トレジャー≪マッド≫ボックス

渡貫とゐち

第1話 秘密の地下室

「あ、トンマくん、ちょっといいかな?」


 放課後、帰ろうとカバンを持って教室を出たら、廊下で委員長に呼び止められた(委員長と呼ばれているけど実際は委員長ではない。クラス委員長は別にいるのだ)――青髪おさげの、おっとりとした印象の女の子である。

 少しふっくらとしていて、本人は気にしているらしいが、着太りしているだけだということを俺は知っている……。脱いだ姿を見れば分かる。あれを太っている、と言うのは、黒を白と呼ぶような違和感があるだろう。


「この後って……急用とかあったりする?」

「ないけど……、困ってるなら手伝うぞ、委員長にはいつもお世話になってるしな」

「ありがと。実は困っててね――」


 そういうことなら、こき使ってくれて構わない。委員長のお世話になっていないクラスメイトを探す方が難しいくらい、大なり小なり、委員長に甘やかされているのが俺たちだ。

 困ったことがあればまず委員長に相談しろ、とシナプスが一瞬で繋がるくらいには。そんな委員長が困っていると言えば、それでも手伝わない奴がいるなら目の前に連れてきてほしいね、この手でぶん殴ってやる。


「それは絶対にダメだよ、トンマくん」

「しないよ。暴力での解決は委員長が困るって知ってるからな」

「頭に血が上ったなら、私が膝枕をしてあげるから。そのまま耳かきでもしてあげようか? 頭に血が上ったことなんてすぐに忘れちゃうでしょ?」


 そういう場面になったら、遠慮なく頼らせてもらうよ。早く頭に血が上らないかな、なんて冗談を言えば、「もう、こら」と肩を小突かれる。そんな他愛のない話をしながら廊下を歩き、一階……から、さらに下へ、委員長が足を進めた。


「地下? 地下なんてあったのか……」

「普段、使わない校舎の階段だから知らないんだと思うよ。関係者しか入れない場所だから、たとえ知ってても入ることはできないけどね。厳重なセキュリティがかかってるから――こっちだよ。少し薄暗いから、足下に気を付けてね」


 懐中電灯を持ちながら進む。気分は廃墟を探索するホラーゲームだった。

 雰囲気はあるが、事実は毎日通っている学校の地下なので、怖いけど「でも階段を上がればいつもの学校だしなぁ」なんて考えれば恐怖も紛れるというものだ。


「怖くない? トンマくんはホラー系、大丈夫なんだっけ?」

「得意じゃないけど、苦手でもないか……――ぅおっ!?」


「あ、ごめんね、間違えて明かりを消すボタンを押しちゃった……あれ? 苦手でもないの?」

「…………苦手ではないと思ってたんだ。一気に暗くなっただけで、俺自身も、ここまでビビるとは思ってなかったから……、どうやらこういうところは苦手らしい……」


「らしい? 自分のことなのに他人事だねえ」

「苦手だよ! 認めるよ! ……委員長の前では格好つけたかったんだけどなあ……」

「私の前で格好つけてどうするのよ……。つけるべき格好は、ずっと想ってる『誰か』さんのために取っておきなさいって」


 階段を下り終え、見えた防火扉の前で止まった。

 真横にあった小さなカメラに、委員長が顔を近づける。

 数秒してから、ガチャリ、と防火扉のロックが外れ、扉が外側へ開いた。

 顔認証機能がついているのか?

 扉の先に見えた薄暗い通路に足を踏み入れると、ぱっ、と真上の電球が光った。


「――うおっ」

「トンマくん、やっぱり苦手でしょ……私の腕をがっちりと掴んでるし」

「いや、これは委員長がはぐれないようにって思って……」


「私、何度もきてるから迷うことないよ? だから大丈夫、離してもらっていいよ。トンマくんも動きづらいでしょ」

「なにが起きるか分からないんだ、これは維持しておいた方がいい」

「掴んでいないと不安なの? じゃあ好きなだけ掴んでていいから」


 それとも手を繋ぐ? と言われたが、それは遠慮しておいた。

 委員長の貴重な機会を奪うわけにはいかない。


「手を繋ぐくらい大したことじゃないよ。キスとかなら分かるけど……、手を繋ぐくらい、誰だって手軽にできるものだと思うけど……」

「キスを比較に出すから『これくらい別にいいだろ』って思うんだ。充分、手を繋ぐことは貴重な繋がりなんだから……委員長も自分のことを安売りするな」

「はいはい、相変わらずトンマくんはガードが堅いのね……と言うより、自分に厳しいのかしら……(誰かさんと比べられ続けてきた身からすれば、自信がつきにくいのかしら?)」


 委員長の後半部分の呟きは聞き取りづらかったが、『自信』という言葉は聞こえた。

 委員長も、俺に『自信』がないことに、気づいているか。

 今のところ、鍛錬中だ。

『あいつ』に追いつくまでは――自分を甘やかすことは俺自身が許せない。


「待て、委員長……」

「どうしたの?」


 いま、悲鳴みたいなのが聞こえた気が……?


