第8話 反乱の兆し

 城へ向かう馬車からあっけなく下車を許される際、ロエナは私の右の腰に手を添え、左手を優しく握って下ろしてくれた。それはガサツで破天荒な彼女とは思えぬ紳士っぷりで、突然のエスコートに少し胸が高鳴った。ガサツそうに見える彼女も意外と気遣えるところはあるようだ。


 やけに検挙が早い事、ローバの薬屋店内からは薬が、秘密の部屋までもが書類が押収済み。投降勧告と指名手配の張り紙がなされ、ここでの住み込みは危険と判断された。そこで途方に暮れていた二人の元へ背後からマスターが駆け足でやってくるなり足早に二人を連れ去っていきました。







 兵士の包囲網を掻い潜りマスターの酒場の裏口へと到着すると男性客の一人がドアを開け、その先には音楽家の人らや常連客が勢ぞろい。そこでマスターは二人のために現状を説明をします。


 「政府が魔法の全面使用を禁止するとの情報が入った」


 全面禁止、それは魔法文化そのものを根絶する意思表示と捉えてもよいもので、元々少しづつ時間をかけ規制に慣れさせながらじわじわと潰していく長期的な計画だったと、その場にいたアコナちゃんは推測しました。


 自分のせいでとんでもない事件に発展してしまったと自責の念に駈られていたシオンをマスターは慰めの言葉を贈ります。魔法は我々にとって元々生活の一部であり、培ってきた技術と財産として、多くの者が小さな火種を絶やさず大事にしてきた文化でもある。それはいつか誰かが声を上げねばいけなかった問題であり、清々しいほどに全面禁止と出てくれるのならむしろありがたいもの、国に反抗を示すに値する明確な侵害問題であるとプラスに捉えていると説得しました。


 危険を顧みず国の側の人間でありながらも我々のため行動してくれていたことに感謝していて、その程度の迷惑ならば喜んで支えるとマスターは言います。







 全面禁止するという情報の出所が気になったロエナは疑問を投げかけると、アコナちゃんからマキという青年から託されたという文献を差し出します。それはいつの日かシオンが書庫で見ていた報告書類であり、マキが持ち帰っていたものでもありました。


 一人の青年が命を賭して守り抜いた文献によって酒場の一部の人たちは今日初めて壁の向こう側に街があるという真実を知ります。これによって人々に問題提起を訴えることができるものの、課題はその内容の証明。事実無根のでっち上げだと言われてしまえばそこまでの事、より明確な証拠が必要となる。そこで計画の第二段階として区分けされている外壁を取り除きさえすれば…と議題を持ち掛ける。


 唯一の頼りになる魔法もマギアの一種で封じられ、反乱を起こしても逆らえはしないと音楽家たちは反論。それに対し魔導書さえあれば可能になるのでは?と問うシオンに対しロエナは否定的でした。転移用の魔導書は既存品が最後の一品、書庫で眠らされた際にも本は押収されたままとなっている。そこからロエナ宅が荒らされていたことにも繋がっていて、書庫は専用のマギアがなければ開錠できないことも実証済みとしてその筋は望み薄とされた。




 第一次作戦会議は終了し常連客たちは各自帰宅。その後マスターは泊っていくよう催促してくれた。二階の一室をお借りさせていただけることになりお風呂まで沸かしてくれた素敵な機会に、ロエナは女同士裸のお付き合いをシオンにご所望します。






_____________________




 「きゃあああ変態‼破廉恥‼不敬罪‼」


 しっぽり、のんびり。城のお風呂と比べると圧倒的に狭い浴槽に収まる二人。シオンは背中に当たるたわわなお胸を背もたれに湯船に浸かり、ロエナは背後からやたらぺったんこなお胸をおさわりしてくる。そこでし返しを試みたところ彼女のへその下あたりに何かの文様を発見。波打つ湯船の水底に目を凝らそうとしたところへ再び正面から胸を揉まれてしまった。


 「…何?」

 「いやぁ、小さいなぁって」


 たまらず彼女の額に頭突きをお見舞いするシオン。何を考えているのやら、ロエナは真顔で胸を揉んだり髪艶を確かめたりと、やたらボディタッチが激しくなっていった。そこでふとロエナのの左手につい目が行き、その手を持ち上げては一つ気になったことを言及します。


 「指輪つけてなかったっけ?左薬指に」

 「男除け。もあるけど、指輪は杖の代用品でもあるの。魔法使いは本来杖を使うんだけどね」

 「絵本に出てきた魔法使いも大きな杖を持ってたかもしれない」


 これは王妃様がロエナへと伝えられた事。杖には劣るけど指輪なら人を欺ける。近い将来、杖狩りなどという恐ろしい徴収制度が行われるようなことがあれば指輪を使おうと、事態を見越した王妃様は逃げ道を教えてくれていた。今を大切にするのも大事な事だけれど、未来への心配が結果として今の幸せに私は繋がっている気がするるのだと。




