第13話 誰かが開けた大穴

 向かい合って眠りについたシオンは背後にくっつく魔女に背を向け朝を迎える。こうして反乱軍が準備を進めていた頃、対するヒスイ国軍も炎上騒ぎの鎮圧化に動き出し、早朝から兵士たちは蟻のようにあわただしく城内を駆けずり回っていた。


 反乱分子による情報漏洩と、予定より早く溜まっているクリオネの願いの力についても王は不安を募らせている。政治を行う老人らやホオズキも、シオンが情報を拡散しているのではと考えるも王はそれを否定する。


 「願いを叶える精霊なる噂が流れ始めたのは、学生寮に入り城壁を超える行為が習慣づいた後の事。それ以前にシオンが知る術は無い。それよりも前に抜け穴を利用し、穴を通した元凶が噂を流しているだろう」

 「目星はついているのですか?」

 「過去、妻に禁術を与え精神を犯したとしてネモネアに追放された研究員が数名いた。奴は全魔法の記憶を失い民間の魔女狩りによって死んだとされていたが、現に赤髪の魔女として国中を混乱に陥れている始末。復讐を企む輩は見つけ次第必ず始末せよ。良いなホオズキ」

 「…仰せのままに」




 これは王や城壁建設に携わった者だけが知る秘密。城壁は材質の都合上、塩水によって腐敗するという特異性質があり、初めはシオンが抜け穴を通したと思っていた。それはシオンが屋上の監獄から落下する際に使用した呪文、水の波動を生む渦潮デラクレムから生まれた水に塩味があったからだ。


 しかし、塩水による腐敗はあまりにも微々たるもの。数十メートルもの城壁に穴をあけるにはとてつもない量の魔力と時間を要する。それを可能にするのは魔法を取り戻しつつある危険人物、ロエナ・フリージアの仕業であると王は疑いをかける。




 果たして城壁の抜け穴は誰がいつ、何のために掘ったものなのでしょう。






____________





 「このままでは子供達を外に出せません」


 ボブカットの鮮やかな赤髪、華奢でいて力強い目をした女性は、ガラス越しに大勢の人々が兵士と争う光景を眺め、繊細な声色で呟いた。その頃、酒場にて魔女たちの帰還を待っていたマスターは荷物の移動を完了させるためフィオとエリナに加え妻のマリーを店に招いていた。


 外に出る機会を伺っていたマスターのコンタクト越しには窓の外に紫や赤といった色のオーラが飛び交い、うごめく赤黒いオーラの塊が店のドアへと向かったその時、爆発音と共に店の正面ドアを吹き飛ばし兵士数人が店内へとなだれ込みます。兵はロエナ及び反乱軍のアジトを探しているようで、居場所を吐かなければ家族を人質にすると脅し、母マリーは怯える子らを抱きかかえ兵を睨む。




 「魔女ロエナ・フリージアを匿う反乱軍基地がここに在るとの報告を受けている‼今すぐ投降願おう」


 兵は言います。すると日が差し込むドアの前で瓦礫を拾い、自分を受け入れてくれた居場所を汚されたことに静かに怒る、お望みの危険人物が兵士たちの背後に現れる。


 「か、覚悟ーッ‼」


 一般兵の一人は叫び魔女に剣を振りかざす、その前に魔女は女子供に目線を送ると、憐れみを含んだ静かなる笑顔に影を落とし、指を鳴らして稲妻エクレアを放つ。そして不思議な力でロールケーキのように剣を折り畳み、兵士全員を華麗に店外へと吹き飛ばしました。


 ピンチに駆けつけ悪をなぎ倒す正義の味方。その後ろ姿に子供達やシオンは目を輝かせ、お隣のマスターは右眼に写る魔女のどす黒いオーラに恐れおののくばかり。憎悪にまみれながらも満更でもないご様子のロエナは『お怪我はありませんか?』とご家族の身を心配した。


 「シオンさん大丈夫ですか⁉」


 そこに心配そうに駆けつけたアコナちゃんや反乱軍メンバーも後から駆けつけた合流した。









 ここからはマスターは家族を実家に送り届け、ロエナは外部に計画が漏れていると予測し、早急に城壁の破壊に向かう事に。その間作戦の鍵となるシオンは捕まらない場所に居なければならず、そこで城壁破壊後に姿を現すまでの間、背丈の小さい子供たちに紛れ家族としてやり過ごせはしないだろうか…とアコナは提案。シオンは少し抵抗を見せながらもマスターはその意見を肯定した。


 「でも、さっきみたいに子供達を危険に晒すかもしれない…」

 「アジトの場所が漏れていた事や、ロエナさんへとメインターゲットが変わっていたことも気になるが、城壁が壊れさえすればこっちの勝ちだ。それに君というの魔法使いがいるなら俺よりもシオン君の方が安心だよ。だからうちの子を守ってくれるとありがたい」


 心配するシオンにフィオは『あのお姉さんは強いから大丈夫‼信じよう‼』と一声。子供たちはシオンの真似をしているのか毛布を頭巾代わりに被りフードに見立てる無邪気さで勇気を与え、マスターはコンタクトレンズを片目にはめ気合を入れるとロエナ側に加勢する方向で作戦を開始する。


 攻撃を寄せ付けぬ権威の盾シオンを最強の切り札に構え、最強の矛ロエナが前線にて城壁を破り王の真意を討つまで、再び期待に耐える決意が固まった。


 