「風の音じゃないのかな? 地下深くだし、色々とパイプなり水道なりが通ってる場所だとも思うし、反響した音が悲鳴に聞こえたって可能性も、」


 そこで、今度は遠くから、バンッ! ――と大きな音が響いてきた。

 なにかを落としたか、もしくは扉を勢い良く開けた音か――。

 足音が聞こえてくる。

 こっちに近づいてくる――!?


「委員長っ、俺の後ろにっ」

「う、うん……でも大体、予想はつくけどね……」


 真上の電球が点いているとは言え、先の方はまだ暗くて分からない。人を感知して点くタイプだから……先に進まないと暗いままのはずだが――。

 向こうからも近づいてきているおかげで、先の電球も順番に点いていっている。もう少しで合流するところだ。

 足音が近づき、やがてその姿が見えてくる――。


「あ、あれは……アキバ、か……!?」


 よく知る人物で安心はしたが……しかし大きな違いがある。

 染めたにしては綺麗な金髪だった、けど……、根本の方が黒く戻ってしまっている。

 昔から、俺よりも一回りも高い身長……今は俺も伸びてきているので、数センチの差だが、昔は十センチも差があったものだ――そんな彼女が今にも泣きそうになりながら走り、近づいてくる。

 久しぶりの再会、だが、その勢いは受け止め切れなかった。

 彼女も、俺ではなく委員長にめがけて走ってきてるし……。


「ちょ、どうしたの!?」


 高身長が突撃してきて、それを踏ん張って受け止める委員長。

 しかし、勢いが強過ぎたために、押し倒されてしまう。

 大きな体の金髪少女が、委員長の胸に顔を埋める……。

 委員長が小柄な方だから、かなり差があるな……。


「な、なくなってるの……っ」

「なくなってる? 必要なものならすぐに買ってきてあげるから……」


 ううん、と左右に首を振るアキバ……。今更だが、久しぶりに再会した彼女『アキバ』は、しかし俺が知るアキバではない。

 別人のようで……――誰だ?

 アキバの見た目だが、お前は誰だ?


「こっちの世界には、ないもの、だから……」

「……それって、もしかして、」

「うぅ、ひっ、うぐ…………『トレジャーアイテム』が、どこにもないの……!」



 委員長の胸で泣いていた『アキバ(便宜上)』を落ち着かせるため、奥の部屋へ向かう。

 どうしてアキバが地下室にいるのか……。


 そう言えば最近、見なかったけど(噂では休学とか謹慎とか色々と言われていた)――どこでなにをしていたのか、目の前にいるアキバは本当にアキバなのか――と、聞きたいことは山ほどあったが、まずは彼女が冷静になるまで時間を置く必要がある。


 委員長の膝枕で落ち着かせるつもりが、すぅすぅと寝息を立ててしまった。

 確かに委員長の膝枕は、眠気を誘う最高級の枕だけど……。

 委員長が、安心して眠った彼女の長い髪を指で梳く。

 近くで見ると、やっぱり綺麗な金色だ……。染めたとは思えないし……、根本の黒色も、金色が落ちた後に見えた黒色って感じではなく……。

 でも、黒く染めたとしたら元がこの金色ってことになるし……。

 じーっと、観察する。


「トンマくん、見過ぎじゃない? 気になるのは分かるけど……」

「誰だ?」

「え?」


「アキバじゃないな? あいつから感じるはずの……、引き寄せられるような感じがない」

「へえ、分かるんだ? ……それもそっか、トンマくんが気づかないはずがないもんね」

「否定しないんだな。じゃあ――本当にアキバじゃなくて、別人ってこと……なんだよな? アキバにそっくりの、」

「中身が違うみたいなの」


 中身?

 外側がそっくりなのではなく、中身が違う……――。


京子きょうこちゃんの体に、別人の魂が入っちゃったみたいなの」

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