第7話 プロポーズ

夕飯の唐揚げを頬張りながら、昼間の忍のばぁちゃんの笑顔を思い出した。

俺たちの結婚式を見られないのが残念だと……そう言ってくれていた……。


「……男同士で……結婚式なんて……あげれんのかな……」


ポツリと呟いた俺の言葉に、忍は食事をしていた手を止め俺を見つめた。


「……何かの記事で……同性同士の結婚式は見た事あります」


「………………そうなんだ……」


そしてまた俺は唐揚げを頬張る。


──けど……だからって…………そう簡単に結婚式しますって……訳にはいかねぇよな……

そんな……軽いノリじゃ…………ねぇよな……


机の上の唐揚げを見つめながら頭を巡らせる。


──忍と…この先一生一緒にいれたら……幸せだけど……俺………まだ学生だし……だいたい…親に面倒みてもらってて……結婚て……

イヤ…ちょっと待て……?でも『学生結婚』て言葉聞いたことある……

同棲じゃなくて……?……どうやって相手食わせんの?……学校行きながら……仕事すんの?

あっ!あれか……動画サイトとかで稼いじゃってるヤツか!……学生でも金持ってるヤツいるもんなぁ…………


口の中の唐揚げを飲み込み、自分の皿からまたひとつ箸で取り上げる。


──イヤ……ちょっと待て……だいたい結婚式って……あげんの幾らくらいかかんの!?……俺貯金ねぇし!……忍食わせるどころか………結婚式あげる金すらねぇ…………


思わず飯を食う手が止まった。

結婚式だってタダで挙げられる訳じゃないことに……そこで初めて気付いた……。

そしてその様子をずっと見ている忍にも気付かず


「貯金くらいしとけば良かった……」


ボソッと口から出ていた。

そしてなにより……そこで一番大切な事に……俺はやっと気付いた……。


──そう言えば、俺…………勝手に結婚しようって思ってるだけで…………忍になんも聞いてない…………

プロポーズした訳でもないのに…………なにその気になってんの…………?

そもそも……プロポーズって…………どうやってすんの…………!?

なんか正式なやり方とかあるの!?……指輪か!?指輪用意すんのか!?……


箸の先で持たれたまま口にも運ばれず、かといって皿にも戻されない唐揚げがポトリと落ちる……。

しかしその時の俺は自分の無知さにかなりのショックを受けていて……目の前が真っ暗で…………そんな事にすら気付かなかった。


───ちくしょう……やっぱ金じゃねぇか……貯金もない…………仕事もしてない…………その上…親のすねかじり…………最悪じゃねぇか……。


「…………俺…………学校辞めて…………働こうかな…………」


持っていた茶碗と箸を机に置き、俺はガックリと項垂れた。


───こんなんで……結婚とか……プロポーズとか…………とんだ笑い種だろ…………


すると机の上に置かれたままになっている俺の手に忍の温かい手が触れた。


「先輩……?どうしたんですか?……何に不安になっちゃったんですか?」


「………………忍……」


「先輩……昼間、ばぁちゃんが言ったこと……気にしてるんですね……?」


優しく……少し困ったように微笑む忍に


「……気にしてるって……訳じゃねぇけど……やっぱ、あんな風に言ってもらったら……俺も……見て欲しいなって……」


つい……本音を吐いていた。

本当だったら反対されて当たり前で……

もしかしたら、あんな風に言ってくれる人は忍のばぁちゃんだけかもしれないから……。


「──先輩……結婚式、挙げましょうか」


「……………………え………………」


「本当に……先輩と俺と……ばぁちゃんだけの小さな結婚式だけど……もし嫌じゃなかったら……」


忍の優しい瞳が、真剣に……真っ直ぐに俺を見つめた。


「俺と……結婚してもらえますか?」


忍の言葉に俺は間抜けにもポカンと口を開け、何も言えないままその瞳を見つめ返していた。


「…………嫌ですか……?」


「───イッ……イヤな訳ねえだろッッ!」


やっと思考回路が復活した俺は、熱くなる顔を誤魔化すようにまた語尾が強くなっている。


「……けどっ!……けど……そんな簡単に結婚て………………まだ俺……そのッ…………プロポーズも……してない……のに…………」


そして今度はどんどん語尾が小さくなる……。

もう顔が熱くて熱くて……

忍の口から『結婚』と言う言葉が出たことが、それはつまり……この先俺とずっと一緒にいたい……と言ってくれている訳で……

嬉しくて恥ずかしくて……なのにまた怒鳴りそうになるのを俺は何とか踏みとどまっていた。

すると、そんな俺に忍は


「今のがプロポーズだったんですけど……」


照れたように笑った。


「─────バッ…ババババ…バッ……バッ…カ…………」


子供の頃、親父が言った『へそで茶を沸かす』という言葉が可笑しくて、意味も解らず使っていたが……

今の俺は頭で茶が沸かせる……そう思う程、頭に血が昇り顔が熱くなっていた。


「──バカ野郎!──それはッ──それは俺が言うことだろッッ!!」


「そうなんですか?」


そして結局…怒鳴ってしまった俺に忍は変わらず笑顔を返している。


「──そうなんだよッッ!」


「なら……先輩が言ってください」


「────え………………?」


大好きな、優しい瞳が俺を真っ直ぐに見つめるから……

照れくさくて……

嬉しくて……

さっきまで色々考えていたコトを、全て吹っ飛ばした。


「…………俺と…………ずっと一緒にいてください」


いつも通りの2人の部屋で、目の前には忍が作った唐揚げがあって。

照れ隠しですぐ怒鳴ってしまう俺を、いつでも優しく笑って見ててくれる……忍が目の前にいる……。


「……忍と…………この先もずっと……一緒にいたいです……」


顔がバカみたいに熱くて……

手の平にはバカみたいに汗が滲んでて……

だけど俺は……忍を真っ直ぐに見つめ返し、正直な言葉を、素直な気持ちを口にしていた。


「───はい」


嬉しそうに、照れくさそうにそう言って笑った忍が堪らなく愛おしくて……

信じられないくらい汗のかいた手を服で擦り付けるようにして拭くと、俺を安心させるように触れたままだった温かい手を……

俺は強く握りしめた。

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