第53話 ドットの企み

 屋上には、ドットと、その仲間たちだけがいる。


 ドットが、このメンバーだけにしてほしいと言ったので、快く譲ったのだ……ただ、ドットに預けた通話中のスマホで、盗み聞きはしているのだが……。

 これも、ドットの発案だ。こそこそと話して、悪巧みを疑われたくはないから、と……そんなこと思わない、と言ったが、俺はそうでも周りは疑うだろう……アキバとか。

 ハッピーも、か。

 だけど、盗み聞きしていた俺が、「大丈夫だ」と言えば、二人は引き下がるはずだ。それでも食い下がった場合は、俺が止める……どんな手を使ってでも。


 俺はドットの味方である。

 自己犠牲ではなく、俺を助けるために、だ。


「私たちだけ呼び出して……今後の方針が決まったのか、マスター?」

「うん、決まったよ――」

「そうか。それで?」

「オレが戻ることに、」


 電話の先で、ガガッッ、という大きな音が鳴ったけど……大丈夫か?

 ターミナルがドットに手を出すことはないとは思うけど……ついつい、という場合もある。

 事情を説明する前に殴り合いにならなければいいけど……。


「すまないマスター……聞こえなかった」

「…………」

「もう一度、言ってくれないか? 言葉には気を付けた方がいいとは思うが」


 ドスの利いた声だった……、ハッピーの声だから、尚更、迫力が出ている。

 電話越しの俺も、背筋が凍ったぞ……っ。


「……説明する。だから、報告を変えるつもりはないぞ、ターミナル……。元の世界に戻るのは、トンマでも彼の分身でもなく――オレなんだ」

「ッ、マスターッッ!!」


「落ち着け、ターミナル……、説明すると言っただろ。だからこうしてみんなを呼び出したんだからな」

「…………分かった、聞こう」


 激昂したのはターミナルだけだったようだ。テトラとルルウォンは……、出遅れただけで、ドットの報告に納得しているわけではないだろう。

 ルルウォンはともかく、なんの音沙汰もないテトラが、俺は一番、怖かった――。


「私たちが納得する説明を、してくれるんだな?」

「可能な限りな」


 納得させるつもりで話すが、するかどうかは三人次第だ。そう前置きをして、ドットは話し始めた……さっき、俺たちに話してくれたように。

 自身のその正体を。



「オレは、元・トンマだ」

「…………マスター……」


「怖い顔をして詰め寄ってくるな! 別にテキトーなことを言っているわけじゃなくてだな……ッ! ターミナルも、最初は疑問に思っていただろう……見た目の割りに大人びているように見えるオレの仕草や態度に!!」


「それは…………確かにあったが……」


 今も食人鬼の危険に晒されているドットの本来の体は、本来のターミナルの姿・年齢とそう変わらない、中学生くらいの見た目だ。ターミナルも大人びているように見えるが、根っこの部分ではまだまだ小さな子供、という部分が見えていたりする。


 だが……ドットの場合は、根っから大人に見えたのだ。もちろん、子供っぽいところもないわけではないが、それは大人が見せる、まだ熟し切っていない一面であるとも言えた。


 ドットの見た目から、出るはずであろう子供らしさが、なかったのだ。ドットの本来の姿に入った彼――、魂と肉体が一致した彼を見たわけではないが、俺の体に入ったドットは、俺よりも年上に思えた。そんな歪さが、ドットの違和感だったのだ。


 最初から、魂と肉体がちぐはぐだった。

 俺がスイッチャーで入れ替えるよりも前から、まるでドットは、別の魂をその身に宿しているように見えていて……。


「まさか、この世界にいるトンマとは別の世界のトンマが、マスターなのか……?」

「そこまで複雑な話ではないよ。左右の入れ替わりじゃなくて、そもそも入れ替わりではないんだ。オレはオレのまま、前に進んできただけだ――」


 ドットが言った。

 オレはトンマそのものだ、と――。

 元トンマであり、今はドットであるとも。


 正確に言えば、彼は名を変え、体を変え、人生を真っ直ぐに進んできている……。

 戻ったことがなければ、パラレルワールドへ移動したわけでもない。

 横移動も、引き返すこともなく、ひたすら真っ直ぐ、人生を歩んできた。

 その結果が、ドットと名付けられ、成長していった……――そう。

 ドットの魂は、前世の記憶を持った、転生者――。


 そしてドットが言った『元トンマ』は間違いなく、俺と根っこの部分は同一であり……俺とは違った生き方をし、その後に死んだ、もう一人の俺だ。

 分身ではない。

 今の俺とは違った選択肢を選んで進んだ結果の、俺である――。


 俺、分身、ドットは――全員がトンマであり、全員が、同一人物で……。

 差はあれど、全員が俺であることは事実なのだ。


 だから、選ぶ犠牲者は誰だろうと俺である。中でも、最年長のドット(元トンマ)が適任だとして選ばれたわけで……、確かに、説得力は、あったのだ。


 長く生きたオレが犠牲になるべきだ、と言った。それに、入れ替わりがなければ、今頃ドットは食人鬼の世界で過ごしていたのだから、この中で言えば、戻った場合に生き残る可能性が最も高い。