 子供三人を連れた大家族一行は貧困街近辺にある実家へと歩みを進めていて、その道中でも市民らは農具で兵と争っていた。税負担を強いられていたことに怒りをぶつける農民の鎌は兵士の剣によってはじき返され宙に舞う。そして刃はエリナの顔へと吸い込まれていく。


 「危ない‼」


 シオンは近くにあったバケツに溜まった水を操作し咄嗟に鎌を包む。その拍子にエリナともつれ二人は転んでしまい顔が兵士たちの前に晒されます。こうして顔がばれるや否や、兵士と農民は両方とも追いかけられ、逃げようにもエリナは足のすねをすりむきその場でうずくまり、マスターは負傷した娘を背負い一旦近くの建物にしばらく隠れてやり過ごしました。


 誰ふり構わず追いかけてくる狙いは何なのか。考察をしている間にも背後から農民らしき男の手が忍び寄ります。するとその男はシオンに掴みかかろうとした途端叫び声を上げ、火がついた尻を抑え一目散に逃げていきました。驚きのあまり体勢を崩したシオンを見下ろす小汚いローブを着たその者に対し、心当たりがるフィオとエリナは叫びます。




 「「  森のおばけだぁぁぁ!!! 」」








________________





 「水の加護強化…」


 そう呟くロエナは青い宝石があしらわれたシルバーの指輪を天に透かしている。それはテントの中で製作していたものであり、右手中指に試着し勝負に臨みます。


 「姉さん、関門付近は白い兵隊だらけで、あんたを処刑しようと…」

 「大丈夫。すぐショーを始めるよ。それと例の物、もう用意していいですよ」


 ロエナは何かを企んでいる様子、事情を知らない男の一人にはこう説明した。


 「いいですけど、それで一体何を?」

 「あいつらが大好きな科学実験」












 関門前の広場で大勢の白兵団と相見えるロエナ・フリージア。タバコを一服しつつ、シオンにいいとこ見せたかったなぁと軽いぼやきを挟んでは、爽やかな香りを肺に染み渡らせ精神を集中させる。これから始まる戦いは国の命運がかかった一大任務を大前提とした、ただのストレス発散。


 どうせやるなら楽しもう、そう心を改め戦いを開始する__




 白兵たちは、ほぼ単独でやってきた魔女の力を無効化せんとマギアを起動し先手を打つ。それまでに準備を終えていた男達は市民を安全な場所へ離し、魔女の合図で白兵をコーヒーの出涸らしやコーンスターチといった粉末で粉まみれにした。そこへ口に咥えていた最後の一本を、舞い上がった煙の中へ放り込んだ。


 既に着火されたタバコの小さな残り火は瞬く間に粉末の微粒子から微粒子へと連鎖反応を起こし、白い煙は巨大な唐揚げへと調理され、唐揚げは巨大な蝶の群れへと昇華。眠い顔で余興を済ませた魔女はタバコの空箱を踏みにじり、本日のメインプログラム、城壁解体ショーを開幕させる。




 立ち上がろうとする白兵には急接近し炎や雷撃、物体移動で翻弄。無効化の引き金を引こうものなら得意の体術でマギアを弾き飛ばし、白装束の頭上を踏み越え城壁の前へと道を切り開きます。そびえ立つ大壁を前にした魔女は懐から魔方陣が書かれた紙を一枚用意し、物体を複製する魔法でトランプカード一セット分の枚数まで複製すると垂直に切り立った壁の側面を走り出し紙を貼りつけていきました。


 ここで城壁の破壊を阻止せんと立ち上がる白兵の前に反乱同士達により投げ込まれた粉末が両者を巻き込み、ロエナの炎魔法と白兵の無効化との早撃ち勝負が始まった。


 どちらもほぼ同時の発動となった早撃ち合戦、先に引き金を引いたと自負する白兵は勝利を確信します。しかし勝利を確信したのは魔女も同じ。まさか自爆を覚悟で炎を生まないだろうという小さな判断の遅れが勝敗を期し、先に発動したロエナの灯が消えるより先に微細なる火種は微粒子へと引き継がれ、大爆発。場の全員が巻き込まれる事態となった。


 自爆戦法に驚く間もなく白兵らは戦意喪失。自爆したと思われたロエナは水の渦に包まれた状態で煙の中から姿を現し、指を鳴らしたのを合図に水は弾け、壁はボロボロと崩壊。魔女のマジックショーは終演を迎えました。




 「助かったよシオン」


 彼女の右中指に光る指輪に思いを馳せるロエナは感謝の意を示し、崩れゆく城壁の前に、悲し気に写る魔女の背中は表情を伺わせず、誰よりも先に城の方向へと歩いて行った。


 彼女が城壁を破壊するため書庫にて選んだ魔法とは、爆破や破壊といったものではなく分解ディゾール。物理学の観点から導き出された、いかなる物質をも分子レベルで崩壊させる万能呪文である。その他、親しき友から教えてもらっていた渦潮デラクレム複製コペストを用いたとされる。




 かくして区を分断していた正門側の城壁に大きな穴が開き、閉ざされていた互いの世界は公に露わとなり王との集団直訴まで迫るところ、坂道の上から現れたホオズキと、赤と緑を基調とした高貴な服装をした兵隊が反乱者へと銃を突きつける。




続く

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