第55話 反転している
アキバに呼び出され、ホテルの一室を訪ねてみれば……。
「…………なにやってんの?」
「拷問中」
天井に吊るされたテトラは、手足を縛られ身動きが取れなくなっていた。
当然、口には猿ぐつわ……、部屋を薄暗くして、蝋燭の火を立てている……そんな本格的な雰囲気を出さなくてもいい気がするけど……。
「トンマが異世界でやられたって聞いたから……少しの仕返しよ」
「あんまり無茶なことはするなよ? ……で、このテトラは分身だよな? ……本人がいないと分身は作れないわけだから……、もしかしてテトラが姿を眩ます前に作っておいたのか?」
見た目は委員長なのでややこしいが、テトラの魂が入った委員長に、トレジャーアイテム・レコードを使用すると、テトラの魂が入った委員長の分身が生まれるらしい。
となると、分身作成の制限数も変わるのか、と思えば、やはり魂ではなく肉体の総数なので、委員長の分身はもうこれ以上は作れないようだ。
「そうよ、事前に分身を作っておいて……で、ちょっと乱暴だけど、睡眠薬で眠らせておいたの。ドットの推測通りの事態が起きれば、叩き起こして色々と聞くためにね」
「……予定通りにいかなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「そんなの……今更、人が増えたところで気にしないでしょ?」
まあ……、確かにな。ただ食糧の問題はあるから、大量に増えても困るって部分はある。
それでも、今は考えなくてもいい問題だ。
「……中身はテトラとは言え……、見た目は委員長なんだから……罪悪感が凄いんだが……よく拷問できるよな」
「知識はあるから」
「そういうことじゃなくて、精神的にだ……。友達を拷問することに抵抗はないのか」
「だって、雫じゃないもん。見た目で判断してるわけ? 違うでしょ? 魂を見ているの――だから『あなた』のことも分かってる」
「…………」
「一言も言わずに出発しちゃうなんて、やっぱりトンマらしいよねー」
「なんだ、気づいていたのか」
「分からない方がどうかしてる」
大半が分からないはずだけど……、もしかして上手く隠し通せていると思っているのは『オレ』だけで、実はみんな、気づいてる……?
姿を隠した、テトラまで。
「それはないでしょ。だったら逃げて、爆破して、世界を壊そうとするわけもないだろうし」
「……それは……そうか」
アキバは気づいていた……だから『トンマ』が出発する時、一番に「いってらっしゃい」と声をかけたのだ。
トンマという個体だから挨拶をしたのではなく、魂を見て、よく知る『トンマ』だったからこそ――。
「……怒ってるか?」
「んー、まあ、でも……半々……いや、三分の一? くらいかな、怒ってるのは」
悩みながら。
アキバは最終的に、
「でも……怒ってないよ」
「……信じられるかよ」
「だって、実際にテトラの暴走でこっちの世界は爆殺されそうになっているわけで……、タネが分からない攻撃を受けている以上、ピンチでしょ。これをトンマとドットは想定していた……――だから二人だけの秘密で、水面下で策を進めていたわけでしょ? 他の人に明かせば、テトラにばれるかもしれないから……二人だけで企んだ。私に教えなかったのは、そりゃ寂しいけど、でも知っていたらちょっとくらいは態度に出ちゃっていたと思うし、いつどこでばれていたか分からないから……英断だったでしょ。それを怒るって……そういうことは全部が解決してからよ」
色々と言いたいことはあるけど、今は問題解決に集中する……。
――積もる話はその後だ、ということらしい……。
だ、そうだ――『トンマ』。
お前には、絶対にこっちに戻ってきてもらわないといけないな……、『なんとかなる』、ただそれだけの命綱でそっちの世界にいったんだ――なんとかなる、じゃなくて、なんとかしろよ?
