そこにクギがある

ししおういちか

そこに、釘がある。

 まだ、何にも目覚めていない。

 しかし、もう少しの支えが必要だと直感した。

 視界には、無数のハンマーが迫る。その中には下手すれば、バールやスパナも混じっているかもしれない。

 あ、という思考が挟まる間もなかった。学舎という画一的な箱の中に詰められ、一秒一秒丁寧に、様々な方向から打ち付けられる。まるで、ライン工場の如く。

 少し収まったか? とその釘が自覚するまでに要した時間はおよそ九年。

 その頃には、周りにある無数の釘と綺麗さっぱり、長さも太さも均等になっていた。

 ここから、圧力のない物語が始められる。十年目、箱のない学舎へと進んだ釘は達成感を得る。

 側にある同族たちと共に。

 そして数年後、自らと同じ目に遭おうとしている純朴な新品を見て、溜息を漏らすのだろう。


「自分の頃はもっと厳しかった。近頃は〜」

 という、ハンマー大喜びの一言と共に。



 一方、少し離れた所にある釘は、極めて硬い材質に恵まれていた。

 生まれ持とうとなかろうと、当然ハンマーは降ってくる。しかし一向に打たれない釘は、やがて強硬手段を取られるに至った。

 手が。バールが。ハンマーに混ざる比率が高くなり、その場からの抹消を試みる。

 要は、不純物であるとの認定だ。周りの釘からの視線は、心なしか極めて冷笑的に見える。

 耐えられず、自ら抜けて役目を終える釘。突発的な横殴りにより、捻じ曲げて抜け落ちる釘。そして尚、踏み止まる釘。

 絶え間なき異物視とハンマーの殴打は、十年以上経っても収まることがない。あるいは、永遠に続くのかも知れなかった。

 抜け落ちるか錆び付いて役割を終える、その時まで。



 しかし未だ一億を超える釘。その全てを類型化するのは極めて困難だ。



 長く、ハンマーの力が到底及ばぬほど突き出た釘は極少数。ハンマーとしては諦観と共にそれを眺め、或いは羨む他ない。

 問題は、ちらほらと可視化されるようになった特異な形の釘達かもしれない。

 打ち据える部分の形が特殊すぎて、ハンマーとしても結果が予測困難な釘。何故か鋭利な部分が逆に突き出ていたり、ありえないような捩じくれ方を最初からしているとなると、こう考える必要もある。



 手を出すとこちらが痛い目に合うのでは?

 そんな不遇の釘を打ち据えるなんて可哀相。

 いや、そう考えるハンマーなどむしろ解体した方が——



 やがて、ハンマー達は全身にある目をギョロめかせ、次の『釘』を探す。

 だが、深刻な懸念が一つある。

 そうして保護を得た特異な釘たちは、やがて増長し、さらなる厚遇を求める。疑念を抱くハンマーを嗅ぎつけ、最早釘ですらない、棘だらけのナニカとなるかもしれない。

 


 重要なのは。

 


 我らは釘であり、同時にハンマーでもある。常に表裏一体。日々使い分けることで、より強固かつ安定した停滞を生むことができるのだ。



 結果として、もう一度八月六日と三月十一日を迎えたとしても。

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