 加えて、一度あったから二度目もあるとは思えないが、もしも向こうの世界で死ねば、また転生できるのではないか――そんな期待もある。


 入れ替わったみんなの分身もいる……だからひとりぼっちではない。

 なんとかなる――そう言われてしまえば、ドットを説得するための材料は、俺にも、分身にもなかった。

 ぐうの音も出ないほどに言葉で説き伏せられて……頷くしかなかった。


 思い返せば、アキバは既に見破っていたのだろう……、俺とドットが、同一人物であることを。

 ……ん? じゃあ、入れ替わりの条件は、同一人物だから……? リノスの前世はアキバだったり――、……その記憶がないだけで、もしかしたらその可能性も――ないとは断言できないが、比較的似ている魂同士を入れ替えているだけだろう。


 単に、俺とドットが、より似ている特例というだけだ。そうぽんぽんと、同じ場所に前世の魂が集まっているわけでもないだろうし……。

 すると、電話の先で動きがあったようだ。


「……マスターが、元トンマであることも……あの三人の中では、マスターが元の世界へ戻ることが、最善だというのは、分かる……」


 ターミナルは、頭では理解していても、感情は納得していない……そう言いたげだった。


「それでも……ッッ、嫌なものは、嫌なんだ……っ!」

「ターミナル……、ごめんな」

「マスターぁ……」


 きっと。

 ドットはターミナルの頭を撫でているだろう……。ターミナルの弱り切ったあの声は、電話越しの俺でさえ、ついつい、手を動かしてしまったのだから。

 いつも気を張って、忠誠心を示すために毅然としているターミナルだが、こうして主様ドットと別れることを自覚すると、年相応に感情を見せる。

 ターミナルとドットの違いはここだ。

 だからドットは……やっぱり転生者なのだ。


「それに……二人も、ごめん」

「いいよ」


 答えたのはルルウォンだった。


「ドットがそうしたいならそうすればいい。……一緒にいくのは、ダメなんだよね?」


「ああ。一緒にいたいと言ってくれるのは嬉しいけどな……、オレが望むのは、お前たちの幸せだから……長生きしてほしいんだよ。オレについてきたら長生きできる保証はない……こっちの世界なら――」


「長生きできるとも限らないけど」


 やっと、テトラが口を開いた。文句がなければわがままも言わない……テトラにしてはおとなしい……と思ったものだけど……。


「こっちにいようが元の世界に戻ろうが、同じことの気もするわ。だから私も、ドットと一緒に、」

「テトラ」

「なによ」

「また、言い合いを続けるか?」


 テトラがおとなしかったのは、散々、既に言い合っていたことだったからだろう……、テトラはドットの隣にいたいと言い、ドットはそれを拒絶した。

 ただ、それはテトラが嫌いだからではなく、テトラの幸せのことを考えて、だ。

 好きだからこそ――テトラに、地獄にはついてきてほしくなかったのだ。


「ドットがいないなら、意味がないでしょ……ッ」

「オレはトンマなんだけどな……。昔のオレが、今この世界にいるトンマだよ。だから……、きっとあいつも、テトラを大切にしてくれる」

「……複数の女の子に、長く一緒にいる時間という唾をつけた上で、分散した人格を一人の人間に集約すれば、そのトンマは誰を選ぶのかしらね」

「それは…………あいつが決めることだ」


 俺に丸投げしやがった……。

 けど、それはそうなんだよな……、ドットから、テトラとターミナルとルルウォンを、俺は預かることになる。誰か一人を選び、幸せにすることは、さすがにできないけれど、不自由ない生活くらいはさせてあげないといけない――。


 ドットから大切な人を預かった、俺の義務である。

 ドットを犠牲者に選んだ以上、しなければいけないことだ。


「……助けてくれないのね」

「テトラ?」

「もう、ドットは、私の味方じゃないのね」

「そんなことはない。味方だからこそ……連れてはいけないってことだ」

「…………、分かってる。嫌な女よね、私」


 嫌というか、怖い女だな……個人的に。

 ドットがどう思っているかは分からないけど。


「嫌というか怖い女だけど」


 あ、同じ気持ちだった。


「は?」

「なんでもない。……テトラ、オレがいなくても人生は楽しいよ……それを、前世のオレが、きっと教えてくれるはずだ」

「そうね、期待しておくわ」


 納得はしていない……するわけがない。それはルルウォンでさえ、そういった感情だったが……これ以上、食い下がることはなかった。

 成功とは言いたくないけど、失敗でもなかった。

 三人の反対意見を、ここで押さえることに成功した。

 ターミナル、ルルウォン、テトラの理解を得て――やっと、だ。


 食人鬼の世界へ戻る、一人が決まった。

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