さて、吊るされたテトラには、多少は乱暴なことをすることになるだろう……これは拷問だ。
優しく語りかけて、教えてくれるわけもない。
分身は誕生した時点までの、オリジナルの記憶と経験値しか持たないが……、ゆえに、当時から企んでいたことは記憶にあるのだ。
テトラがどうやって、この世界へ大量の爆弾を……高威力の爆弾を持ってきているのか……知らないわけがない。
手段を。
そして目的を――話せ。
猿ぐつわを外すと、テトラがオレを見た。
「助けてっ、ドッ――」
「その前に」
アキバがテトラの頬をつまんで、ぐーっ、と引っ張った。
委員長……もとい、雫の顔が歪む。
「話は聞いてたでしょ? ネタバラシを知りたいんだけど……教えてくれる?」
「……なんのこと?」
白を切るテトラだったが……ガシャン、と床に落ちたそれを見て、さっと、顔を青くした。
「ふーん……あ、そう」
アキバが持ってきたのは、ペンチやノコギリなど、拷問用の様々な道具だ。
……拷問中とは言え、そこまでするのは……、情報を聞く前に死んでしまうだろう。
やり過ぎだ、とは言えないのがもどかしい。
脅しだろうから(……だよな?)、ここでオレがネタバラシをするわけにはいかない。
テトラには、思う存分、怖がってもらわないと意味がないのだ。
「……トンマにした拷問、忘れたとは言わせないからね……?」
「わ、私はっ、そこまで酷いことはしていないわよ!!」
「酷いかどうかは私が決める。二十四時間、殴り続けるのもいいかもね……、私が疲れるのが欠点だけど」
足下には大量の栄養ドリンクがあった……、え、マジで殴り続ける気……?
冗談だろうけど……アキバの目が笑っていない。光も失っているように見えて――演技だとしたら大したものだけど、ここまでの本気を、演技で見せられるか?
本当にやる気で、そう思っていなければ、こんな顔も目もできないのではないか……。
隣にいるオレもゾッとしたのだ……、なにも知らないのに、「言います!」と言ってしまいたくなる……。
オレでこうだ、敵意を受け続けているテトラは、より恐怖を感じているはずだ。
「耳と口さえあればいいんだから……手足も、鼻も、いらないよね?」
アキバが手にしたのはノコギリだった。
そっと、刃がテトラの太ももに添えられて。
本当に、刃が数ミリ、食い込んでいる。
「ひっ――」
「昔、興味があって読んだことがあるの。だから素人がするよりは痛くはないとは思うわ……――人体解剖学。逆に言えば、より痛くすることもできるってわけだけど」
テトラを見ると、恐怖で声が出なくなっているらしい……、嫌、なんて、口から出せない。
これじゃあ、白状することも……。
「アキバ……、そろそろ……」
「ねえテトラ……、あなたにとってのドットが、私にとってのトンマなの……。私はね、人からよく『天才』だって言われるし、実際、小さくとも、天才なのよ。努力をしたことがない、とは言わないけどね、なんとかしようとしたら、なんとかなってしまう……そんな人生だった……――だけど、天才だって悩むし、欲しいと思うものがある。……手に入らないことに苛立ったりするし、なんでよ! なんて、叫びたくもなるの……私にとってはそれがトンマなのよ」
天才・アキバが、喉から手が出るほど欲しいもの……それがトンマだった。
だけどトンマは……かつてのオレは、天才に釣り合おうとして、努力ばかりに目を向け、自分が既にアキバと並び立てるくらいの功績を上げていることにも気づかずに、今も尚、アキバ以外を見てばかりだ。
横を見てみれば、すぐ傍に欲しいものがあるのに……。
釣り合う結果を持ち、自信にしてもいいのに……――あいつは気づかない。
自己評価が低過ぎるというのは、オレも経験したことだ。
だからって、自信を持ち、それを過信しても良いことはないけどな……――生きる失敗者が、ここにいる。
「テトラがドットのためになにをするのか。私があなたなら……あなたが私なら……どうする? なにをする? 脅しで済むの?」
「…………」
「答えは、あなたの中にあるはずだけど?」
もしも、立場が逆だったら。
テトラは、吊るされているアキバになにをする? 加減はするのか、脅しを脅しのままにするのか……一致と不一致を知るのは、テトラだけだ。
共感が、決め手だった。
テトラが、震える声で、降参した……。
「ぜ、全部、話す、から……っっ」
テトラは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら――懇願した。
「だから、痛、いのは……っ、いゃぁ、なのぉ……ッッ」
「――うん、じゃあ教えてくれる? 今、外で起こってる爆破テロの、全てのタネを」
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