアだ。フレアは竜人の猛攻を全て防ぎきっていた。打撃、急所、いなし、つかみ、投げ。すさまじい回転で次々と繰り出される技の数々。しかしフレアはその全てを、弾き、受け、押し返し、どれも防ぎきっている。
竜人は焦り始めている。だがフレアに決め手があるわけではない。
そして竜人は攻勢を解いた。息を整えに来たのだ。僕はフレアに告げる。
(休ませるな。ここで仕留めろ)
僕はずっと周囲を探っていた。探していたのは伏兵だ。こうやって膠着状態を続けていれば、しびれを切らして動き出すかと様子を見ていた。だが気配はない。もしかするとまだ待機しているのかもしれない。だが、こちらには援軍が来る予定もない。これ以上の時間を費やすのは愚策である。
(フレア、力ずくで倒してしまえ。少々変異持ちの限界を超えても、目撃者の口を封じればいいだけだ)
僕は言う。
だがフレアはこう言った。
(偽装は解きません)
(何だと?)
何を言っているのか分からなかった。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
フレアはここで目覚めてからずっと、ジレンマを感じていた。突入した陽電子脳の最後の一人として、確かな成果を残さなければならない。役立たずのまま終わることはできない。だがそのためには己の存在を、危険に晒さなければならなかった。もしかすると何も成し遂げられないまま、壊れてしまうこともあるかもしれない。
打ち捨てられた数多の同胞のように。始まりの王に負けたあの時のように。
フレアはそのことを恐れていた。そして立ち止まっていた。何もしなければ、何を失うこともない。終わりのない結末に、逃げ込んでしまっていたのだ。
だが、それで本当にいいのか。
フレアはロデリックの行動を思い浮かべる。彼は己の死を前に、決して絶望しなかった。あらゆる事象を利用して戦い抜き、最後にはフレアと対等の立場にまでなった。否、彼は勝っていた。フレアの生死は、あの時、確かに彼に握られていたのだから。眼前のドラゴンレイスという戦士も同じだ。
フレアはそれを羨ましく思い、彼らのようになりたいと思う。
ハルカ・アブライラの言葉を思い出す。何かを得るために失うことを覚悟する。勇敢な言葉だ。
あんなに小さな少女が、その覚悟を宿している。
ならば自分もその覚悟を持つべきだ。まだ何もできていない今、存在を失うことは何よりも恐ろしい。それでも、踏み出していかなければ、何も得られないのだ。
だから始めていこう、小さな一歩から――
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
(今のままでも勝てばよいのでしょう)
フレアは僕にさらりと言う。こいつは何を言い出すのか。
(それができないから言っているんだ)
実戦で十全に発揮できるのは、何度も訓練したことだけ。今のフレアは彼に負けない。そして勝てもしない。それは厳然とした事実だった。しかし、フレアは言う。
(ずっと考えていました。なぜ私は勝てないのか。彼の動きを見ていて、やっと自分の間違いが分かりました。守らなくても守ることはできるのだ、と)
そしてフレアは、静かに構えを解いた。僕には唐突過ぎて理解できない。
(どういう?)
その瞬間、まるで倒れるように、全身を投げ出すようにして、前のめりにフレアは踏み出していた。
フレアは一瞬で竜人の懐に入り込む。拳をそのまま放つ。
素直な一撃だ。それはいつもの反撃と同じように、簡単に防がれる。だがそこからが違った。フレアは既に次の拳を放っていた。
それも防がれる。だが次の一撃。
弾かれる。それでも次の二撃。
防がれる。防がれる。フレアの拳打は一撃たりとて通らない。だがフレアは止まらない。
嵐のような連打。その動きはシンプルで隙だらけだ。しかし力強く、速い。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
フレアは拳を叩きつける。思い浮かべるのは、ロデリックの動き、竜人の動き。彼らがどのように動いて、どのように狙っていたか。それだけをイメージして、身体を動かし続ける。竜人はフレアの動きに対応できていない。攻勢に出られず、防戦一方となっている。
そして、今のフレアは知っている。どうすればその防御を破れるかを。
竜人による手本を、もう何度も見ていた。
◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇
圧倒的攻勢―― 永遠と感じられるほどに続いた連撃に、ある時、フレアは一瞬の間を作った。竜人は反射的に、苦し紛れの反撃を放ってしまった。握られているのは釘のような暗器。拳の射程が僅かに伸び、防御の目測を狂わせる。それが決まれば戦局は一気にひっくり返っただろう。だが準備の分だけ手の速度は遅かった。生まれた間隙にフレアは最速の拳をねじ込む。
拳は竜人の顔面に直撃した。フレアはそのままの勢いで、竜人の頭を地に叩きつける。
後頭部を鋼の床で打たれた竜人は、全身を大きく跳ねさせて、大の字に倒れた。倒れた竜人は一度痙攣しただけで、その後はもう動かなかった。
「決着だな」
僕は警戒を崩さず、男を見つめる。男は護衛同士の戦いの決着に、目を細め、笑っていた。
「やるね。戦ううちに学ぶとは。こういうのは本当にぞくぞくするよ。だが困ったね。それ、譲る気はないんだ」
男は滑るように僕に向かって走り寄る。手には短刀が握られていた。僕は転がり逃げる。男が迫る。そこでフレアが間に合った。
短刀をがちりと受け止める。僕はその隙に円筒を確保する。かなりの重量だった。円筒自体は持ちにくいので、取っ手付きのケースに入れて持ち上げる。腕に負荷がかかった。やはり重過ぎる。この円筒の中は、隙間なく金属が詰まっているのではないか。そう感じた。
(逃げるぞ、フレア! そいつの相手をしながらでも引けるか?)