 王妃様と共に青と赤の宝石を埋め込んだ指輪を製作していた頃の記憶がロエナの脳裏に蘇り、その傍で油断していたシオンに三度目となる魔の手がぺったんこの小山を襲撃。再びロエナの顎下へと頭突きがお見舞いされた。





_____________





 風呂から上がった二人はそれまでの間、まるでこうなることを分かっていたかのように配置されていた二つのベッドにそれぞれ潜り、いい感じのムードを醸し出していた蝋燭の光は月の明かりへに主導権を渡します。互いに正装のままベッドに入り眠るだけとなり、シオンはローブのポケットから取り出した石を棚の蝋燭の傍に置こうとしたところ、その石が熱を帯びていないことに気付きます。


 ローブを風呂場で洗濯する際に石を脱衣所に置き、風呂上りに回収し今に至るまでつい気づかなかった。石が暖かくないという違和感のある発言に何か勘付いたロエナはそれに強い興味を示し、石を渡すとそれを舐めまわすように観察し始めては、これが“雌雄響石シユウキョウセキ”という生き物であると言いました。


 それは川の流れなどでたまたま触れ合う事でのみ交配し繁殖をする物体で、生物と鉱石の分類がはっきりしていない不思議なアイテムだとという。主成分のほとんどが鉱石であるにもかかわらず雄雌の概念があり、結ばれると生涯に渡り互いに柔らかな温度を保つようになる。稀に同性同士で結ばれる現象も低確率で起こることからも生き物であるという説を唱える学者もいて、ロエナもその側なのだとか。しかし温かみが無くなる現象も研究はされていたものの原因は分かっておらず、結ばれてから熱が消えるパターンは極めて稀らしい。






 ロエナが興奮気味に語る姿は珍しくとても喜んでいる様子だったので、それをプレゼントすることにした。


 「いいの?」

 「うん。形に残るものはあまり好きじゃないから。ちなみに私もそれは生き物だと思う」

 「君もそう思うんだ!気が合うね~」

 「いや、私実は金属触れないんだ。それでも触れるから多分そう」

 「へぇ。なるほどねぇ」

 「じゃあおやすみ」


 それからすぐに誕生日を聞こうとしたところで疲れ切っていたシオンはぐっすりとお眠りに。過去の記憶を遡りシオンが生まれた月を王妃様が口にしていたことを思い出しつつロエナは遠く離れたベッドを見つめて眠りました。







___________________






 湿気を帯びた空気と外の自然光、じっくり焼かれたお肉の香ばしさに鼻を突かれ目が覚めると隣のベッドは既に布団が畳まれていて、二階から酒場へと階段を下りた先にはテーブルに並んだベーコンと目玉焼きと白飯といったな皿がお出迎え。シオンはそれに目をキラキラと輝かせ席に着いては辺りを見回します。普段お目にかかれない早朝の酒場という雰囲気はとても新鮮で、胸が高鳴るものがあった。そこへ厨房から出てきたマスターとロエナがひょっこりと顔を出すのだが…


 「あらごめんなさい、のごはんと比べて幻滅するのはよしてくださいね」

 「何その姿…」

 「こういうのシオン、好きかなと思って」


 わざわざ作って頂いた豪華な食事に文句などあるはずもない。しかし朝っぱらから裸onエプロンという破廉恥の極みを見せつけられたシオンなりのお返しとしてロエナはひえっひえの冷水を頭からぶっかけられ、厨房から出てきたマスターはわけもわからず首の裏に冷水を流し込まれました。




 着替えを済ませた年上の男女二人と面と向かってごはんを食べるという行事もまた

新鮮みがあり、人と話しながら食事を囲むというまるで家族みたいな体験に心を躍らせていた。


 「マジか。おじさん泣いちゃうぞ」

 「今まで誰ともご飯食べたことなかったの?」

 「学校じゃいつも一人だし、王宮では礼儀作法の勉強も兼ねた食事が定例だったので。高価なフルーツに高級なお肉も食べ放題。でも食事中は会話が禁止。食べたいだけ食べようとしたりお作法を間違えれば召使いのおばさんからお尻を引っぱたかれたもんだよ」


 と、どこの老人だと突っ込みたくなるようなやれやれ感を漂わせるシオンの王宮話に大人二人は若干引いていた。12歳ごろまでは親元を離れず王室の元で厳しい教育を受けていて、家族で楽しく食卓を囲むといった概念は幼馴染の自慢話から知った異文化だったのです。熟成高級肉であろうがまるで味がせず、かくいうロエナも王妃様と仕事の合間に食べる握り飯が一番美味しかったと語る。




 その時ドアのノックが聞こえ、マスターはやってきた男を招き入れます。その人は写真が動く魔法新聞などを作る印刷業者で、格差の現状や裏工作の証拠を事細かく記した暴露記事を複製してくれていた反乱軍の一人であった。それから急ぎ食事を平らげては紙の束を麻袋のショルダーバッグに入れ何も言わずそそくさと酒場を出て行っていこうとするシオンの後ろ姿をロエナはまじまじと見つめていた。



続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る