第4話

 ところが、である。変調はここに至って、

「作法がなってないようですね」

「男子とてお茶一つまともに淹れられるようにならなければ」

 いきなりのお上品口調をしでかした二人である。

「あのー」

 こうなってしまえば、やはり彼女らが何か仕掛けを施しており、何ならこの様子を撮影し、狼狽する文芸部男子なんて動画を企画しているとさえ疑わしくなる。

「このお嬢さんたちを驚かせてしまいましたが、少々申しておきたいことがございまして」

「あなたがそのお相手にふさわしいということで、こうして参上した次第」

 よくもまあここまで台本をこしらえたものだと、「からかうなーッ!」とか憤慨を示した方がいいのかもしれないだろうが、却ってあきれてしまうくらいだから、

「はいはい、どうぞ。おっしゃってください」

 軽くあしらうに越したことはない。

「私、清少納言が申し上げます」

「私、紫式部が申し上げます」

 二の句が告げないとはこの時のことである。役に没頭するにもほどがある。いや、逆か。どうせやるのなら、口調も平安時代にトリップすべきである。

「あなたに合わせて現代語に訳しています」

「それは重々承知しておりますから」

 設定がガバガバである。憑依ショーだってもう少しまともな筋書きにする。

「印税の手続きをしていただこうかと」

「私どもの手元に入らないというのはいかがなものかと」

 歴史上の女流作家が印税生活を所望するために現世に現れた、どこのテレビ局でもドラマになりはしまい。

「あのー、もうちょっと」

「冗談です」

「おかしいでしょう?」

 それを言うなら「いとをかし」くらいは仕込んでおいてもらいたかったが、相手をしていたら日が暮れてしまう。すでに十六時四十分を過ぎてはいるが。

「さて、場が暖まったところで」

「本題に入ることにいたしましょう」

 お茶を飲んだからあったかくなったのは体の方だとは言わないでおくことにした。

「いとほしとめでたしはご存知ですか?」

「もちろんあなた言うところの古語ですよ」

 とりあえず定期テストで七十点以下にはなったことのない古文の実力である、九十点以上もとったことはないが。まだ一年以上はあるが、大学入試において基本的な語彙となる古文単語は覚えている。

「そんな二つの単語の確認のために、あの世からわざわざお越しいただいたのですか?」

 皮肉としては絶好調である。ところが、

「おかわりいただけましたか」

「というわけでございます」

 なんて調子であしらわれてしまった。これのどこがおもしろいコントなのだろうかと、

いい加減ブチ切れようかとも思うのだが、ここで錯乱してしまえば、それこそ敵の思うつぼ。いっそのことなら、

「もう少し詳しくご説明願いませんでしょうか」

 乗っかかるのも手である。自己申告だが、稀有な傑作を世に出したお二人方だと言う。それならば、ぼろを出させるためにも、ボケ役としてドッキリに引っかかるよりも、あえて土俵に上がってしまえば、中久保カツミ自身の懸念にとっても良い風通しになるかもしれない。

「簡明に申し上げられるのでしたら、誰も好き好んで文芸を著述なぞしません」

「私とてあの長大に書いたにもかかわらず、十分ではなかったのですから」

 それこそ彼女らの言う通り印税を計算したら御殿がいくつあっても足りないくらいの文豪が一介の青年の素朴な要望を袖にした挙句、そもそも論でかわしやがった。人類史なんぞをあげつらっている時点でもはや素性が本物かどうかも怪しいものだが、それを言い出したら、それこそこのシチュエーション自体に盛大な異議申し立てをしなければならなくなる。

「わざわざご足労いただいて、これで終わりなんですか?」

 はぐらかされる前に、しっかりとオチをつけてもらわなければならない。

「こうして現世と通信するのにも緻密で膨大な力を必要としておりまして」

「分かりやすいように装いも改めましたのでなおさらに」

「つうことは、わざわざ変身しなければ、もっと精度の高いコミュニケーションができたとでも?」

 揚げ足を取るには十分だったようで、急に黙り込んでしまう二大作家。

「も、う、そろ、そ、ろ、げ、ん、かい、のよう、で」

「む、ねん、で、す、が、いた、しか、た、な」

 さらには電池切れ間際のおもちゃのような通信不良状態に。

「はあ、もうそろそろいい加減」

 ネタ切れと言わんばかりに、あたりをキョロキョロとカメラの所在を見止めようとしながら、中久保カツミがげんなりしつつあると、

「をかしけれ」

「あはれなり」

 と言ったがいいかそれこそこと切れたように目を閉じて身動きを止めてしまった。慌てたのは中久保カツミである。さすがにこのような対応をされてしまえば、迅速に対処しない方が非人道的だどうのと言われかねない。いにしえの文筆家がそれらしい一言でおさらばしたにもかかわらず、そこに拘泥しなかったのが何よりである。というよりも、できなかった。なぜなら、中久保カツミの目前で、平安貴族として歴史の資料集だの国語便覧だので閲覧したことのあるその装束が瞬間的に、見慣れた当校の制服に戻ったからである。こんなイリュージョンどころか手品やかくし芸のネタバレをつゆとも知らない男子高校生が絶句していると、

「あれ、部室?」

「なんか、急に頭が重くなって」

 声色もすっかり正気になった女子高生たちが所在なさげに現状把握を試み始めた。

「ねえ、中久保君、どうしたの?」

「なんかよく覚えてないんだけど、何か分かる?」

 不審がる部員を労う声には、これまでのコントを盗撮しているネタ晴らしの兆候どころか、時代劇俳優ですら不可能なほどの切り替えぶりが如実に現れている。

念のため。廊下に出て見たり、窓から外を一瞥してみたりしたが、どこにも彼女らの協力者たりえるような姿はなく、となれば、「好き」という感情を抱く女子二人が突如として歴史上の超有名人に憑依され、まことしやかな助言をさらりと述べたかと思うと、さっそうと立ち去ってしまった、という一連にまとめられる。本来なら守護霊だとか守護天使だとかがその役割をするのだろうが、よもや自身のそれらが文豪だとはつゆとも想像しなかった中久保カツミである。彼の頭にあったのは、自分へのメッセージのために、精緻な術で現れたとの彼女らの言を信じるならば、それは惑うことなく恋についてである、ということである。しかも、それを告げて来たのは他でもない、その感情の対象の女子たちである。

 まだ狼狽し互いに何か確かめ合っている二人の対面で、すっかり冷めてしまったお茶を飲むと、頬が火照っていることに気が付いた。

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