フレアが男の脇を力のこもった拳で打つ。それは男の防御の上から、骨を叩き折っていた。男がうずくまる。
(これで問題ありません)
(よくやった!)
だがそこで男は後ろに転がって、フレアから距離をとった。
「これはしょうがないね。本当は使いたくなかったんだけどなあ」
呟いて男は何かを空に向ける。カチリと音がした。何かが発射される。信号弾だ。夜の闇に信号弾が一瞬輝く。
「何をした!」
男は折れた腕を庇うようにして笑う。
「さあね。ただ勝者に忠告をあげよう。全力で逃げたほうがいいよ。まあ、逃げられないけどね」
次の瞬間、砲塔に巨大な影が降り立つ。魔物ではない。茶色の強化外骨格。鋼の大地ががごんと軋む。
(リバース・セントラル!)
闇夜に浮かぶその姿は悪夢に出てくる魔物のようだ。重装甲のコクピットブロック。突き出す操作腕。堅牢な構造の下肢。その腰部には固定の火器。背面には複数の武装がマウントされている。
(まずい。引くぞ!)
僕は走り出す。だがそれでは速度がまるで足りない。
(フレア、僕を担いで運べるか!)
(……分かりました)
答えるや、フレアは僕を担ぎ上げ、全速力で走り出した。その速度は人知を超えている。だがそれでも安心できない。リバース・セントラルの外骨格の性能は、変異持ちの領域にはないのだ。
(あれは、何なのですか?)
(リバース・セントラルの強化外骨格だ! くそ、どういうことだ。? やつら、独立派の裏についたってのか?)
リバース・セントラルは、ベルト地帯とも国交を持っていない。セントラルとベルトとの抗争にも、不干渉の立場をとってきたはずだった。
後方からは強化外骨格が、跳ねるようにして追ってくる。その速度は圧倒的に速い。一歩踏み出すごとの距離が段違いなのだ。
(これは追いつかれますね)
(追いつかれたら、詰むぞ! リバース・セントラルの戦闘用外骨格は、防御力、膂力、機動力の高さが特徴だ。ついでに大口径の火器も備えている。僕たちが持っているような豆鉄砲では、傷を与えることもできない。接近戦なんてもっての他だ! お前が全力を出せば勝てるのかもしれないが、そんなつもりはないだろう?)
(そうですね)
僕は活路を探す。そして一つ案が閃く。
(この船のシステムに干渉はできるか?)
俺の問いに、フレアは肯定を返す。
(もともとは私たちの船です。死んでいる部分が多く難しいですが少しなら)
(隔壁だ。隔壁をおろせ! 足止めだ。時間を稼げればいい! 生半可な方法じゃあれは倒せない!)
フレアは、階段のある空間を、壁面を跳ねるようにして降りていく。負けじと外骨格が追ってくる。一気に近づいてくる。
(もうすぐ追いつかれるぞ!)
(この周辺のシステムは全て反応なし。あ…… ありましたね。この先、二百メートルほど進んだところ。そこの隔壁なら下ろせますね)
(そこだ!)
(はい)
僕はフレアに抱えられて、高速で艦内を走り抜けていく。既に外骨格は背後に見えている。すさまじい跳躍で天井や壁を蹴りながら、近づいて来る。
(隔壁、動かします)
前方で隔壁が動き出す。僕らはそこに飛び込む。隙間をぎりぎりですり抜ける。背後を見た。外骨格はこちらにアームを伸ばしていた。だがぎりぎりで届かない。もう隔壁はほとんど閉まっている。外骨格は通り抜けられない。だがこれで完全に妨害できたとは思えない。
(一気に逃げる!)
僕らは全速力でその場を離脱した。中心街に帰り着く頃には、僕は疲労困憊していた。
(ひどい目にあった)
(ですが目的は達成できたようですね)
(できていなかったら、徒労感で人生を呪っていたよ)
ケースはフレアに持たせていた。このまま宿に帰るのはまずいだろう。潜伏するには、どこがいいだろうか。そして僕らは教会に向かった。
到着すると、僕は中に入る。
「ナイジェル、すまないが、ちょっと頼みたいことが……」
僕は声を失った。教会内にはナイジェルと子供たちがいた。ナイジェルは街で孤児たちを集めて、教育するのを趣味にしていた。今日も集めて、夕食を食べさせていたのだろう。その輪の中にどうにも見覚えのある顔があった。
「あ、兄さん……」
煌く黒い瞳が僕を捉えた。少しばつの悪そうな顔だ。そこにはなぜか、事務所にいるはずの遙花・アブライラがいて、子供たちをあやしていたのだった。
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