#20「可笑しな状況」
「私だって、
「はっ、ちょ……なに言って……」
抱かれた……というのは、お泊り会の夜に押し倒してしまった時のことか、それとも図書室で凪紗先輩がはしごから転落した際に俺が抱き留めた時のことを言っているのか。
定かではないが、その言い方だと語弊しか招かないのは火を見るよりも明らかだった。
というか、なんか対抗してない? どういうこと……?
気付けば、不幸自慢大会みたくなってるし……。
俺が混乱していると、不意に隣から黒い瘴気のようなものが立ち上るのを錯覚した。
「フフフ、旭くん嘘だよね~?」
「は、はい。語弊があります……」
「語弊ってなにかな~? ちゃんと説明してくれるよね~、フフフ……」
「ふ、
顔は微笑んでいるのだが、目が全然笑ってない……。
いつも温厚で優しい双葉先輩だからこそ、そこに凄まじい圧力を感じたのだ。
そして、俺のちょうど向かい側でもブルーのオーラが漂っている。
「旭、お前がそんなヤツだったなんて……」
それもそうだ。樹里先輩から見たら、俺は双葉先輩と一緒に風呂に入ったうえに凪紗先輩を抱いた……という飛んだ不埒者である。
樹里先輩は後輩として俺にも好意的に接してくれていたし、ショックを隠せないのかもしれない。
この短時間で先輩たちの俺に対する信頼や社会的尊厳が急速に失われているような気がした。
不味いな、これは非常に不味いぞ……。
誤解が誤解を招いて、とんでもない状況になってしまっている。
これが巷に言う修羅場……というものなのだろうか。
いや、修羅場というよりも満員電車で痴漢の冤罪をかけられたサラリーマンの気持ちに近いのかもしれない。
すぐさま誤解を解くべきだが、その前に一度俺自身も冷静になるべきだと思った。ステイクールというヤツだ。
俺は深く息を吸って呼吸を整えると、間を作るようにあえてこほん、と咳払いをする。
「先輩、ちゃんと説明するので一度俺の話を聞いてくれませんか……?」
言うと、凪紗先輩がこくりと頷いた。
「た、たしかに……まだ旭さんの言い分を聞いていませんでしたね……」
「そう、だな……。アタシらが話をややこしくしてただけかもしれねーし……」
「うん。旭くんのお話聞かせてくれる……?」
先輩たちが冷静さを取り戻したのを確認して、俺は先週のお泊り会での一連の出来事を説明し始めた。
花火たちが家に帰ってくる前に寝落ちしてしまったこと。
風呂に入っていると、双葉先輩が誤って入ってきてしまったこと。
そして、花火に服を持っていかれて全裸のまま部屋に戻ると樹里先輩がいたこと。
深夜、足を滑らせて凪紗先輩を押し倒してしまったこと。
そのすべてが単なる事故であり、俺の意志が介入していないこと。
これ以上あらぬ誤解を生まないよう、懇切丁寧に説明した。
「そう、だったのですね……」
「お姉さんたちの勘違いだったんだね……」
「なんだ、安心した……」
先輩たちはほっと胸を撫で下ろすようにため息を吐いた。
俺も安心した途端、体の力が抜けてソファーの背もたれに体を預ける。
「分かってもらえて良かったです。とはいえ、全部俺が招いてしまったことなので先輩たちはなにも悪くないです。ホント、すいませんでした……」
「旭くんが謝ることじゃないよ。むしろ、お姉さんにもズルい部分があったし……」
「ズルい部分?」
「う、ううん。とにかく、話をややこしくしちゃってごめんね……」
双葉先輩がぺこりと頭を下げて謝ってくる。
すると、向かいに座る二人も申し訳なさそうに頭を下げた。
「旭さん、私も申し訳ありませんでした……」
「アタシも、悪かったよ。ごめんな、旭……」
なんだか、先輩たちが必要以上に落ち込んでいるような気がして俺まで申し訳ない気持ちになる。勘違いさせてしまったのは、もとはというと全部俺のせいなのに……。
「先輩の方こそ謝ることじゃないですよ。勘違いなんて誰にでもあることです」
「いえ、そうではなくて。なんだか自分が情けなくて……」
「ああ、お前が純粋過ぎて惨めになったというか……」
え、つまりどういうことだ……?
先輩たちの言葉が少し気になったが、これ以上三人の落ち込んだ顔を見ているのが耐えきれなくなり、俺は話題を変えることにした。
つい先ほどの変な方向にかみ合った会話を思い出すと、笑いが込み上げてくる。
「でも、可笑しいですよね。誤解が誤解を招いて、なんかすごいことになってて」
「ふふっ、たしかにすごい状況だったね~」
「全員がなにかしら勘違いしてたよな」
「そうですね、どうしてこんなことになったのでしょう?」
「双葉の天然のせいだろ」
「もう、天然って言わないでよぉ~」
そうして、一気に緊張が解けたように四人で笑いあう。
あらぬ誤解が重なって、なんだか修羅場みたいになっていたのが面白かったのだ。
そんなまるでドラマのワンシーンみたいな可笑しな状況が――。
と、そこで不意に頭の中で電撃が走ったような感覚が迸った。
「……ドラマのワンシーン?」
「どうかしましたか?」
「お、思い付いたかもしれないです……」
「なんだよ、急に?」
「プロットです! プロットのアイデアですよ!」
「そういえば、もともとはみんなで脚本のアイデアを考えてたんだよね~」
「はい、でもさっきのやり取りのおかげで思い付いたんです……!」
アイデアが降ってくるとはまさにこのことだろう。
俺はようやく思い付いたアイデアを三人に話した。
「なるほど、それは面白そうなアイデアですね」
「へぇーいいじゃん、早速あらすじ考えていこうぜ」
「お姉さんも協力するよ~」
「はい、よろしくお願いします!」
一時は不穏な空気が漂い、一体どうなることかと思ったが無事に脚本のアイデアが浮かび、俺たちは四人で話し合いながら脚本のストーリーを組み立てていく。
先輩たちにアイデアを頂いたり、感想を聞かせてもらったりしていると、あっという間に時間が過ぎて、気付けば窓の外に夜の帳が降りていた。
「今日はありがとうございました」
会計を済ませて店の外に出ると、俺は深々と頭を下げる。
「おう、もっとアタシらに感謝しろよな」
「お姉さん、お話考えるの楽しかったよ~」
「旭さん、またなにかあったら相談してください」
「はい。ラインでも相談させてもらいます!」
三人のおかげでいくつかプロットのアイデアができたし、あらすじも考えることができた。
さらに脚本の相談に乗ってもらうためにラインのグループも作ってもらったし、先輩たちには本当に頭が上がらない思いだ。
はたして俺のプロットが採用されるかは分からないけれど、とにかく月曜日の脚本会議に向けて週末はプロットのブラッシュアップをしようと考えながら俺は帰路についたのだった。
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