記憶ロボット

田中ヤスイチ

記憶ロボット

 僕たち一族は、一つのロボットに代々の記憶を保存している。

 僕で十五人目、一八九九年から二九〇〇年、のべ千年ほどの記憶がある。

 ここでいう記憶について説明をしなければいけない。記憶というと少し仰々しいかもしれないが、いわゆる視覚情報である。つまり、生まれたとき初めてみる景色から死ぬ直前にみた景色まで全てである。

 今目の前に、そのロボットがある。実は、前の保存者である父に「死ぬ直前まで代々の記憶は見るな、理由は知らんがそう伝えられている。他は何を聞こうが、やろうが問題ない。それだけは守れ。」と言われていた。だから、僕も息子にそう伝えていた。

 僕は多分もうすぐ死ぬ。ロボットに昔聞いた寿命が近いのだ。

 何十年か前、二十歳になる前だっただろうか。僕は「いつ死ぬのか」とこのロボットに聞いた。すると、「過去の方々は大体、六十三から六十七歳の間に死んでいます。それより前、それより後に死んだ人はいません。」と返って来た。僕は今、六十七歳。そして、明日六十八歳になってしまう。このロボットの発言に当てはめると、僕は今日死ぬ可能性が高い。

 僕はこのロボットに様々なことを聞いた。高校、大学受験、就活、結婚、子育て、その他様々な悩みをたくさん聞いた。ロボットはいつも的確に答えてくれる。過去の記憶から最善の策を提案してくれるうえ、それを実行した上での予想される結果も教えてくれる。

 ロボットがある部屋に行く。

「もう一度教えてくれ。代々の人達は、六十三から六十七歳の間に死んでいるんだな?」

「ハイ、ソノトオリデス」 

「じゃあ、僕が今日死ぬ可能性は高いと?」

「イチガイニ、ソウトハ、イエマセンガ、データダケミレバ、ソウイエマス。」

「じゃあ、僕に代々の記憶を見せてくれ。そうだな、父以外は二時間程度にまとめてくれると嬉しい。父はそうだな。父の中で強く印象に残ってそうな場面だけ抽出したりできるか?」

「ワカリマシタ。カノウデス。デハ、オミセイタシマス。」

 そういうとロボットは、プロジェクター設定になり、後ろのスクリーンに記憶の映像を写した。

「その機能はいつできたんだ?」

「センキュウヒャクハチジュウネンゴロニ、トウサイサレマシタ。」

「そうか、じゃあ始めてくれ。」

 スクリーンに初代らしき人物の記憶が写し出されていた。重要事のみ簡潔にまとめられており、出産から節目節目を順に追っていった。そして、初代は、六十三歳で病気で死んだ。最期の瞬間には娘の顔があった。

 そして、二代目、三代目と見て行ったが特に変わり映えしない普通の人生のような印象を受けた。彼らは確かに、六十三から六十七歳の間で病気によって亡くなっていた。

 余りにもどの代も同じような人生なので、僕は眠気を覚え、虚ろになってしまっていた。

 

 聞き覚えのある声がした。祖父の声だ。祖父の声がスクリーンから聞こえる。僕は眠っていたようだ。

 だが、彼の死ぬ瞬間の映像を見てハッと目が覚めた。彼の最後の記憶はロボットの顔だった。

 僕は覚醒した目で次の父の人生を見ていく。

 死ぬ直前までは、時代風景以外、一、二、三代目と何も変わらない。

 父は僕と同じように自分の寿命について尋ね、僕と同じ回答をロボットから貰い、六十七歳最後の日にロボットが置かれる部屋にて代々の映像を見ている途中で寝てしまっていた。そのため、画面は暗闇になった。

 やがて、父にとっての父親、つまり僕にとっての祖父の声で目を覚まし、映像を集中して見ているようだった。瞬きも少ない。そして、祖父は最期の瞬間を迎えた。それは、驚愕の内容だった。


 祖父の映像が終わり父の記憶を通してロボットが喋りだす。

「ゴランイタダキマシタトオリ、ワタシハ、ヒトリ、ロクジュウナナネンノキオクガゲンカイデス。ソレ、イジョウシマスト、ワタシハ、コショウシマス。エイキュウニナオリマセン。」

「そんな…。」

 父の視界は涙で滲んでいた。

「どうにかならないのか?君以上に頼れる者はいないんだ。」

「ドウニモナリマセン。ソウ、セッテイ、サレテイルノデス。」

「誰に?」

「ワカリマセン。ソウ、セッテイ、サレテイルコトダケ、リカイシテイマス。」

「どうすればいいだ私は。君がいないと僕は生きていけない。今ままでもそうだったじゃないか。」

「スイマセン。ソウ、セッテイサレテイル、ノデス。」

「そうか」

 父は、何かを決心したようだ。

 ロボットのある部屋から退室し、自室の棚からロープを取り出し、椅子に乗って天井に括り付け、垂れている先端に輪っかを作っていた。

 そして、ガタンと音がし、父の視界は暗くなっていった。そして、最期の瞬間には眼下にて父を見上げるロボットが写っていた。


「おい、どういうことだ。父は急病で死んだと君から聞いているぞ。」

「モウシワケアリマセン、イママデノケイケンカラ、ジサツヲ、ムスコサンニツタエルノハ、テキセツデハ、ナイト、ハンダンイタイシマシタ。」

 僕は、声が出なかった。ただ、唸るのみだった。

「サテ、ゴランイタダキマシタトオリデス。ワタシノキオクニハ、カギリガ、アリマス。ジュウゴダイメハ、ドウシマスカ?」

 僕の考えは、すでに決まっている。

 

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