有限

田中ヤスイチ

有限

 私の正面の席で子供が目の前で通り過ぎていく街を見てきゃっきゃとはしゃいでいる。

 母親が靴を脱がせ、脇を抱え上げ自分の膝に座らせた。「あれは何?」というような高い声が車内に響く。母親は申し訳無さそうな顔をしているが誰も気に留めている様子は無い。

 私の正面には、桜と菜の花がピンクと黄、緑の美しいコントラストを描いている。

 列車は川沿いを走っている。停車駅は四つ。たった今、一つ目の駅に停車した。新婚夫婦らしき四人二組が降りた。そして、いま私の正面に座る母子と同じ座席の離れた位置に座る母子の四人二組が乗ってきた。

 私の目的は、終着駅だ。先に向かった妻によると、この川に斜めに架かる橋があるらしく、そこから見える川と両脇の風景が絶景なのだという。

 私は、出発の準備が遅れてしまい妻がしびれを切らし先に出て行ってしまったのだ。

 ギリギリまで、スーツを着るか、普通のよそ行きの格好で行くかを悩んでしまった。

 妻は「はー」とため息をつき、やれやれという表情を浮かべ先に行ってしまった。昔からこうなのだ。サバサバしてるというかせっかちというか。

 やがて、外の風景は、緑が目立つようになっていた。目立つ花などが無い分、深い緑に日光が反射して輝いている。

 前の席の子供は、母の膝に飽きたのか座席で膝に手を乗せちょこんと座っている。だが、手をもじもじしてみたり、首をキョロキョロさせたりと落ち着きが無く、母親に叱られてしまっている。

 電車が二つ目の駅に停車する。

 すると、子供が「着いた?」と満面の笑みを母親に向ける。母親は、「ええ」と優しく微笑み彼の手を引いて駅へ降りた。

 二つ目の駅では人が乗ってきた。大学生らしき二人の青年だ。彼らは、落ち着いた柄の入ったスーツを着ている。正直言って似合っているとは言えない。だが、細身の体にはぴったりと合っている。

 ドアが閉まり、列車がまた走り出す。

 風景は、また変わっていく。木々は見えず、黄金色の田園地帯が見える。見渡す限りずっと広がっているかなり広大な地帯だ。

 青年らは、外など見ず、スマホの画面に夢中だ。確かに田んぼよりその電子板の方が得られる情報は多そうである。

 青年が不恰好だったネクタイを外す。そして、スマホを自分の膝に置き、ネクタイを首にかける。彼は、動画を見ながら自分の首に見映えよく結び直しているようだ。

 結び終えるとスマホを鏡代わりにして、結び目を整える。それを、終えると、前髪を直し、立ち上がった。三つ目の駅が近いらしい。それに、つられるよう、もう一人の青年も立ち上がる。

 扉が開くと、カツンと革靴の音を鳴らし彼らは降りた。改札の向こうにぼんやりと見える二人の女性の姿には少し見覚えが無くも無い。しかし、誰かは分からなかった。

 三つ目の駅では子供から老人まで様々な人物が一人で乗車してきた。そして、みな私と同じ側の席に座った。私の正面の座席に人はもういなかった。

 三つ目の駅から終着駅まではとても長かった。

 風景はじわじわと変わっていく。だんだんと薄暗くなり、風も強くなった。

 やがて外の風景は、白銀の流れるカーテンによって見えなくなっていた。だが、ビュービューという風の音がよく聞こえる。

 やがて、風が止み始める。

 窓の外には、白銀の世界が広がりそれに日光が反射している。

 橋が見え始める。

 石で作られた頑丈そうな橋である。

 列車が橋を渡り始める。

 今まで背中側にあった窓を振り返って見てみた。

 左側には白銀の世界、右側にはピンク、黄、緑のコントラストの世界。

 決して交わらないものが、今私の眼前に広がっている。

 真ん中には、透明な水が穏やかに流れる川がある。

 列車は橋を渡っている。

 風景は段々と白銀のみになっていく。

 列車は橋を渡り終え終着駅に到着した。

 扉が開く、そこには妻がいた。

 悲しそうな、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべヒラヒラと手を降る妻がいた。

 私は立ち上がり、プラットホームへ降りる。

「はー、結局スーツにしたのね。」

 妻は、そう言いながら、私のネクタイをくいっと引っ張り真っ直ぐに直した。

  

 

 

 

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有限 田中ヤスイチ @Tan_aka

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