第16話 王子の事情

 ドルンには生まれた時から前世の記憶があった。

 自分が元々地球人で、いわゆる異世界転生をしたということにすぐに気がついた。

 そんな彼が、この世界が元々自分が前世でやったゲームと同じ世界であったことに気がついたのは彼が5歳になってからのことだった。


 『呪われ姫と茨の呪い』というゲームは、いわゆる乙女ゲーで平凡な女の子が攻略対象の男性と一緒に冒険しつつ恋愛をするという内容になっている。

 そして、その冒険の最後のボスを飾るのが『最凶の魔女ローズ』という女性だった。


 ローズは生まれた時に悪い魔女により呪いがかけられて、惟一自分を愛してくれた母以外の愛を知らずに育った。

 その上、父である国王から政略結婚の駒として隣国に売られた挙げ句に、隣国で暗殺者に殺されかける。

 その際に、彼女にかけられた呪いが発動し、周りにいる暗殺者を国もろとも殺し、彼女は最凶の魔女になったのだ。

 そんなローズが隣国にいると知ったドルンはなんとしてでも彼女を救おうと考えた。


 元々前世でゲームをクリアした時から彼は違和感を覚えていた。

 主人公たちは幸せになるのに、ローズだけは最初から最後まで不幸のまま。

 製作者によって生まれた時から不幸になる定めを与えられた少女をなんとか救うことはできないのかと。


 幸いにも彼にはゲームの知識があった。

 それを使って彼は計画を立てた。

 その一つが魔女への弟子入りだ。幸いにも彼には魔法の才能があったため、十分に強くなることができた。

 また、前世の知識を使って国での貢献度を稼いだ。

 そうして、無事にローズのことを自分の婚約者として国に招くことに成功した。


 しかし、ローズが呪われているという話は、ドルンの国でも有名で特に父親からは反対された。

 念願のローズが国に来ているのに、全く会わせてもらえず軟禁されることになった。

 結局父親を説得することを諦め、会いに行こうとした結果があの抱きとめの真相である。

 元々、国に対してはさほど興味のなかった彼がローズを助けるために、一緒に国から出たのは必然と言えるだろう。


 国から離れ自由都市に向かったのも、なんとか運命を変えられないか模索した結果だった。

 しかし、ローズの呪いは発動してしまった。

 今回はギリギリで止めることができたが、いつまた発動するはもわからない。

 やはり、運命を変えるためには元凶を倒すしかないのだ。

 それは、即ち、


「呪いをかけた悪い魔女を倒すことだ」



 ドルン様の話は難しかった。

 前世?地球?よくわからない。


「これが僕の秘密とキミに伝えたかった」


 信じてくれるだろうかと不安そうにしているドルン様に、


「信じます」


 と即答した。

 ドルン様が嘘をついている様子はまったくなかった。

 私が最凶の魔女?というのはちょっと疑問だったけど、あの闇に飲まれた先にはたしかにそんな未来があったのかもしれない。

 不思議とそれがわかってしまった。

 覚えているあの時の自分はそれだけ世界の事を恨んでいた。ドルン様がいなかったら確実に堕ちていたことは間違いなかった。


「ありがとう。信じてもらえて良かった」


 ドルン様が私を抱きしめる。

 その表情はどこか泣きそうな、しかし安堵したような顔だった。

 いつも私を引っ張ってくれたドルン様がこんな風になるなんて、それだけ重い秘密だったんだろう。

 私もドルン様を抱き返した。

 ようやくドルン様の事を知ることができた気がする。

 私の目からも涙がこぼれ落ちた。

 それは悲しみではなく、心が通じ合った喜びから来るものだった。



「それで、これからのことなんだけど」


 次の日の朝の事。

 互いのことを理解した私たちは今後について話を始めた。


「昨日も言ったけど、やっぱりローズの呪いを解きたいんだ。そのためには、悪い魔女を倒さなきゃならない」


 決意を秘めた表情でドルン様が話す。しかし、私は心配だ。


「私のために、そんな無理をなさらなくても……」


 しかし、ドルン様は首を振る。


「いや、これはもはや僕自身のためでもあるんだ。これからもローズと一緒にいたい。そのために重要なことなんだ」


 もはや説得しても、ドルン様の決意は揺るがないということは理解できた。


「実は師匠に協力してもらって悪い魔女の動向も調べているんだ」


「そうなんですか?」


「ああ、ローズに呪いをかけた悪い魔女というのは実は師匠の姉のことでね、万が一のことが合った時のために師匠にもお願いをしておいたんだ」


 そんなことしてたんだ……

 本当に私は何も知らなかったんだなぁ。


「それで、つい先日、情報をつかんだって連絡があってね。今はそれを待っているところなんだよ」


 ちょうどそんな話をしていると、トントンと家のドアがノックをされた。


「噂をすれば……かな?」


 ドルン様が玄関のドアを開ける。

 そこには、まさに噂通り、ドルン様の師匠である魔女さんが立っていた。


「師匠。お久しぶりです」


「やぁ、ドルン。ローズ姫も久しぶりだな」


 挨拶をしつつ魔女さんをテーブルに案内する。


「それで、今日は連絡があって来たんだが……」


 魔女さんはちらっとドルン様の方を見る。ドルン様は頷いて返した。


「その様子だと、全部知ったみたいだな。それじゃあ、隠す意味はないな」


 私に聞かせて大丈夫なのかの確認だったみたいだ。

 そして、魔女さんは続けた。


「姉の居場所が掴めた」


「本当ですか!」


「ああ、私の姉は今、ローズ姫の国にいる」


 それは、私達にとって重要な情報だった。

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